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海外企業が勘違いしやすい日本の”発注までの長さ”の正体

目次
はじめに:なぜ日本の“発注までの長さ”が話題になるのか
日本の製造業と取引を始めた海外の企業が、しばしば驚くのが「発注が決まるまでの長さ」です。
「こんなに時間がかかるのはなぜなのか?」
「オファーをしたのに返事まで数週間、時には数か月も待たされる…」
そんな声が多く聞かれます。
一方、日本企業の現場担当者は「急ぐプロジェクトではない」「稟議が回るのが遅いのは普通」「もっと良い提案も比較対象としてほしい」など、納得の背景を持っています。
このミスマッチの正体はどこにあるのでしょうか。
本記事では、実際に大手製造業の現場で調達・購買・管理職など20年以上の経験を持つ筆者が、表面的な理解だけでは済まされない“日本的な発注の舞台裏”に迫ります。
また、昭和から続くアナログ文化の中で今も強固に根付いている商習慣や、DX化の波に対して現場はどう向き合っているのかも考察します。
日本の発注が遅い?世界標準との価値観ギャップ
グローバルスタンダードとの違い
海外企業、中でも欧米の取引先は意思決定のスピードを重視します。
見積もり提出から数日内に担当者が現地に訪れ、その場でディールをまとめる光景すら珍しくありません。
対して日本では、見積もり依頼から正式注文に至るまで、平均して1か月から長い場合は3か月かかることもあります。
これは単なる“のんびり”の表れではなく、この間にさまざまな段階的なチェック・評価・社内調整が行われているのです。
稟議と根回し:合意形成の文化的必然性
日本独特の「稟議」や「根回し」文化があります。
どんなに現場担当者が良いと思っても、複数の部署・管理職・経営層に意見を聞き、社内の合意を取るのが一般的です。
このプロセスを飛ばすことは、「きちんとしたプロセスを踏んでいない」と見なされ、失注や関係悪化につながるリスクにもなります。
「保守的」とは違う、大局観に基づく調整
海外から見ると「なぜそんなに慎重なのか」と映りがちですが、日本では一度通った案件が“覆る”ことは極めてまれです。
実際に契約や発注が決まれば期日厳守で履行され、アフターサービスやフォローアップも徹底しています。
この「一度ゴールを決めたら最後まで面倒を見る」精神は、顧客への長期的な信頼の源泉となっているのです。
購買部の視点:内部プロセスの現実
見積もり段階での比較選定の徹底
日本の購買部は、常に最適なコスト・品質・納期を求め、複数のサプライヤーから競争入札方式で見積もりを集めます。
その際、厳しい審査基準や実績確認、人脈からのリファレンスチェックなど、定量・定性両面で細かな評価が行われます。
製品の信頼性や継続供給力、緊急時対応まで“万全”を求めるため、現場から技術部門、品証部、経営層まで関与することもしばしばです。
アナログな「紙文化」が生きている理由
いまだに稟議書は紙で回され、印鑑が必要な場合も多く存在しています。
これは単なる「時代遅れ」でなく、担当者の責任所在の明確化、情報の非公開維持、承認プロセスの可視化(内部統制)など、コンプライアンス上避けて通れない事情も関係しています。
電子承認システムも普及しつつありますが、決裁権限の明確さや書類原本管理を理由に、移行が慎重に進められている現場がほとんどです。
“前例主義”のメリットとリスク
過去にトラブルを起こしたサプライヤーがいる場合、その失敗は詳細に記録され、最終判断では大きく考慮されます。
一方で、新規取引を嫌い「これまで成功してきたやり方」を重視する風潮も残っています。
これは確かにイノベーションの足かせとなる側面もありますが、数千万円・数億円単位の取引リスクを極限まで減らすという“現場責任者の本能”が反映された結果でもあるのです。
サプライヤーが知っておきたい「バイヤーの本音」
短期的な安さだけでは採用されない理由
一番安いサプライヤーが必ずしも選ばれるとは限りません。
日本のバイヤーは、長期的な安定供給、納品遅延時の対応力、資料や安全認証の有無など、多岐にわたる観点で評価をしています。
また、急激なコストダウンが続くと「翌年以降の品質維持は大丈夫か」「人件費や材料費の変動で継続できるのか」など、先手先手で心配する傾向が強いです。
そのため、「サポート体制を含めた全体の信頼性」こそが、実は一番重視されています。
何度も訪問&プレゼンが要求されるワケ
一度の見積もりやメールだけでなく、何度も細かな質問や来社、場合によっては工場見学まで求められることもあります。
これは「御社の本気度を見たい」「生産現場を信じられるか」を確かめるためのプロセスです。
面倒に思えるかもしれませんが、実際この丁寧なすり合わせが契約後の不一致やトラブルを大幅に減らす効果をもたらしています。
日本企業との長期安定取引を望むなら、この文化を前提にスケジュールを組むことが重要です。
信頼の積み重ねがスピードを生む
一度「このサプライヤーなら大丈夫」と信頼を得れば、次回からの発注プロセスは劇的に短縮できます。
過去取引の実績、納期遅延なし、トラブル時の素早い対応などを積み重ねていくことで、逆に「指名・一発発注」文化が生まれやすくなります。
つまり、最初の契約にこそ時間がかかりますが、それを乗り越えることで日本企業特有の一途なリピーターになります。
昭和アナログの奥にある価値観:なぜ変われないのか
「変化しないこと=顧客の安心」だった時代背景
日本の大量生産・大量消費の高度経済成長期、長年同じ方式・同じサプライヤーで「変わらず安定供給し続ける」こと自体が最大の価値とされてきました。
昭和から続く分厚いマニュアル、帳票類、紙稟議、部門横断的な根回し。
一見すると無駄のように見えるこのシステムが、数多くの低コスト・高品質なプロダクトを世界に送り出す支えとなっていたのです。
DX化とのせめぎ合い:現場が抱く本音
近年では電子承認やクラウド管理、AI発注システムなど「モダン化」が急速に進んでいます。
しかし現場では、「システムがダウンしたら誰が責任を取るのか」「数年以上にわたる取引履歴をデジタルで担保できるか」という不安や、「顔の見える関係性」の喪失が指摘されています。
最先端のツールに飛びつく前に、現場目線で納得し、関係者全員が“本音で合意”できるかどうかが重要。
このプロセスにも日本企業特有の「慎重さ」「堅実さ」が表れています。
変わる部分、変わらない部分の見極め
たしかに「余分なハンコ」「書面での二重確認」は減らしていくべきですが、“慎重な合意形成”や“責任の明確化”という価値観自体は、時代が変わっても一定の強みです。
何でも「スピード重視」でやみくもに変革を押し進めるのではなく、現場の本業を支える文化は守り抜くべきだと考えます。
結論:日本の発注までの長さ、その“正体”とは
日本メーカーが発注までに時間をかけるのは、「無意味な引き延ばし」ではありません。
それは、リスクを最小化し、全関係者が納得し、確実にプロジェクトを成功させるための“入念なシナリオづくり”とも言えるのです。
発注まで長くても、「決まったら絶対にブレない」「細やかにフォローし続ける」という日本流の信頼ビジネスモデルは、依然として世界で高評価を受けています。
これを理解したうえで、日本企業と取引する海外サプライヤーや、バイヤーを志すみなさんには、「長さ」を逆手に取った戦略(安心・誠実・継続的な実績構築)が重要になるでしょう。
変えるべきは「無駄」ですが、守るべきは「安心」。
日本の“発注までの長さ”には、そんな現場の矜持が詰まっています。
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