投稿日:2025年10月5日

属人性が強く業務改善が進まない組織の危機

属人性が強く業務改善が進まない組織の危機

製造業の現場で長年働くなかで、常に耳にする悩みのひとつが「この工程は●●さんしか分からない」「業務がブラックボックス化している」といった属人性の問題です。
特定の個人に業務が依存し、効率化や改善が進まないという課題は、昭和の高度成長期から続く日本の製造業界の宿痾とも言える根深い問題です。

時代は第四次産業革命を迎え、AIやIoT、自動化・DXなどのテクノロジーが急速に進展しています。
一方で現場には、手書き帳票や口頭伝承、ベテラン社員の勘と経験という昭和の影と、そこから抜け出せない現実が色濃く残ります。
今回は「属人性が強く業務改善が進まない組織」に内在するリスクと、そこから脱却するために現場目線で実践できるヒントについて、バイヤー・サプライヤー双方の視点も交えながら深堀りしていきます。

属人性とは何か?現場で起きているリアル

「この人がいなければ回らない」現象の危うさ

熟練工が一人で工程の品質を支え、生産管理担当がExcelマクロを駆使して納期を死守、調達は長年の伝手で価格交渉を制する。
現場経験のある方なら、一度は「●●さんでなければ分からない」という属人化の壁に直面したことがあるはずです。

こうした状態は一見“職人芸”や“強さ”に映りますが、反面、属人的なノウハウがブラックボックス化し、他者が介入できない。
たった一人の退職や長期離脱が全体業務を停滞させるという、極めて危うい状況でもあります。

なぜ属人化が生まれるのか?

属人化の大きな要因には、以下の視点が挙げられます。

– 長年の経験に基づく暗黙知が重宝され、形式知(マニュアル化)への関心が薄い
– 人手不足下で日々の業務に追われ、本格的な業務改善活動や標準化の余裕がない
– 現状維持バイアス。「このままで事故なく回っている」という安心感が変革の足を引っ張る
– 組織文化として“人に仕事がつく”構造が根付いており、交代や可視化への抵抗感が強い

一方で、サプライヤーやバイヤー、それぞれの立場から“属人性=見積もれないリスク”・“判断ミスの温床”と捉えられています。
属人性が強い組織は、外部からも「この会社、大丈夫かな?」と警戒されがちです。

属人性がもたらす具体的なリスク

突発的な人員ロスのダメージ

組織のパフォーマンスが、特定の個人に過剰に依存すると、有事(休職・退職・転勤など)が発生した時にその穴を埋めることが極めて困難になります。
引継ぎがうまくいかず、納期遅延や品質トラブルの発生確率が跳ね上がります。
いざ代役を立てようにも「何をどうやればいいのかわからない」という状況に陥り、ほかの工程にも連鎖的なしわ寄せが発生します。

PDCAサイクルが形骸化し現場改善が停滞

改善活動の原理原則は「標準化と継続的な見直し」です。
しかし属人化が強い現場では、肝心の“標準”が存在せず、何をどう改善すれば「良」となるのか判断基準自体が曖昧です。
結果として、形だけの会議やKY活動、報告が繰り返され、根本的な改善に繋がらない…というループにはまります。

品質クレームやコンプライアンスリスクの増加

製造業においては、記録・トレース・再現性が最重要です。
属人依存で記録が不十分、治具交換や調整の履歴が残っていない…そんな状態だと、万が一の品質不具合やトラブル発生時に原因の特定・再発防止策の立案が極めて難しくなります。
また、現代は各種規格やサプライチェーンの監査要請も厳しさを増しているため、「属人的で不透明な現場」=「リスク企業」とみなされ、バイヤーからの取引評価が下がることもあります。

なぜ属人性から抜け出せないのか?業界の構造的問題

日本的“現場主義”文化の影響

日本の製造業は、現場力・技能伝承・多能工主義を美徳とし、現場担当者に大きな権限が任されてきました。
経営層やスタッフ部門が細かく口出ししないことが、現場の士気向上やものづくりの発展を後押ししてきた側面もあります。

しかしこの文化が裏目に出ると、“業務を明文化・標準化しない”ことこそが現場の「特権」となり、踏み込みにくいブラックボックスになってしまうのです。
さらに「標準化=個人のノウハウが認知されにくくなる」という心理的不安も、ベテラン層で根強く残っています。

IT活用やデジタル化の遅れ

日本のものづくり現場では、いまだに紙や手書き文化、エクセルベースの運用が深く根付いています。
現場の声としては「生産現場の多忙でシステム導入の余裕などない」「デジタルツールは難しい、かえって混乱する」といった抵抗が根強いのが実情です。

これにより、業務内容やノウハウの「見える化」「自動記録化」がなかなか進まず、属人的な伝達やヒューマンエラーの温床となり続けています。

調達・購買現場も例外ではない

調達部門でも、「●●さんでなければうまく仕入れられない」「この仕入先は自分にしか交渉できない」といった専任担当制が長期化しがちです。
仕入れ先変更や新規バイヤー教育が進まず、「調達コスト低減」や「サステナブル調達」といった新しい取り組みも遅れがちになります。

バイヤー目線でいえば、属人性は「透明性のないリスク管理」と同義であり、サプライヤー評価での減点ポイントにもなりかねません。

属人性から脱却し、継続的業務改善を実現するための具体策

「見える化」と「標準化」が第一歩

業務の属人依存が論点になる現場においては、まず“やるべきこと・やっていること”を洗い出し、誰でも一目で理解できる仕組みにすることが重要です。
すべてを一気にマニュアル化する必要はありませんが、最低限「この作業はどういう段取りか」を可視化できるルールをつくることが急務です。

例えば現場教育ボード・動画マニュアル・Easy visual(イージービジュアル)といったツールを用いれば、属人知識を迅速かつ直感的に共有できます。
要所・要所で記録に残す“トレーサビリティカード(工程作業記録)”をつくるのも有効です。

定期的なローテーションと多能工化の推進

特定社員への「専任化」を解き、複数メンバーがローテーションできる仕組みを取り入れましょう。
日々の業務負担を複数人で分散することは、技能伝承や教育の機会にもなり、組織全体の底上げに繋がります。

購買や調達の分野でも、引継ぎノート・商談履歴データベースを整備し、“誰がやっても同じ品質で”購買ができる環境づくりを目指しましょう。

IT・デジタルツール導入の現場目線アプローチ

いきなり大規模なシステムを導入するよりも、現場支援ツールやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)、簡易なデジタル日報からステップを踏むのが現実解です。
まずは「どの部分をデジタル化すれば、一番負担が減るか?」を現場ヒアリングして、小さく始めてみることが肝要です。

サプライヤー側も「データで語れる現場」になれば、バイヤーとの折衝や新規提案力が格段に上がります。

業務改善を進める現場文化とリーダーシップ

属人性克服には現場リーダーの“腹落ち”が必須

どれだけ立派な仕組みを導入しても、現場リーダーやベテラン層が「これは自分たちのための改善だ」と腑に落ちない限り、根付かせることは至難です。
経営層や管理職は、「なぜ脱属人化が重要なのか」を現場の言葉で根気よく語り、積極的に現場の意見を取り入れながら改善活動を進める姿勢が求められます。

一方、現場メンバー自身も「自分が抱えている作業が、将来会社の弱みになる」ことに目を向け、進んで情報共有・教育の機会を持つことが不可欠です。

成功事例の“横展開”で組織風土を変える

小さな業務改善の成功体験を現場全体や他工程にも積極的に展開し、「やればできる」空気を醸成しましょう。
現場で改善リーダーを表彰・可視化するといったインセンティブ設計も効果的です。

また、現場での失敗や“やってみたけどダメだった”という経緯も共有することで、属人的な「失敗のもみ消し」を抑え、トライアンドエラーの企業文化を根付かせやすくなります。

まとめ:製造業の未来は「属人性からの解放」にかかっている

属人性が根強い現場文化は、一概に“悪”ではありません。
それが日本の高度成長を支えた「強み」でもありました。

しかし、急速な人材流動化・グローバル化・デジタル化が進む今、その属人的な「強み」は一転して「リスク」へと変貌しています。
ブラックボックス化した属人知は、技術伝承の断絶・業務改善の停滞・バイヤー評価の低下を招きかねません。

今こそ、現場目線で“標準化・見える化・多能工化”を地道に進め、「人にしかできない仕事」から「誰でもできる仕事」へ、そして「誰でも高品質な仕事」で差別化する時代です。
製造業に携わる全ての方が、「属人性に支配されない組織づくり」に挑戦し続けること。
それが、これからの日本のものづくり現場を守り、発展させる最大のカギとなるでしょう。

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