投稿日:2025年12月18日

営業都合で調達先を切り替える判断の怖さ

営業都合で調達先を切り替える判断の怖さとは

製造業の現場において調達先の変更は、しばしば営業部門の意向や一時的なコストダウン要求などを背景に急遽行われることがあります。
この「営業都合で調達先を切り替える」判断は、ときに劇薬のように現場に波紋を広げ、時には企業の競争力に長期的な打撃を与えかねません。
この記事では、筆者が20年を超える現場経験で体感した「調達先切り替え」の本質的なリスクと、それでも避けられない事情、そして現場目線でどう判断し、どう乗り越えるべきかを考察します。

なぜ営業都合の調達先切り替え判断が現場で敬遠されるのか

調達購買の現場で語り継がれる「信用の重み」

調達現場に身を置けば、「安易な切り替えは信頼の切り捨て」という意識が文化として根付いています。
特に昭和からの伝統を受け継ぐ日本の製造業では、サプライヤーとの信頼関係こそが高品質・安定供給の根幹です。

調達先と現場の間には「暗黙知」や「阿吽の呼吸」が蓄積されており、単なる価格比較やカタログスペック以上に現場のオペレーションに深く結びついています。
営業サイドが短期的なコスト優先や納期対応の約束のために、調達側に急なサプライヤー切り替えを要求すると、現場は「せっかく築き上げた信頼やノウハウが一夜でゼロに戻る」ことへの強い危機感を抱きます。

コストだけで語れない品質と供給のリスク

新たな調達先に変更する最大のリスクは、「価格は下がっても品質や納期で痛い目に遭う」ことです。
筆者の経験でも、営業主導の案件で訪問も十分にしないまま単純比較で新規サプライヤーに切り替えた結果、生産現場で不適合品が流出し、納期遅延による損害賠償問題に発展した例が少なくありません。

また、「安く調達できた」と喜ぶのも束の間、調達量や取引条件が変わった途端に納期遅れや部品不良が発生し、「やはり元のサプライヤーが一番信頼できたのか」と後悔する現場の声もよく聞きます。

「コスト・品質・納期」の3要素はトレードオフ

営業サイドはコストダウンを至上命題としがちですが、調達・生産管理の現場から見れば、コスト・品質・納期はトレードオフの関係です。
このバランスを崩してまで営業都合に引きずられる危険性を感じている調達担当者は多いでしょう。

現場を知らない営業都合の判断はなぜ起きるのか

営業部門と現場の「解像度の違い」

営業部門は往々にして「顧客の発注見込み」や「コスト競争力」に意識が向きがちです。
一方、現場は「現実的な生産能力」や「作業現場の積み上げ」で物事を考えます。

営業は「新規サプライヤーで100万円のコストダウン」を数字で評価しますが、現場からすれば「段取り替え」や「初期流動管理」の膨大な手間、安定供給までの途方もない苦労は「見えないコスト」です。

この現場感覚の違いこそが危険な判断ギャップを生み出す温床となっています。

短期成果主義の弊害と組織ジレンマ

現代の製造業では営業部門も短期的な業績目標を課されることが通例です。
翌四半期の売上確保や会計上のコスト削減プレッシャーに抗し切れず、「今だけ」「自分の任期だけ持てばいい」という考えが調達判断を歪めることがあります。

一方、現場は「三現主義(現地・現物・現実)」に立ち戻り、「10年先も安定してサプライできるのか」「万策尽きたときに助け合える関係か」と本質的なサプライチェーンの持続性を考えます。

これが営業主導の調達変更が現場で「危険視」される構造的な理由です。

調達購買の視点で見るべき本当の「コスト」

初期流動管理コストを無視しない

新規サプライヤーへ切り替える際には、単なる部品単価の比較だけでなく、「初期流動管理コスト」を必ず見積もるべきです。

これは技術仕様のすり合わせ、品質保証体制の構築、現場教育、梱包仕様や物流条件の調整まで含めた膨大な初期負担を指します。
このコストを無視し、「安く仕入れることだけ」を追うと必ず後悔します。

特に昭和からの習慣が残る工場では、現場の暗黙ノウハウを言語化して新サプライヤーに教えるだけでも大きな障壁となります。

トータルサプライチェーンコストを俯瞰する

調達先切り替えの判断には、「納期遵守リスク」「品質不具合発生の保険費用」「トレーサビリティの再構築」などもトータルサプライチェーンコストに計上すべき項目です。

これらも含めて考えれば、単純な原単価比較で調達先を動かす意思決定の危険性がより明確に見えてくるはずです。

サプライヤー側も「突然の切り替え」に備えよ

バイヤーロジックを先読みする力

サプライヤーの立場では、「なぜ突然うちの取引量が減ったのか」「なぜ新規参入者が現れたのか」と狼狽する現場も多いでしょう。

しかし、実際には営業側と調達側で「何が評価指標になっているか」を常にモニタリングし、バイヤーの社内論理、つまり「コストのみを見ているのか、リスク管理まで目が行き届いているのか」を情報収集することが絶対に欠かせません。

経験則から言えば、サプライヤーは単なる受け身ではなく、絶えず「自社の提供価値がどこにあるのか」「どの顧客がコスト偏重なのか」を自己分析しておくことが、突然の切り替えリスクを減らす唯一の対策です。

不動の信頼を築くための地道な提案活動

コストダウンを要求されても、「なぜ現行の仕様・手順なのか」「どんな現場上の工夫で差別化できているのか」を説明し続けることが大切です。

コスト削減と品質維持・供給安定性の「両立」がサプライヤーの腕の見せ所です。
バイヤーから「この会社は、安さだけを売りにしていない」「困ったときに助けてくれる」と評価されることが、調達先の切り替えという荒波を避ける最善策です。

「調達購買」職種の本当の醍醐味と責任

自社の生産活動を担う戦略的ポジション

調達購買の醍醐味は、単なる価格交渉者にとどまらず、「どのサプライヤーとどんな関係を築くか」が企業の競争力そのものに直結する点です。

この職種に就くことで、営業とは違う視点から自社製品競争力、技術差別化、生産安定性に正面から向き合うことができます。

リスクマネジメントと攻めのバランス感覚

時には新規サプライヤー開拓を先導し、新しい波を呼び込む「攻めの姿勢」も必要です。
しかし、トータルリスクを評価し尽くして、「価格ダウンだけでは現場の苦労が割に合わない」「安定供給のためにここは関係維持」とバランスを取るプロの判断力こそ、調達購買担当者最大のバリューです。

昭和的アナログ業界がいまも「現場主義」にこだわる理由

“顔の見えるサプライチェーン”の価値

IT化・グローバル調達が全盛の現代においても、多くの老舗メーカーが「昭和的アナログ志向」を守り続けているのは理由があります。
それは、直接顔を合わせたコミュニケーション、現場を直接見て確認する安心感、「阿吽の呼吸」でトラブルを最小限に抑える現場力が、未だに多くの生産現場で求められているからです。

大きなリスク、不景気、震災などの非常時にこそ、「この関係があって助かった」という声が何度も現場から上がっています。

人が介在する「暗黙知」の蓄積

デジタル化だけでは移植できない「現場ノウハウ」こそが、今も日本のものづくりを支えている土台と言えます。
単純な調達先切り替えが「これまで積み上げた全ての暗黙知・信頼関係のリセット」であることを経営層や営業サイドが十分理解することが、日本製造業の将来を左右します。

まとめ:調達先切り替え判断は「短期と長期」のバランスを重視せよ

調達先変更の判断は「営業都合」と「現場主義」の間で常に揺れ動きます。
だからこそ、営業・調達・生産現場・サプライヤーが一丸となり、「トータルコストとリスク」「現場の暗黙知と信頼」を十分に議論し尽くし、短期成果主義の落とし穴に陥らない意思決定が必要です。

調達購買を志す方、バイヤー・サプライヤー双方の現場担当者は「調達変更の本当の怖さ」を理解し、知識と感性のバランスを磨くことがプロフェッショナルへの確かな一歩となるでしょう。

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