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「在庫は悪」とする昭和の発想がサプライチェーンを壊す構造

目次
はじめに:昭和の「在庫は悪」思想と現代サプライチェーン
製造業の現場を長く経験した方なら、「在庫は悪」「在庫はコスト」「在庫は敵」という言葉に、どこか共感する部分があるかもしれません。
昭和の時代から使われてきた在庫ミニマム志向は、日本のものづくりに根深く浸透しています。
一方で、近年のグローバル化やサプライチェーンの複雑化、そしてたび重なる危機(自然災害、コロナ禍、地政学リスク)の波が、「必要な分だけ持つべし」という発想を大きく揺さぶり始めています。
この記事では、「在庫は悪」とする昭和的発想がなぜ現代のサプライチェーンを壊しかねないのか、現場目線の経験を交えながら掘り下げていきます。
また、今バイヤーが本当に意識すべき「在庫」の本質と、サプライヤーとの新しい関係についても解説します。
ぜひ最後までお読みいただき、バイヤー・サプライヤー双方の理解と、それぞれの行動につなげてください。
「在庫は悪」発想が生まれた時代背景
昭和の高度経済成長とジャスト・イン・タイム思想
昭和から平成初期にかけて、日本の製造業は「ジャスト・イン・タイム(JIT)」方式を旗印とし、在庫を極限まで減らすことで圧倒的な効率化とコスト競争力を追求してきました。
有名なトヨタ生産方式も「必要なものを、必要なときに、必要な量だけつくる」ことを徹底し、無駄な在庫=悪と位置づけました。
このやり方は、安定した調達網、高品質な輸送インフラ、サプライヤーとの強い信頼関係があってこそ成立してきたのです。
在庫減で得られた“目先の利益”と呪縛
在庫削減によりキャッシュフローは改善し、棚卸資産も減少したことで、経営指標も良くなりがちです。
それがバイヤーや購買責任者の評価へ直結し、「在庫を減らせば成果」とする風土が根付いてしまいました。
一方で、現場のオペレーションには無理が強いられ、生産工程の柔軟さや災害対応力が徐々に削られていきます。
昭和の時代背景と、決算期ごとの帳尻合わせの風習も、在庫=悪の発想に拍車をかけていたと言えるでしょう。
現代サプライチェーンの脆弱性が露呈した出来事
コロナ禍による“部品調達ショック”
2020年の新型コロナウイルスによるパンデミックで、グローバル調達に依存する多くのメーカーが「部材が届かない」「ラインが止まる」という未曽有の経験をしました。
世界的なコンテナ不足や港湾の混雑で、たった1個の部品が滞っただけで、何千万円、何億円単位の損失に直結する事態になったのです。
まさに在庫を極小化してきた“ツケ”が一気に現場に噴出しました。
自然災害・地政学リスクが当たり前になった時代
地震や大雨などの自然災害が頻発する日本では、特定の拠点に供給源や在庫を集中させるリスクが日に日に高まっています。
また、米中対立や半導体不足など、海外要因でサプライチェーン全体が混乱するケースも増えています。
こうした状況下で「在庫をとにかく減らす」ことは、かえってサプライチェーンの安定性を崩し、納期遅延や生産停止など日本の製造業の信用までダウンさせかねません。
現場から見る「在庫」の本質的な役割
命綱となる「バッファ」の存在意義
製造業で20年以上現場を歩いて感じるのは、在庫は単なる“悪”ではなく、予期せぬトラブルから生産や会社を守る「安全網」だということです。
工程間の“つなぎ”としてのバッファや、一時的な需要増・物流遅延に対する緩衝材としての役割など、モノとモノづくり現場を守る不可欠な資産となります。
例えば、1台でも部品切れが発生すれば、ライン全体、場合によっては工場全体がストップします。
サプライチェーン全体の安定性を考えると、「適正在庫」の概念を現場側・バイヤー側双方が本気で見直す必要があるのです。
現場に求められるラテラルシンキング
「減らせ」「減らせ」ばかりのタテの発想ではなく、「どうすれば変化に強いサプライチェーンをつくれるか」「なぜその在庫が必要か」という横断的思考(ラテラルシンキング)が不可欠です。
現場オペレーションの細部や、サプライヤー特性、顧客の納入条件を踏まえて、「本当に無駄な在庫/リスクに備えた必要な在庫」を見極めましょう。
「在庫削減」と「安定供給」の二律背反にどう立ち向かうか
“成果主義”が陥る落とし穴
現実には、在庫削減ばかりが評価されるKPIマネジメントの下で、バイヤーがサプライヤーへ無理な短納期・少量多頻度納入を強要しがちです。
一時的な棚卸資産削減は達成できても、長期的には人件費・物流費・環境コストが増大し、最悪の場合サプライヤーが疲弊・撤退するリスクすら生じます。
また、サプライヤーのバイヤー離れ(囲い込み解除・契約縮小など)によって、将来的に安定調達がさらに難しくなる悪循環にもつながりかねません。
「調達購買のプロ」として考えるべき新たなKPIとは
本当に見直すべきは「いかに在庫を減らすか」ではなく、「いかにサプライチェーンの不確実性に備えられるか」「サプライヤー・現場・購買が一体で最適化できるか」です。
― 調達リードタイム短縮と適正在庫の確保
― 需給予測の精度向上による在庫のスリム化
― サプライヤーとのリスク分担やBCP(事業継続計画)の共有
など、多角的な観点でKPIや業務設計をアップデートしていくことが不可欠です。
現場を支える“進化型購買バイヤー”の実践術
調達購買に欠かせない「現場感覚」
管理職経験から言えば、調達・購買部門が本当に評価されるべきは、「ただ安く買う」「在庫を減らす」だけではありません。
一歩踏み込んで「何が現場で求められているか」を理解し、現場とサプライヤー双方と“対話”する姿勢が大事です。
例えば―
・生産現場のムリ・ムダ・ムラを現場訪問で肌で知る
・サプライヤーと工程を共にウォークし、「なぜ納期がかかるのか」「どうすればリードタイムが縮まるか」をともに考える
進化型バイヤーには、こうした共創型アプローチが求められています。
バイヤーとサプライヤーの“共栄関係”をどう築くか
安定調達を実現するためには、サプライヤーを「叩く」だけでなく、パートナーとして信頼関係を構築する時代です。
具体的には―
・在庫リスクを分担する「VMI」や「共同在庫」などの仕組み推進
・BCP訓練や緊急対応体制の事前共有
・情報連携による需給変動の早期通知
といったネットワーク型のモデルづくりが有効です。
サプライヤーの現場事情を理解しつつ、自社の現場にも「必要な堅牢さ」を持たせることで、持続可能な共栄関係へと進化することができます。
昭和の「在庫は悪」から現代型サプライチェーン・マネジメントへ
「在庫=悪」から「在庫=リスクマネジメントツール」への転換
ここまで述べてきた通り、「在庫は極小に、コスト削減ありき」という昭和の一元的発想は、現代のグローバルなサプライチェーンには通用しません。
必要なときには柔軟に活用し、不必要であれば徹底的にスリム化する。
このストイックさと柔軟さをMIXさせた“新時代の在庫管理・購買戦略”こそが、今のバイヤーや供給者にとって不可欠な武器となります。
読者へのメッセージ:新たな価値創造のために
製造業で働く方、バイヤーを目指す方、そしてサプライヤーとしてバイヤーの思考を知りたい方へ。
時代は「モノ」から「コト」へ――今や在庫とは単なる倉庫の中身ではなく、全体最適へ向けたリスクマネジメントの核です。
次の時代を支えるのは「在庫を賢く持ち、ムダを防ぎ、安定供給とコスト両立を図る」知恵と現場力。
伝統と思考停止を打ち破り、ラテラルな発想で新たなサプライチェーンを一緒につくり上げていきましょう。
それが、現場発のイノベーションであり、業界全体の未来を切り拓く最前線なのです。
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