投稿日:2025年9月25日

取引先を駒としてしか見ない顧客のカラクリ

はじめに:製造業に根強く残る「取引先は駒」という発想

昭和の高度成長期から脈々と続いてきた日本の製造業界には、「取引先を一種の“駒”として扱う」考え方が根強く残っています。
この発想は、調達購買部門やバイヤーとサプライヤーの力関係に鮮明に現れ、時に現場の生産性や品質向上さえ阻害する要因となっています。
長い業界生活を振り返ると、部品1個の調達から全社規模の調達戦略にいたるまで、この「駒扱い」の構造に直面してきました。
なぜこのような体質が温存されているのか、そしてそのカラクリの裏にどんな意図や事情があるのか。
これらを現場目線でひもとき、買い手・売り手双方にとって“未来志向”の関係を築くためのヒントを深掘りしていきます。

「駒」としてのサプライヤー —— その正体とは何か

歴史が創った支配・被支配の構図

「調達は下請けを支配してナンボ」といった時代が確かに存在しました。
代表例が自動車業界の「系列構造」ですが、この発想は他の製造業にも波及し、「顧客=絶対」「取引先=従属」で成り立つ商習慣となったのです。

そもそも大量生産・大量消費が前提だった昭和・平成初期のビジネスモデルでは、顧客の要望に従い納期やコストをいかに守るかが最大ミッションでした。
サプライヤーは「部品カタログの一部」、すなわち交換可能な“パーツ”と見なされ、自立して価値創造するパートナーという認識はなかったのです。

現代でも残るアナログな意思決定

現代では、ITの普及やグローバル競争の激化により、サプライチェーン管理の重要性が増しています。
しかし、社内の意思決定システムが依然としてアナログ的、「根回し重視」に終始し、サプライヤーとの力関係も改善しにくいのが現実です。
未だに「担当者の顔」でしか物事が進まず、取引先との協業も属人的になりがちです。

この「駒」としてのサプライヤー観は、デジタル化やサステナビリティの時代にそぐわない古い構造だと認識しなければなりません。

バイヤーはなぜ「取引先を駒扱い」したがるのか

(1)社内評価と責任回避のロジック

製造業の調達担当、バイヤーのKPIは「コスト削減」「納期遵守」「安定調達」などが典型です。
コスト交渉にはどうしてもサプライヤーへの値下げ要求が前提となり、相手の創意工夫や提案力より、いかに安く買うかに意識が偏ります。

また、購買部門でトラブルが起きた場合、「取引先の管理不足」による責任転嫁が横行します。
自分(バイヤー)はただの“発注者”で、あくまで「駒を動かすだけ」という意識が文化として根付きやすいのです。

(2)比較と競争で優劣をつけるしかない構造

多くの調達部門では、サプライヤーを常に横並びに「比較・評価」する仕組みが整えられています。
数量、価格、品質、リードタイムなどの数値でマトリクスを作り、誰にでも交代可能な存在として位置付けてしまうのです。

これは業界標準の競争原理のようにも見えますが、背景には人・組織・評価制度が絡み合う複雑な力学があります。

「駒扱い」の問題点と長期的な弊害

価値共創の機会損失

調達購買部門がサプライヤーの固定観念に縛られ、対等なパートナーシップを築けない場合、技術的な「提案」や製品改善のチャンスを逃してしまいます。

現場でよく見る例として、「図面通りに作るだけ」で協力会社の技術革新が促進されず、コストや品質も頭打ちになります。
時には、サプライヤー側でより良い設計やコストダウン策を発見しても「言っても聞いてもらえない」と黙ってしまうケースも多いのです。

サプライチェーン全体のリスク増大

「駒」としてしか見ない無理なコストダウン要求は、サプライヤーの内部疲弊・品質低下・納期遅延を招きます。
また、値下げ競争により健全な企業が退出し、結果的に「代替が利かない唯一のサプライヤー」に依存してしまい、ブラックスワンのリスクが高まります。

こうした構造は短期的には調達コスト削減につながるかもしれませんが、中長期的にはサプライチェーン全体のレジリエンスを損なうことにもなります。

イノベーション創出のボトルネックに

既存のやり方に固執し、相手を「安い労働力」「部品の供給源」としてしか見ない体質は、オープンイノベーションや業界変革への対応力を著しく下げます。

業界が目指す「デジタルファクトリー」や「ESG経営」も、“駒扱い構造”下では弱い連携しか生み出せません。

バイヤーの本音、サプライヤーの苦悩

「言いなり」でしか動かないサプライヤーは要らない?

最近、若手のバイヤーやグローバル志向の管理職からは「従来の下請け型から脱却して“提案型サプライヤー”になってほしい」という声が大きくなっています。
一方で、過去の力関係や減点主義、現場でのトラブルリスクへの恐れから、「言われた通りが一番」というサプライヤーの“受け身文化”も根強く残っています。

このギャップの背景には、サプライヤー側が「本当は知恵もあるし改善案も持っているが、下手に出すと叩かれる・リスクを負わされる」という苦渋の事情も含まれています。

「ミスを恐れてチャレンジしない」構造の弊害

現場のサプライヤー担当は、失敗時の「責任追及」や「取引停止」に怯え、新しい取り組みやコスト改善の提案に消極的になりがちです。

また、発注側も「担当者の案件でトラブルがあれば評価が下がる」「前例踏襲が一番安全」となり、両者が“チャレンジしない安全圏”にとどまります。
この負のループこそが、日本の製造業における“駒扱い”の最大の弊害なのです。

新しい関係性を創る方法——「駒」から「共創パートナー」へ

オープンな情報共有と現場目線の対話

まずはサプライヤーと購買担当が“選別”“評価”の前に、お互いの課題や悩みを率直に話し合う「現場起点のコミュニケーション」が不可欠です。
調達要求事項のみではなく、全体プロセスや将来の見通しをシェアし、サプライヤーの改善意欲や知見を引き出すことが重要になります。

例えば、QCD(品質・コスト・納期)管理においても、一律の要求だけでなく「現場で何ができれば、コストが下げられるのか」といった双方利益の視点をセットで話し合うことが有効です。

単なる価格交渉から脱却、サプライヤー価値の再評価

サプライヤーの役割と価値は、単なる「安い部品供給」だけではありません。
設計段階での技術提案力、物流プロセス効率化、新素材導入、トレーサビリティの確立など、「パートナー」としての付加価値を尊重すべきです。

「同じ物を・より安く」で比較する時代から、「共創でできるビジネス変革」に評価軸を移すことで、サプライチェーンの質が格段に高まります。

インセンティブ設計と人事評価の見直し

購買担当のKPIや評価制度を、「コスト低減率」だけでなく「共創プロジェクト成功数」「提案型取り組みへの参加」などに再設計する企業も増えています。
サプライヤーを“駒”として消費するのではなく、“パートナー”として協力する現場風土が、競争力向上に直結します。

デジタル化の活用で関係をフラットに

調達業務全体でデジタルツールが広まり、調達先の選定や工程進捗管理、品質データのやりとりもリアルタイムになりつつあります。
デジタル化は単なる業務効率化だけでなく、「サプライヤーの現場が今どうなっているか」「困っている部分は何か」を見える化する最大の武器です。
この仕組みを活用し、「駒」ではなく「戦略的パートナー」としてサプライヤーと手を取り合う未来を拓きましょう。

まとめ:業界の未来は現場の意識変革から動き出す

サプライチェーンの分断、世界的な価格競争、技術革新のスピードアップ。
どんなにテクノロジーや仕組みが進化しても、「取引先を駒としてしか見ない」視点が残る限り、日本のものづくりはその真の強さを取り戻すことはできません。

お互いの現場を知り、「良い物を一緒に作る」「課題も失敗も共有する」という“共創パートナーシップ“を目指すことが、これからの製造業には不可欠です。

サプライヤーの皆さんは、現状に甘んじず積極的な提案や問題提起を。
バイヤーの皆さんは、評価や競争だけでなく現場起点の対話にもっと時間を割きましょう。

地道な意識改革こそが、昭和のアナログ慣習から抜け出し、世界をリードする製造業に再び進化するための唯一無二のカラクリなのです。

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