投稿日:2025年7月16日

溶射プロセスとサーメット材料溶射コーティングコールドスプレーウォームスプレー

はじめに:製造業の現場から見た「溶射・サーメット・コーティング技術」の最前線

製造業の現場では、金属やセラミックスの表面を保護したり、機能性を付与したりするために、さまざまな表面処理技術が用いられています。
近年、従来の溶射によるコーティングに加えて、サーメット材料やコールドスプレー、ウォームスプレーといった新たな工法が注目を集めています。
なぜこれらの技術が必要とされ、どのように導入し現場で活用されているのか。
20年以上製造現場に携わってきた経験と、アナログ時代からデジタル化が進む現在の業界動向を踏まえて、実践的かつ分かりやすく解説します。

本記事は、製造業に従事する方はもちろん、バイヤーを目指す方、サプライヤーがバイヤーのニーズを理解するためのヒントも盛り込みました。
溶射プロセスの基礎から最新技術、品質・コスト・納期の現場事情まで、現場目線で深堀りします。

溶射プロセスの基礎知識:なぜ今、見直されているのか

そもそも溶射とは?

溶射とは、金属やセラミックスなどの材料(溶射材)を高温で溶融または軟化させ、微粒子状態で母材(基材)の表面に吹き付けてコーティングする表面処理技術です。
ブラスト処理などと比べて、耐摩耗性や耐食性、機能性(導電性・断熱性・熱遮断等)を持たせやすいのが特徴です。

代表的な溶射法としては、
・フレーム溶射
・プラズマ溶射
・アーク溶射
などが挙げられます。

溶射のメリット・デメリット

メリットは、母材への熱影響が少なく、肉盛り修理や複合材料による多用途化が容易な点です。
補修やリビルド、機能改質など、既存部品の延命や新規部品の高付加価値化に役立ちます。

一方でデメリットは、コーティング層と母材の密着性がメッキや溶接と比べて課題となりやすく、技術者の熟練度や下地処理の良否が品質を大きく左右します。
また、日本の製造業、とりわけ昭和の感覚が残る業界では「馴染みがない」「サンプル評価が進まない」といった導入障壁も根強いのです。

なぜ今、見直されているのか

SDGsの観点で部品の長寿命化や部品リサイクルが注目される中、溶射コーティングによる再生や用途拡大がリバイバルしています。
グローバル調達の増大、原材料高騰の影響もあり、「部品を長持ちさせる」「省資源化」の切り札として溶射技術が再評価されています。

サーメット材料とは:溶射との相性と業界動向

サーメット材料とは何か

サーメットは「Ceramics(セラミック)」と「Metal(金属)」を合わせた造語で、金属の靭性とセラミックの耐摩耗性を併せ持つハイブリッド材料です。
代表的な組成は、WC(炭化タングステン)-Co(コバルト)系やTiC(炭化チタン)-Ni(ニッケル)系などです。
高硬度、耐熱性、耐摩耗性、耐食性に優れ、切削工具や耐摩耗部品、耐熱部材によく使われます。

サーメット×溶射のメリット

サーメット材料は、高温に強くて摩耗しにくい性質を持っている一方、バルク材としての成形・加工はコストが高く、自由形状化が難しいという弱点がありました。
しかし溶射技術と組み合わせることで、多様な形状の部品表面にサーメットの特性を効率良く付加できるため、コストダウンや部品の軽量化、省資源化に繋がります。

特に近年は「ロール装置の表層」「各種摺動部品」「射出成型金型」などにサーメット溶射が採用されるケースが増えています。

導入課題と現場の知恵

サーメット溶射は、下地処理・材料選定・溶射条件の最適化のノウハウが仕上がりに大きく関与します。
例えば、母材と溶射層の間に中間層(バッファ)を設けたり、グリットブラストを徹底することで密着強度を高めるなど、現場独自の工夫が必要不可欠です。

また、経験値の高い技術者がいる企業は信頼されやすく、バイヤーや工程設計者の間で「この会社なら任せられる」という評価が定着しやすくなります。

コールドスプレー・ウォームスプレー:溶射の新潮流

コールドスプレー(Cold Spray)とは

コールドスプレーとは、溶射材を熱ではなく高速エア流(圧縮空気や窒素など)で加速し、母材表面に塑性的に堆積させる工法です。
熱影響が少ないこと、酸化等の化学変化が抑えられることが最大の特徴で、軟質金属や反応性材料に効果を発揮します。

溶融しないことから粉末特性の維持、母材へのダメージ最小化、局部的な肉盛り補修など、従来の溶射では難しかった要求に応えてくれます。
航空機部品や精密機械、エレクトロニクス関連での活用が進んでいます。

ウォームスプレー(Warm Spray)とは

ウォームスプレーはコールドスプレーの改良版とも言える技術で、「コールドスプレーより高温」「通常の溶射より低温」の中間的な温度帯(300~800℃程度)でコーティングを行います。
これによりコーティング粒子の密着性向上・形成層の緻密化が可能になり、サーメット溶射や難溶融材料のコーティングにも適用範囲が広がっています。

日本の製造現場での実際の活用状況と課題

日本では、依然として昭和型の「熱処理」「溶接」「めっき」技術が主流ですが、原材料コスト増・外注費抑制・新規材料ニーズへの対応から、コールドスプレーやウォームスプレーの試験導入が始まっています。
一方で、こうした先進技術は
・初期設備投資の高さ
・サンプル評価・材料選定にかかる試行錯誤、専門知識の不足
・外部委託や認証プロセスの煩雑さ
などの「昭和的な障壁」にも直面しています。

現場では「まずは補修・部品再生の範囲で小さく始め、ノウハウ蓄積を図る」「コストシュミレーションを入念に行い、バイヤー部門も巻き込む」など、段階的な導入がカギを握ります。

バイヤー視点で押さえておきたいポイント

溶射やサーメット材料の導入には、バイヤーや調達担当者、設計・生産技術者の連携が極めて重要です。
現場の経験を踏まえて、バイヤーが押さえるべきポイントをまとめました。

1. 調達先の技術力・品質管理体制の見極め

溶射コーティングの品質は「人」に大きく依存します。
ISO9001やIATF16949等の各種認証取得の有無、実際の工程監査、現場作業者とのコミュニケーションを重ねることが信頼関係構築の肝要です。

2. サンプル試作・評価フローの確立

新技術・新材料の導入では、様々な試験片・サンプル部品で評価を繰り返すべきです。
摩耗・剥離・密着性・寸法精度など、目的に応じた試験項目を設け、各種データをしっかり蓄積・共有しましょう。
迅速なサプライヤー対応も評価ポイントとなります。

3. 長期的なコストとリスク評価

初期投資や材料費の単純比較ではなく、「部品寿命の延長」「再生利用の可否」「メンテナンス工数削減」など、中長期的なトータルコストで判断しましょう。
また、安易な海外調達に頼らず「何かあったときに国内外で部品の補修ができるか」というBCP観点の確認も抜かりなく。

サプライヤー側から見たバイヤーの心理とニーズ

サプライヤーとしては、
「なぜその素材なのか?」「なぜこのプロセスなのか?」「現場で本当に問題は起きないか?」という、バイヤーや現場設計者の“疑心暗鬼”と根拠に答えられる材料技術・実績が必要です。

また、サプライヤー自ら“こうするとコストダウンできます”や“この新しい施工方法で歩留まりが改善できます”など、提案型のアプローチが喜ばれます。
顧客の工程変化や用途事例を積極的にキャッチし、現場目線で「なぜ」を深堀りしていくことが大事です。

進化する溶射技術と向き合う心構え:現場の知恵を生かそう

溶射やコーティング技術は、今まさに大きな変革期を迎えています。
伝統的な技術力と最新の知見を掛け合わせ、現場で活かせる“現実的なイノベーション”をどう作るかが、製造業全体の差別化要素となりつつあります。

“安全な選択肢”に安住せず、小さなトライアルからでよいので、コールドスプレー、サーメット溶射などにもぜひ幅広くチャレンジしてみてください。
技術の革新はもちろん、工場のメンバー、バイヤー、サプライヤーが垣根を越えて現場力で伴走し、現実のものづくりに貢献する姿勢が未来を創ります。

昭和の名人芸をベースに、一歩先の最新技術も活用できる現場へ――。
今こそ、製造業の真価が問われる時代です。

まとめ:溶射・サーメット・コールド/ウォームスプレーの可能性

溶射プロセスやサーメット材料、そしてコールドスプレーやウォームスプレーなどの新技術は、製造業における部品保護・機能付与・コスト削減の「切り札」となりつつあります。
これらの導入には現場の知恵と技術者の経験が不可欠であり、従来技術の延長線上だけでなく“現代のニーズ”に即した柔軟な発想が求められます。

バイヤーとしては、信頼できるサプライヤー選定や試験フロー構築がカギです。
サプライヤーは顧客の課題解決に積極的に寄与する“提案型”姿勢が不可欠です。

今こそ、アナログとデジタル、伝統と革新が融合する、“知恵ある日本の現場力”を発揮するときです。
最新の溶射技術を現場でうまく活用し、利益と社会貢献の両立を目指していきましょう。

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