投稿日:2025年12月3日

異常値アラームの閾値設定が難しすぎて形骸化する問題

はじめに:現場を悩ませる異常値アラームの“形骸化”問題

現代の製造現場では、IoTセンサーやFAシステムなどによる異常値監視が急拡大しています。
工場の設備や生産ラインで異変があれば、瞬時にアラームが発報され、迅速な対処によってダウンタイムや品質不良を未然に防ぐ――。
理想的なプロセスのように思われていますが、現場のリアルでは「また不要なアラームが鳴ってるよ」「誰もアラーム見ていない」「どうせ閾値がズレてるんだろ?」といった声が絶えません。

特に、異常値アラームの“閾値(しきいち)設定”が形骸化して現場で形だけ運用されているケースが多いのではないでしょうか。
この記事では、20年以上大手メーカーで現場と管理職を経験した筆者が、
なぜ閾値設定はこんなに難しく、現場に浸透しづらいのか?
どうすればアラームが経営やモノづくりの武器になるのか?
具体的な知見と、現場目線での気づきを共有します。

そもそも異常値アラームの“閾値設定”とは何か

閾値=感度のライン、その曖昧な定義

設備ごとの温度、振動、圧力、電流値…。
これらの計測値が「正常か異常か?」を判断するため、ある数値の上下限ラインを設けます。
これが“閾値”です。
例えば「温度が50℃を超えたらアラームを鳴らす」「振動が0.5G以上になったら異常」といった具合です。

一見シンプルなルールですが、ここには大きな落とし穴があります。
正常稼働時の揺らぎや、設備の経年変化、原材料のバラツキ、季節要因などが複雑に絡み、明快な数値設定がそもそもできません。
そして、「どこまでを範疇(はんちゅう)とし、どこからを異常とするか」の判断次第で、アラームの発生頻度や品質事故のリスクが大きく変わります。

現場を振り回す「厳しすぎる閾値・甘すぎる閾値」

実務では下記のようなジレンマが繰り返されます:

– 閾値が厳しすぎる→ しょっちゅうアラームが鳴る
– 閾値が甘すぎる→ 異常を見逃して重大事故につながる

どちらにも現場のオペレーターや品質保証担当は頭を抱えます。
結局、現場が「また不要なアラームか」と真剣に見なくなり、報告書のためだけの形骸化した運用に陥ることが非常に多いのです。

なぜ閾値設定がここまで難しいのか?昭和的アナログ業界の背景

データ蓄積の不足と属人的な“経験値”頼み

先進的に見える異常値監視ですが、実は多くの工場では、
「過去データが十分に蓄積されていない」
「設定根拠はベテランの経験と勘」
という、アナログな文化が今も根強く残っています。

新しい設備や条件変更があっても「前の設定をとりあえず引用」「これくらいなら大丈夫じゃない?」という感覚が入り込んでしまいがちです。
属人的なやり方が数値運用と名ばかりで空回りしてしまう要因になります。

現場・技術・経営それぞれの“思惑”と連携課題

アラーム閾値の設定には、設備担当、現場オペレーター、品質保証、管理部門―と多部門が関与します。
それぞれの立場で何が“望ましい”閾値なのか異なり、
・現場:「手間を増やさず止まらずに稼働したい」
・品質保証:「事故や品質変化の芽を確実に潰したい」
・経営:「ライン停止やクレーム損失を最小化したい」
というすれ違いが生じます。

この調整が十分になされないまま“場当たり的”な設定や、「とりあえず形は整えておく」的な運用が蔓延。それが形骸化の土壌となります。

形骸化アラームの悲劇―“見るだけ”“鳴らすだけ”で終わる現場

アラーム疲労=警報への慣れ・無視・スルーの連鎖

厳しすぎる閾値設定では、たびたび「不要な」アラームが鳴り、次第に現場担当者は慣れて反応しなくなります。
「どうせまた“いつものヤツ”だろう」と反射的に消音やリセット。
本当にヤバい状況でも、もはや誰も気づかず、重大な事故につながってしまうことも少なくありません。

品質データの監視でも同様です。
無数のアラームやグラフがダッシュボードに並ぶものの、「分析できる人もいない」「報告書用に数値を提出して終わり」。
せっかくの設備投資やシステム化が、“アリバイ作り”になってしまうのです。

報告書のためだけの運用、“意味のないPDCA”

形骸化した異常値アラームは、ISO監査や品質保証部門への説明資料としてのみ機能しがちです。
「アラーム履歴を残しておけば良し」
「定期的に閾値の見直しを泳がしてアリバイ作り」
それ自体は楽ですが、現場力や製品安全の向上には全く寄与しません。

バイヤー・サプライヤー視点でみる形骸化のリスクと影響

バイヤー側:サプライヤー選定における“見せかけの管理体制”問題

部品や原材料の調達部門(バイヤー)は、当然その企業の品質管理・異常値管理体制を重視します。
しかし、実際の監査現場で見せられるのは「立派なシステム画面」と「きれいな報告書」。
肝心のアラーム運用が形骸化していないか、どうかは深く突っ込まれなければ分かりにくいのです。

万が一、実際には見逃しやスルーが横行していれば、その工場の安定供給や製品品質に大きなリスクが潜んでいます。
バイヤーにとっても「形式だけのアラーム管理」を見抜くスキルや、第三者による現場実査が一層重要になっています。

サプライヤー側:形骸化の自覚が信頼・取引継続の分岐点

サプライヤーから見れば、「形式を整える」だけではなく、真のリスク管理を行い、現場の課題をバイヤーに説明できることが信頼につながります。
一見手間ですが、「当社のアラームはここが仮説であり、運用でこれだけ苦労している。それをこう見直し、ここまで成果につなげた」という“ラテラルなPDCA”ができる企業こそ、選ばれるサプライヤーとなるのです。

形骸化を脱却するための現場実践・新アプローチ

1. データドリブンな設定根拠の蓄積と“定期検証”

理想は、現場・技術・品質部門で定期的に「最新の実稼働データと異常発生の履歴」を集約し、閾値が現況に対して最適かを議論・可視化することです。
単なる「過去の型を踏襲」ではなく、データにもとづくリアリティのある見直しを根気強く回しましょう。

2. アラーム分類の導入―“重要度”と“即応性”を明確に

アラームを全て同じレベルで取り扱うのは得策ではありません。
「即時対応が必要」「様子見で良い」「メンテナンス時の参考」など、アラーム内容を重要度ごとに区切り、現場が本当に対応すべきアラートを明確にする仕組みを作ることが現実的です。

3. ルールの見える化と“現場起点”の改善活動

閾値に根拠や現場ナレッジを反映するため、現場担当者がフィードバックしやすいカルチャー作りが欠かせません。
「何でこの閾値なのか分からない」「実感とズレている」など日常的な意見を吸い上げ、見直しのPDCAに直接つなげる体制を作りましょう。

4. AI活用による“動的な閾値管理”への展望

最新動向として、AIや機械学習で「正常稼働の揺らぎ」を自動解析し、
状況や稼働条件ごとに“動的”な閾値設定を行う先進工場も出てきています。
ただし過信は禁物。本当に信じて現場で使えるアルゴリズムにするには、現場エンジニアやデータサイエンティストの協業が必須です。

まとめ:形骸化アラームに突破口を開くために

異常値アラームの閾値設定は、「IoT化の進展=自動的に正しくなる」ものでは決してありません。
現場で“何を守り、何のために運用するアラームなのか?”という原点を問いなおし、
データ活用と現場力の両輪で見直しを進める必要があります。

バイヤーやサプライヤー双方の立場であっても、「ただ整えた体制」ではなく「実際に現場で活きている仕組み」であるかが信頼の分岐点となります。
この記事が、製造業の現場で日々汗を流す皆さんの気づきや、今後の改革のヒントになれば幸いです。

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