投稿日:2025年7月1日

有限要素法解析精度を高める要素選定とモデル作成の勘どころ

序章:有限要素法解析は「使い方」が命を握る

有限要素法(FEM)は、設計から品質保証まで多くの場面で活躍する解析手法です。
設計開発の現場では「解析技術者の腕次第で、同じツールを使っても結果が大きく異なる」という現象が日常茶飯事です。
どんなに高機能な解析ソフトでも、実務経験と目的に即した“使いこなし”がなければ、現場で通用する信頼ある結果にはつながりません。

この記事では、製造業の現場で本当に役立つFEM解析の精度を高めるための「要素選定」と「モデル作成」の勘どころを、実体験に基づいて解説します。
また、アナログ的な風土が根強く残る業界のなかで、どのようにデジタル解析技術を根付かせていくかのヒントも紹介します。

なぜ“要素選定”が有限要素法の要となるのか

有限要素法は、構造物を小さな要素(エレメント)に分割して解析を行います。
計算機の進化により大規模なメッシュも扱えるようになりましたが、現場で最も重視されるのは「適材適所の要素選定」です。

要素の種類とそれぞれの特性

要素には、一次要素、二次要素、ビーム、シェル、ソリッドなど多種多様な種類が存在します。

一次(リニア)要素は計算速度が速く、簡便なモデルに向いていますが、精度や変形の滑らかさでは二次要素に劣ります。
シェル要素は板状構造や薄肉部品に適し、ソリッド要素は厚み方向の応力や複雑な3次元形状に適しています。

つまり「形状」「作用する力」「求めたい解析結果」によって、最適な要素は異なります。
ここでありがちな失敗は「モデル全体をソリッド要素で細分化してしまい、無駄に計算が重くなる」ことです。
例えば、車のボディや治具フレームでは、主構造をシェル要素で表現し、ボルト穴周辺や溶接部だけをソリッド要素で詳細に解析する手法が現場ではよく使われています。

現場力が問われる“使い分け”とノウハウ

要素選定で肝心なのは、計算リソースと目的精度とのバランスを見極める“現場センス”です。
不要に細かい要素分割は相当な解析時間を要し、下流業務を圧迫します。
逆に“ざっくり”しすぎた粗いモデルは、局所的な応力集中や変形挙動を見落としてしまう危険があります。

このトレードオフをうまく解決するには「本当に知りたい部位だけ高精度に、その他は簡素化する」という視点が重要です。
実際、自動車部品の開発現場では、頻繁にこの“局所詳細化”ノウハウが要求されています。

モデル作成:現物と解析モデルの“ギャップ”を埋める力

FEMの本質は「物理現象をどれだけ数値モデルに忠実に落とし込めるか」にかかっています。

境界条件と荷重設定の実践知

モデル作成の最大の落とし穴は、「本来かかるべき力」を正確に設定できないことです。
現場のベテランでもここを見誤ると、計算結果が大きく狂います。

たとえば、クランプ治具を使って部品を固定したときの「拘束条件」や「荷重のかかり方」は、CADデータからは読み取れません。
現物の組付けプロセスや実験を参照し、物理的な「つながり」や「剛性の持たせ方」を再現する必要があります。
ときには、工具の位置、部品のクリアランス、溶接肉厚なども考慮しなければ精度ある結果は出ません。

モデリングの簡略化とその限界

製造現場では「省略できる部分は思いきって落とし、必要な部分だけ詳細に作り込む」ことがスピード感につながります。
ただし、ここにも注意があります。
ボルトや溶接などの結合部を全部省略すると、本来発生する応力集中点を見落とします。

現場感覚では「実際にトラブルの多い部分」だけでも、細かく再現することが肝心です。
逆に、製品の外観や性能とは直接関係のないリブや穴は、合成剛性がほとんど変化ない場合は無理に細かく再現しないのが現場流です。
社内の検証や試作評価データと連携することで、どこまで簡略化してOKかノウハウが蓄積されます。

材料定数の正しい把握と“データ管理”

FEMの精度は材料特性にも依存しますが、実際には設計図面に定めた公称値では誤差が出ることが良くあります。
このため、社内の材料試験データやサプライヤーと連携した属性管理が非常に大切と言えます。
筆者の経験で言えば、社内でまとめた「材料定数データベース」を照合し、異常値や旧規格値の混在を逐次洗い出す仕組みを強化することで、解析精度と属人化リスクの両方を下げることができました。

昭和的“アナログ”現場の壁を超えるために

工場現場やサプライヤーにはいまだに「現物勝負」「職人の勘に頼る文化」が強く残っています。
デジタル解析結果への忌避感や「こんな計算、うちの部品には使えない」という先入観が根強いのも事実です。

現場説得の“可視化ストーリー”が肝心

昭和的な現場で解析の有効性を認めてもらうには、“現物とシンクロした説明”が一番効果的です。
具体的には、破損した部品の実物写真とFEM解析で予測した応力集中箇所を並べて示し、「なぜ壊れたか」を数値で見せる工夫が要ります。

また、工場の組み立てラインで発生している変形トラブル事例に対し、“現象→モデル化→再現”の流れをワークショップ形式で共有すると、「解析は現場の問題解決に役立つ」という納得感が浸透します。

解析と実機トライアルのPDCAを回して信頼を得る

いくら解析結果が精密でも、現場のベテラン達が納得しなければ生産現場では活用されません。
そこで、部分的でいいので「予測値と現実値のすり合わせ(フィードバック)」を短サイクルで回すのが有効です。
たとえば、溶接構造の残留応力解析なら、ひずみゲージによる実測データとFEMシミュレーションを比較し、結果が合致しない場合はモデルの再検証を地道に行います。
この試行錯誤こそが“解析技術の言語化力”を製造現場に根付かせる一番の近道です。

サプライヤー目線・バイヤー目線から見た「解析」の真価

多くのバイヤーや工場長は、サプライヤーに要求する製品の品質や納期を重視しますが、実は「FEM解析を活用できるか」は見えにくい競争優位性の一つです。

サプライヤーに求められるレベル感

取引先のバイヤーが本当に知りたいのは、「どこまでデジタル検証ができて、設計や品質保証に生かせているか」です。
受託解析を丸投げするのではなく、自分たちの製品特性や現場事情を踏まえて、最も効率的な要素選定とモデリングができる技術者を持っているか。
こうした“現場密着型”の解析スキルは、顧客との技術信頼を高めるポイントになります。

解析内容の“説明力”が新時代の武器に

受託先からの「なんでこうなった?」という問合せや不良連絡に対して、すぐに実測値と解析値を突合できる現場は、確実に評価されます。
また、生産現場とバイヤーの間に立つサプライヤーが、FEM解析のマルチスキルを獲得することで、開発案件の早期リリースや品質トラブル時の迅速な原因解明が可能となり、納期遵守率や提案競争力が高まります。

有限要素法解析精度向上のための“現場的アドバイス”まとめ

要素選定とモデル作成の勘どころは、「セオリー」と「現場経験」の両立に尽きます。
業界で30年近くFEMを使ってきて思うことは、最新バージョンのソフトよりも「現場を知り、現物と付き合い続けた技術者」の解析モデルが一番精度とインパクトが高い、ということです。

まずは、解析目的を明確にし、それに合わせて“本当に知りたい部分”だけ詳細にしてみてください。
境界条件や荷重条件があいまいなら、すぐ現場に足を運び、組付けやプロセスを確認してください。
材料データや製造誤差をサプライチェーンで共有し、想定と現実のギャップを埋める仕組みも育てましょう。

そして、解析に抵抗感の強い現場には「現象の可視化」「テスト結果との突合」「PDCAサイクルの徹底」を地道に進めてください。
サプライヤー・バイヤー間の信頼獲得にも、解析力と現場力を融合させた“説明力”が時代のカギとなります。

製造業が抱える「アナログとデジタルの壁」は、「現場目線でのラテラルシンキング」が突破口になります。
有限要素法解析を自分の現場や取引先の実務課題解決へと活かし、これからの製造業をアップデートしていきましょう。

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