投稿日:2025年12月6日

許容差の設定ミスが全ロット手直しという最悪の事態を招くリアル

はじめに:許容差が製造現場を左右する理由

製造業の現場で「許容差」(トレランス)の設定は、まさに製品品質の生命線です。

厳密な精度が要求される部品から、大量生産のコモディティ品まで、どんな製品においても許容差の設定は避けて通れません。

しかし、現場でこうした許容差の設定が甘かったり、逆に過度に厳しくなったりすることで、全ロット手直しや不良品大量発生という悪夢のような事態が現実に起こることがあります。

この記事では、製造業で20年以上現場に携わった筆者の経験を交え、許容差設定ミスのリアルなリスクや、その背後にある業界動向、バイヤーとサプライヤーの意識ギャップ、具体的な対策について解説します。

許容差とは何か?なぜこれほど重要なのか

許容差の基本:設計図に潜む運命の分岐点

許容差とは、製品図面などに記載される「基準寸法からのずれを許される幅」です。

例えば、あるシャフト直径10.00mmに対して「±0.05mm」という記載があれば、最小9.95mmから最大10.05mmまでが良品とされます。

この「幅」が小さくなるほど、製造は難しくなりコストもアップします。

逆に幅が広すぎれば、部品の組み合わせが悪くなることもあるため、ちょうどよい塩梅を見極めることが必要です。

許容差設定の現実:設計側と現場の壁

設計図に記載される許容差は、「設計者の要望や理想」がそのまま現れがちです。

設計部門は往々にして、余裕のないタイトな許容差を指示しがちです。

その結果、現場では「これ、本当に必要?」と疑いたくなる指示に戸惑うこともしばしばです。

コミュニケーション不足、設計と現場それぞれの立場の違いが、許容差の危険な「見落とし」を生む背景にあります。

【実録】許容差設定ミスの現場で起きる悲劇

ケーススタディ1:図面通りに作ったのに全ロット手直しへ

ある自動車部品メーカーで、サプライヤーから納品された部品が、全数受入れ検査で「規定外」と判定されました。

しかし、納品書の数値とサプライヤー現場の測定記録を保管庫から引っ張り出してみても、すべて「図面どおり」なのです。

原因を探ると、設計変更履歴に最新の許容差設定が反映されておらず、旧図面のまま生産されていたことが発覚。

結果、数千個にも及ぶ部品が組立ラインでストップし、出荷納期に大混乱。

寸法自体は正しかったのに「許容差設定ミス」が数百万の損失をもたらしました。

ケーススタディ2:現場目線を無視、後戻りできない手直し地獄

ある家電メーカーでは、部品の微細なはめ合い部寸法に対し、某バイヤーが「不具合報告ゼロにしたい」として、根拠の薄い超タイトな許容差を要求。

結果、現場では測定治具の精度不足や加工機の癖との戦いに追われ、納期ギリギリまで不良選別と手直しが蔓延。

わずか数ミクロンの範囲のはずが、人間の目と勘による“手当たり次第チェック”に発展し、ラインストップや労働負荷増大を引き起こしました。

最悪「全部やり直し!」という決断が下され、現場の士気も低下する悪循環に陥ったのです。

許容差設定が招く損失の「見えないコスト」

全ロット手直し――失われるのは品質だけじゃない

許容差設定ミスによる全ロット手直しは、目に見える不良損失や再加工コストだけでなく、多くの「見えないコスト」を伴います。

具体的には:

– ライン停止・納期遅延による顧客信用の喪失
– 現場スタッフの残業や疲弊、モチベーション低下
– サプライヤーとの関係悪化やトラブル交渉コスト
– 設備再セッティングや材料再手配による生産ロス
こうした損失はしばしば経営層に過小評価されますが、失われた信用や人材流出は将来的な事業リスクに直結します。

許容差は常に“バイヤーの立場”へしわ寄せされる

とくにサプライヤー側は「バイヤー(発注側)の目線や意図」を正確に読み取ることが難しい局面が多々あります。

要求仕様が曖昧なまま進行し、納品直前になって「この基準では通しません」と突き返されるなど、バイヤー側の内部事情・真意の見えにくさがトラブルの引き金になるのです。

アナログな文化が生き残る昭和的現場の「危うさ」

紙図面・口約束・職人勘がはびこる現場

日本の製造業、特に多くの中小企業や老舗工場では、いまだ「紙図面」や「口頭での申し送り・暗黙知」、職人の勘とノウハウに頼る文化が根強く残っています。

CADやデジタルデータが導入されていても、「最新図面と思ったら、引き出しの中に旧版しかなかった」などというのは日常茶飯事です。

さらに、許容差測定もマイクロメーターやノギスなどアナログ工具頼みで、「このくらいなら誤差範囲だろう」とベテランが独断でOKを出しがちです。

現場主導の“踏襲”体質とデジタル化の壁

設計と生産現場の間に厚い「壁」がある企業文化では、設計者がいくら細かく最新のデータを管理しても、最終的には現場が「従来どおり、で動く」現象がいまだに散見されます。

これが許容差設定ミスや情報伝達ミスの連鎖を呼び込み、品質不具合が発覚して初めて慌てて是正する“後手リスク”を増幅させます。

バイヤー・サプライヤー両者が知っておくべき「許容差思考」

バイヤー編:柔軟なコミュニケーションの大切さ

バイヤー(発注側)は、単に要求仕様を「通告する」のではなく、サプライヤーに対して「なぜこの許容差が必要なのか」「現場でどんな苦労があるか」を可能な限り共有し、建設的なディスカッションを心がけることが肝要です。

設計意図を丁寧に説明し、積極的に現場とのすり合わせを行うことで、“手戻りゼロ”に近づくことが可能です。

また、工程能力や加工設備の実力、測定方法の限界も考慮した現実的な許容差設定が重要です。

サプライヤー編:質問する勇気・提案する主体性を持つ

サプライヤー側も「言われた通り作るだけ」になりがちですが、納得できない仕様や非現実的な要求には、しっかり理由を問い、調整や代案を提案する姿勢が重要です。

現場レベルで「なぜその許容差にしたいのか」を掘り下げ、バイヤーと直接コミュニケーションを取ることで、お互いにとって最適解に近づくことができます。

全ロット手直しを未然に防ぐ具体策

1. フロントローディングの徹底

設計段階からバイヤー・サプライヤー・品質・製造部門の多部門連携を必ず行い、現実的で無理のない許容差設定を検証します。

初回試作・パイロット生産の段階で実測値や加工実態をフィードバックし、仕様のブラッシュアップを徹底しましょう。

2. デジタル図面・情報共有の強化

紙図面や“職人ノート”に頼る昭和的体質を脱却し、設計変更や最新図面情報の一元的データ管理・即時共有を進めることが、トラブル激減への第一歩です。

最新図面をクラウドやPLM(Product Lifecycle Management)で管理し、誰もが容易にアクセスできる体制を構築しましょう。

3. 測定・検査の標準化と自動化

「ベテラン頼み」の感覚測定から脱却し、治具・測定機器の自動化やAI画像検査の導入を段階的に進めることで検査品質のバラつきを抑えましょう。

また、測定結果や計測履歴のデジタル記録化も品質保証の強化に貢献します。

4. 許容差PDCAサイクルの運用

出荷後・市販後のフィードバックや現場のトラブル事例を定期的に分析し、設計部門へ素早く還元することで、許容差設定自体を磨き上げる仕組みをつくりましょう。

「一度決めたら終わり」ではなく、変更や再検討を柔軟に行う意識改革がカギとなります。

まとめ:許容差設定を“現場起点”で再発明しよう

許容差の設定ミスが引き起こす全ロット手直し――これは決して他人事ではありません。

設計とバイヤー、現場とサプライヤー、それぞれが持つ視点や「思い込み」の違いを認識し、実態に即した事前のすり合わせとデジタル情報管理で、悲劇は確実に減らすことができます。

これからの時代、昭和的な勘と根性論での現場運営ではなく、データ・科学・現場知見のバランスを活かした「許容差マネジメント」が製造業全体の競争力を左右します。

現場の知恵とラテラルな視点で、令和時代のモノづくりの地平線をともに開拓していきましょう。

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