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トレーサビリティ強化が逆に現場負荷を増やすジレンマ

目次
はじめに:トレーサビリティとは何か
トレーサビリティ(traceability)とは、製造業において、原材料の調達から生産、出荷、流通までの一連の工程を「追跡可能」にする管理手法を指します。
顧客側や最終消費者から見れば、製品がどんな材料で、どこの工程で、誰の手によって作られたのかを遡って調べられる安心材料となります。
また、不良品やリコール発生時の原因究明を迅速化し、品質向上やリスク低減の観点でも確かに重要な取り組みです。
近年では、SDGsへの対応やISO規格、食品衛生法などの法令順守の観点からも、トレーサビリティの強化がますます求められるようになっています。
しかし、現場のリアルを知る身からすれば、理想と現実のギャップが決して小さくないことも痛感します。
トレーサビリティ強化は現場改善の切り札である一方、現実的には「逆に現場の負荷を増やし余計なトラブルの火種になる」ジレンマを生み出している面も否めません。
この記事では、そのジレンマの本質と、それでも諦めない改善の糸口について、現場目線で掘り下げていきます。
トレーサビリティ強化が求められる社会的背景
顧客要求と社会要請の高まり
消費者や法人顧客の品質意識が高まる中、「この製品はどんな製造履歴があるのか」「不具合発生時にどこまでさかのぼって原因を明確にできるのか」という質問が増えています。
さらに海外市場では、サプライチェーン全体を可視化した上でエビデンスの提出を求められるケースも主流となりつつあります。
食品業界や自動車業界、電機業界では、部品やロット単位での追跡管理が契約上の必須条件になりつつほどです。
トレーサビリティを推進する法規制と基準
日本国内では、食品衛生法の改正や医薬品医療機器等法(改正薬機法)の強化、ならびに製造物責任法(PL法)が、トレーサビリティ確保を事実上義務化しています。
海外向けでは、ISO9001やIATF16949、BRCなどの規格や認証の要件として、確実な履歴管理と追跡証跡の提出が要求されます。
これらの法制度や業界基準は、もともと消費者や社会の「安全・安心」を守るために整備されたものですが、現場では“これ以上記録を増やしてどうする?” との本音もちらほら耳にします。
現場での負荷増大の現実:理想と現実のギャップ
紙文化の壁とITリテラシーのギャップ
多くの製造業の現場、とりわけ“昭和型”の職人気質が色濃く残る会社や中小工場では、いまだ「紙による記録」や「手書きの作業日報」「現場ノートによる不具合記録」が主流というケースも少なくありません。
トレーサビリティ強化の名の下に、膨大な帳票やラベルが増殖し、管理負担は現場スタッフや管理職の肩に重くのしかかります。
加えて、現場スタッフのITリテラシーの個人差、現場端末やネットワーク整備の遅れが、スムーズな「履歴デジタル化」の実現を困難にしているのは現実問題です。
現場の本音「記録のための記録」になっていないか
筆者が現場で繰り返し目の当たりにしたのは、「とりあえずルール通りに記録を埋めているだけ」「管理監査のために仕方なく帳票を書いている」という状況です。
その結果、ヒューマンエラーによる記入漏れや記録ミスが多発し、「結局どこが本当の履歴なのか分からなくなる」二重三重のエクセル地獄や帳票ダブリが常態化している現場も見受けられます。
時には「記録に追われて本来の作業品質確保やモノづくりがおろそかになる」本末転倒の状況さえ生まれてしまいます。
トレーサビリティデータの活用不全・ブラックボックス化
せっかく集めた膨大なトレーサビリティデータですが、「どこに何があるのか整理されていない」「現場がそのデータをどう活用すべきか分からない」というケースが非常に多いです。
監査や顧客トラブル発生時になって初めて“あの帳票どこだ?”と大騒ぎになる、という悪循環です。
データは活かして初めて安全・安心を担保する武器になり得ますが、負の資産になってしまっている現実が多数派といえるでしょう。
ジレンマをどう打破するか:ラテラルシンキングで解決を探る
「最小限で最大効果」を狙うミニマリズム思考
何より大切なのは、「全ての作業記録・帳票のデジタル化・トレーサビリティ化が目的化していないか」を常に俯瞰して見直すことです。
法令や顧客要求で“必須”とされる部分と、“何となくやっている”運用箇所を切り分け、“最小限の記録”で“最大限の追跡可能性”を得られる仕組みを徹底的に考案してください。
ここに業務プロセスマッピング(BPM)やリーンシンキングの考え方を、現場目線でアレンジして取り入れることがポイントです。
たとえば、
– 担当者が二重入力する記録は統合し現場で同時に書けるようレイアウト変更
– 本当に使われている帳票だけをどの部門でも一元共通化
– データ入力や作業記録を行う「その場」にQRコードやICカード認証による簡便な記録端末を設置
などの工夫で、帳票・記録のムダを極小化するのが重要です。
現場起点の自動化:「システムありき」ではなく「現場最適」から始める
トレーサビリティ強化を目的にシステム会社まかせでパッケージを導入しても、“システムのための現場”になってしまい取り残された人たちの負担が増加するばかりです。
本当に必要なのは、現場で働くスタッフが自分たちで「どこまで記録すれば十分か」「業務フローに沿った記録ポイントはどこか」を腹落ちさせて、部分最適→全体最適へのステップを踏むことです。
例えば、「品番ごとにラベル発行と読取りだけは確実に自動化する」「現物ロットと出荷ロットの照合だけは必ずスマホやハンディターミナルで済ませる」といった、現場負担・コストバランスを見極めた実践的なIT化が現場目線での鍵になります。
データの“使い倒し”が攻めのトレーサビリティを生む
ただ集めて保管するだけでは宝の持ち腐れです。
現場こそが積極的にトレーサビリティデータを活用し、小さなリスク兆候を見抜き、工程の改善、品質向上、納期短縮に役立てる使い道を設計すれば、「記録=苦役」から「記録=武器へ」の逆転が生まれます。
例えば、多品種少量生産現場でトレーサビリティデータをAI解析し、頻出不良の工程・ロット・作業者傾向を見える化する、納入サプライヤーごとの傾向を見抜き購買戦略化に役立てるなど、知恵を応用しましょう。
サプライヤーとバイヤー、双方から見る「新たな地平線」
バイヤーが知っておくべき現場のリアル
バイヤーはサプライヤーに「トレーサビリティ強化」を求める際、一律に“デジタル化でトレースできるようにしなさい”と要求しがちですが、その裏で「現場がどんな負荷を担い、どんな運用をしているのか」への理解が不足しがちです。
現場への理解なくシステム要件だけを提示すると、実は逆効果になったり、本質的な品質事故防止や効率化につながらず「現場疲弊」という副作用を生む場合があります。
ぜひバイヤーには“サプライヤー現場の声”をヒアリングし、無理なくトレーサビリティを実現する協力体制、双方にとってプラスになる支援の在り方を模索してほしいです。
サプライヤーも「攻めのトレーサビリティ」を売りにする
一方、サプライヤー側は、「トレーサビリティ強化は顧客のための負担」と受け止めるのではなく、自社の強みや差別化、信頼構築の武器として積極活用してみてください。
「うちの現場はここまでトレースできます」「履歴データから最適な品質改善提案を行います」など、“提案型バイヤー”として新たな商談機会を創出できるでしょう。
また、業界を超えたプラットフォーム作りやデータ相互活用スキームは、今後の新ビジネスチャンスとなり得る“新たな地平線”です。
まとめ:伸びる現場は「守りと攻め」を両立させる
トレーサビリティ強化が「記録のための記録」「現場に負担を押し付けるだけ」という時代は終わりにしなければなりません。
理想だけを追うのではなく、現場の声や負担を最小限にし、そのうえで守り(品質問題の早期発見、法令遵守)と攻め(現場改善・差別化)の両輪で“使い倒す”思考に切り替えるべきです。
現場で働く皆さんにも、バイヤー志望の方にも、サプライヤー側の皆さんにも「本質を見極める目」と「実践知」とを持って、新しいトレーサビリティ文化を一緒に創出していきたいと思います。
従来のアナログ業界だからこそ、現場に寄り添う本質的DX(デジタル・トランスフォーメーション)が花開く可能性は、まだまだ残っています。
このジレンマを超えて、製造業の未来を切り拓きましょう。