投稿日:2025年10月4日

デザイン視点を欠いた研修が形骸化する事例

はじめに:製造業におけるデザイン視点の重要性

「製造業の研修」と聞くと、多くの人がイメージするのは現場オペレーションの手順書やQC七つ道具、5S活動マニュアルなど、現場の基礎的知識やスキルを効率よく教え込む内容です。
昭和から続く「現場主義」の考え方は、確かに日本のものづくりの礎となりました。
しかしながら、現代の製造業は「造るだけ」では価値を生めません。
デザイン思考、すなわち“どうしたら顧客や現場が本当に求める価値に近づけるか”という発想が不可欠な時代になりました。

デザインと聞くと「設計」や「意匠」の話だと思われがちですが、ここでいうデザイン視点とはユーザー体験を起点に現場やプロセス、サービスを見つめ直す総合的な思考法を指します。
よくある研修で、この視点が抜け落ちてしまう理由と、その結果として研修が内向きで陳腐化してしまっている実態について、私自身の20年超にわたる現場経験から実例を交えながら深掘りします。

製造業の現場研修が抱える「昭和型」からの脱却課題

1. 泥臭い現場主義が「目的」を見失わせる

高度成長期からバブル期にかけて確立された日本の製造業の現場研修は、「この仕事はこうやるべし」「型を守れ」という実直なものが主流でした。
たしかに人やラインでバラつきが出ないよう、基礎の徹底反復は合理的です。
ただ、現場リーダーや技能員が“なぜこの作業が必要なのか”、“その先にどんな価値があるのか”まで理解できないまま表面的な手順を守るだけになりがちです。

研修設計側も、「○○のやり方を伝えること」自体をゴール化してしまいがちです。
そうなると現場は「教わった通りやればいい」「余計なことは考えない」という対症療法に陥り、本質を問わなくなります。
これが研修形骸化の最初の落とし穴です。

2. 部署やサイロに閉じた”部分最適感”の助長

工場は各工程・部署で独立採算やKPIが設定され、現場ごとに最優先事項が異なります。
購買や調達は「コストダウン」、生産管理は「納期遵守」、品質管理は「不良削減」、製造現場は「生産性向上」。
しかし、唐突にそれぞれのミッションだけを研修で叩き込むと、全体の流れの中で自部署の役割や他部署との関係性を俯瞰する視点が弱まってしまいます。

例えば、購買部門がサプライヤーへのコスト要求ばかり強め、設計や製造現場の困り事を知らないまま価格最重視で取引すると、製品全体の競争優位を損なう要因になります。
これも「全体を見るデザイン視点」の欠如がもたらす典型例です。

デザイン視点を取り入れない研修が形骸化する現場のリアルな事例

1. 標準作業手順の“伝承”が目的化される現場

ある工場でベテラン技能者による加工ノウハウの伝承が急務となり、「OJTリーダー研修」が実施されました。
マンツーマンで作業を教える方法のロールプレイやコーチング座学、手順書作成の基礎などが盛り込まれ、その場は大いに盛り上がりました。

しかし、実際の現場では「なぜ今そのノウハウが必要なのか」「顧客にどう生かされるのか」という視点が抜け落ちていたのです。
単に「この通りに教えれば間違いない」と作業伝承が目的化し、「自分たちの現場をよくするには?」という提案が生まれないままルーチン化した事例がありました。

2. サプライヤー連携研修でバイヤー・現場の思考不一致

調達部門主催でサプライヤー向け「品質向上」研修を実施した事例です。
講師は購買・品質保証担当で、内容は規格への適合・不良品流出防止の勘所など“品質管理のやり方”一色。
ところが、サプライヤー側にとっては、「なぜその仕様が重視されているのか」「最終顧客からどう見られているのか」という背景説明が皆無で、ただただ要求を飲み込まされる展開になりました。

このような研修は、双方の立場や価値観を「つなぐデザイン視点」や共創の意識が皆無です。
その結果、両者の間に不信感が残り、「やらされ研修」止まりとなり、肝心の品質改善活動には発展しませんでした。

3. 定型フォーマット型DX研修の限界

自動化やDXという言葉がもてはやされ、多くの工場で「PoCで体験してみましょう」「ロボットの使い方を学ぼう」といったDX推進研修が数多く実施されています。
パワーポイントでの理論説明や操作説明など、“知識インプット”型の内容が多いのが現状です。

しかし、「なぜ自分たちの現場にDXが必要なのか」「誰のどんな課題を解決したいのか」という目的意識やデザイン的アプローチがなければ、各現場の痛み(不便や困りごと)と無関係なシステム導入が繰り返されがちです。
本来、現場社員たちの能動的な気付きからイノベーションを起こすには、彼ら自身が現場体験を起点に「本当のユーザー目線」で考えなければなりません。

しかし、単なる知識伝達の研修設計では、DX活用推進の本質は伝わらず、ただの“履修証明”で終わり形骸化を招いてしまいます。

なぜデザイン思考視点が必要なのか?本当に実効性ある研修の条件

1. 本質的な「なぜ」を問うところから始める

どの分野の研修であれ「なぜこの活動が必要か」「誰にとってどんな意味があるのか」を参加者と一緒になって深く考察することが、デザイン視点の根本です。
部門独自目線ではなく、“現場で起こるリアルな課題”“顧客や工程全体の流れの中の体験”を一度分解して見つめなおすこと。
これこそが、内部向き・形式化した研修から抜け出すカギです。

2. 実際の業務プロセスを「仮想ユーザー」で設計し直す

単なる知識や手順解説にとどまらず、調達・生産・品質・現場の全てが「一人の顧客(ユーザー)」だと仮定してみましょう。
「この資料やシステムは誰のどんな業務のどの部分で役立つのか」など、体験シナリオやカスタマージャーニーをつくり、関係者全体で共有します。
すると自然と「負担を減らす提案」「相手の立場で必要なアウトプットは何か」など、本質的な課題解決型の会話が芽生えます。

3. フィードバック(双方向性)を仕組み化する

どんなに専門的で体系立った内容でも、「研修=教える側」と「現場=教えられる側」という一方通行の構造では、実際の現場課題には向き合えません。
受講者アンケートや1on1面談に加え、現場での気付きや改善点を必ずフィードバックしてもらい、その内容を研修設計にリアルタイムで反映させる「双方向デザイン型プロセス」の確立が不可欠です。

作業標準書であれば、「使いづらい」「現場の実態と違う」といった率直な声を集め、都度アップデートします。
こうすることで、現場ニーズに即した実践的な人材育成サイクルとなり、“単なる研修”から“業務プロセスそのものの進化”に直結します。

昭和型アナログ業界にも活かせる「デザイン思考的」研修導入法

製造業界では、古い体質や「失敗は悪」「前例通りでよし」という空気が今でも根強く残っています。
ですが、いきなり欧米流のデザイン研修を持ち込んでも現場から反発されてしまうのも事実です。
現場目線で導入するには、まずは「小さな気付き」や「現場の困った体験」から入り、徐々に失敗体験の共有やアイデア出し企画会議など、現場参加型の“共感ベース”活動を仕組み化することが現実的です。

またサプライヤーやバイヤー、管理側など多様なステークホルダーが集うワークショップも有効です。
「相手はどんな課題に悩んでいるのか」「自分の仕事がどこに影響するのか」を、現場の当事者みんなで体験し合う設計にすると、デザイン的な発想が根付きやすくなります。

結論:現場と経営、両者が繋がるデザイン視点こそが生きた研修への第一歩

製造業が変革する時代にあって、研修が形骸化する最大の要因は「ユーザーが見えない」「なぜそのやり方が求められるのかが腹落ちしない」に尽きます。
これらを克服するには、現場・経営・取引先の境界を超えて、“本当の顧客”体験を起点に「なぜ」を問い、「誰の何の役に立つための活動か」を徹底的にデザインし直すこと。
昭和型の過去の成功体験や習慣に囚われず、一歩前に踏み出す勇気こそが、製造業の未来を切り開く原動力になります。

新しい地平線への第一歩は、現状の“研修手順”や“常識”の先にある「誰のどんな不満・困り事に応えるための学びか?」を深く考え、部門や立場を超えて繋がるデザイン視点を現場に根付かせることです。

現場の方もバイヤーの方も、次の研修設計からはぜひこの視点を取り入れてみてください。
そして、ユーザー・チーム・会社全体に本当に新しい価値をもたらす“生きた研修”を創り出していきましょう。

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