投稿日:2025年10月29日

料理の“感覚”を製造の“数値”に落とし込むための思考プロセス

はじめに:なぜ製造業に「料理の感覚」が役立つのか

製造業の現場と、家庭のキッチン。一見すると、この二つはまったく異なる世界に見えるかもしれません。
しかし、20年以上工場の現場で働き、現場の管理や改善業務にも携わってきた私の結論は、「料理の感覚」と「製造現場の課題解決スキル」は本質的に共通点が多いということです。

料理の上手い人は、食材の状態や、味付けの微妙な変化を嗅ぎ分け、五感を駆使して最良の結果を出します。
この“感覚”を、製造現場では「数値」や「指標」といった具体的な形で表現し、みんなが共有できる言語に落とし込む必要があります。

本記事は、製造業の現場で「料理のような感覚」や「暗黙知」を、誰もが使える「数値化された知識」として落とし込むための思考プロセスを、現場目線で解説します。
バイヤーを目指す方、サプライヤーの立場でバイヤーの考え方を理解したい方にとってもヒントとなる内容です。

アナログな現場に根付く「感覚」がなぜ進化の障害になるのか

ベテランの“勘”が属人化の温床に

製造現場では、「あの人がいれば安心」というベテラン技術者に頼りがちです。
経験豊富な人ほど、“勘”や“長年のコツ”で問題を解決していきますが、これが「暗黙知」のままでは組織の成長を妨げる大きな要因となります。

例えば、成分分析の工程や、生産ラインの微調整、歩留まり改善などは、長年の感覚による「ここはこうしたほうが良い」という判断が意外と多いのです。

現場力と標準化の間で悩むリーダーたち

工場長や現場監督などマネジメント層にとって、ベテランの感覚頼みの運営から脱却し、組織全体として再現性の高い手順を確立することは永遠の課題です。
昭和から令和に至っても、日本の現場では「仕組み化 vs 熟練者の知見」という対立が根強く残っています。

料理人の“感覚”と製造現場の“数値”——違いと共通点を考察する

料理の「五感」を製造現場でどう再現するか

料理の現場では、「この色になったらOK」「湯気の匂いで沸騰を判断」など、目・鼻・手触り・音・舌といった五感が重要です。
製造現場でも、「この音なら機械の調子が良い」「手触りで板厚のバラツキが分かる」など、五感を使った判断が数多く残っています。

この五感の経験値を、手順書やデータの中で“誰にでも分かる数値”に変換できれば、技術伝承や品質安定の大きな武器になります。

おいしさの定義と品質特性のパラメータ化

料理で「おいしい」という抽象的価値を定義するのは難しいですが、成分分析や官能評価などで、甘味・酸味・うま味・舌触り・香りなどを数値として管理できます。
製造現場においても、仕上げ外観や触感、組立精度、匂いといった曖昧な判断を、具体的な測定値(寸法・重さ・色差・圧力値など)に落とし込むことが重要です。

“感覚”を“数値”に翻訳する思考プロセス

1.経験の言語化——「観察」から始める

まずはベテラン技術者の仕事ぶりを「なぜそうするのか」「どんな状態をみて判断しているのか」という観察から始めます。
この段階では、「音が変わったら異常」「ここの色がこうなら次工程OK」といった“根拠”をしっかりインタビューで聞き出します。

ここで大切なのは、その判断の背景にある「物理的現象」や「材料の状態変化」に注目することです。

2.観察結果の仮説化——「計測できるか?」に挑戦する

ベテランの言う「何となくこの感触」が、果たしてどのような物理量やデータで再現できるかを議論します。
例えば「音」を振動波形で記録したり、「匂い」「触感」を専用センサーや評価スケールで明確化します。
このプロセスで活躍するのが、生産技術や品質管理のデータ解析力です。

3.現場試行とフィードバック——プロセス管理指標へ昇華する

仮説化した「数値的しきい値」を、実際の現場で導入し、逸脱したときに起こるトラブルや品質不良を記録、フィードバックします。
これを繰り返すことで現場感覚から「誰もが監視できる管理値」へと昇華していきます。
この蓄積こそが、脱・属人化への第一歩となります。

事例紹介:ベテランの“勘”を数値化した現場改善事例

事例1:仕上げ工程の「手触り」検査のデジタル化

とある機械加工工場では、最終仕上げのツルツル具合をベテラン作業者が「指先の感覚」で確認していました。
これを、表面粗さ測定器を使った定量評価に置き換え、誰でも再現可能な仕組み化を実現しました。
作業者ごとのバラツキが減り、不良の発生数も劇的に減少しました。

事例2:ベルト搬送ラインの「異音判定」をAI化

搬送ラインの保守担当者は、「普段と違う音がする」とモーター異常を感知していました。
これを音響センサー+AI分析でデジタル化。
異常兆候を見える化し、未然保全のレベルを格段に向上できました。

事例3:製品の「色味」判定を画像処理で自動化

食品工場では「黄金色が理想」という曖昧な基準を、画像処理システムで色差管理へと昇華させました。
人によって「見え方」「OKの判断」がブレていましたが、全品を一定水準で管理できるので、高級ラインのブランド価値向上にもつながりました。

アナログ業界でも進む“数値化”のメリットとその壁

属人化からの脱却——持続的な品質と効率の源泉

“感覚”の脱属人化は、技術伝承シャドーイングやPDCAサイクルの高速化、さらには人手不足への対応にも直結します。
誰が現場に立っても、安定した品質・稼働が維持できる点は、グローバル市場の競争力を保つ最大の武器です。

“数値化”がもたらす教育・改善の効率革命

感覚を言語・数値化することで、若手や外国人労働者への教育時間も大幅に短縮できます。
また、データ集約・分析によるライン改善や投資判断もスピードアップします。
これらはすべて企業の“強み”の可視化、すなわち「差別化の源泉」となります。

昭和の職人魂が生き続ける理由と、数値化への葛藤

一方で「勘・コツは数値化できない」
「属人的な技が“会社の宝”だ」という意識も根強く、現場から抵抗感が出るのは事実です。
しかし、この“感覚”も丁寧にヒアリングし、共通言語化・可視化することで、むしろ現場技術の普及や高度化に役立つのです。

バイヤー・サプライヤー・エンジニア、それぞれに必要な“数値化思考”とは?

バイヤー:定量的な要求が信頼と交渉力を生む

サプライヤーに対し、曖昧な要求ではなく「どの品質特性をどのレベルで保証できるか」を明確に数値で伝えられることは、交渉における最大の武器です。
これは、納期管理や原価低減活動にも直結します。

サプライヤー:顧客の感覚ニーズを“仕様”に変換する力

バイヤーが現場感覚で「もっとしっとり感がほしい」「もう少し高級感を」と言うとき、これをどう測定値やスペック、工程指標に変換できるかが、サプライヤーの評価を左右します。

エンジニア:データドリブンと現場力を融合させるセンス

数値化によって「誰でもわかる」仕組みを横展開しつつ、現場でしか拾えない異常の予兆や熟練の工夫もデータ化できる、ラテラルな発想が現代のエンジニアには必須です。

まとめ:現場“感覚”と“数値化”の融合が、日本の製造業を強くする

昭和から続く職人芸と、今求められるリアルタイムなデータ管理。
この二つは決して対立するものではなく、うまく融合させることで現場の底力が生き、グローバル競争にも勝ち抜ける企業体質が確立します。

料理の“感覚”を、製造の“数値”に落とし込むには、現場観察・仮説化・検証・標準化…という思考プロセスを根気よく繰り返し、多様な関係者と対話しながら仕組みに落とし込むことが不可欠です。

このプロセスができる人材は、バイヤーにとってもサプライヤーにとっても極めて価値が高い存在です。
今あるアナログな現場にも、「ラテラルシンキング」を持ち込み、共通言語と新しい価値を生み出していきましょう。

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