投稿日:2025年8月29日

契約書に定めた検査方法が不十分で顧客と見解が分かれるトラブル事例

はじめに

製造業では、製品の品質確保と納品後のトラブル回避のために契約書の内容を厳格に定めることは当たり前となっています。

しかし、現場経験が長い方なら一度は「契約書で取り決めた検査方法」にまつわるトラブルを耳にしたことがあるのではないでしょうか。

とくに、昭和から続くアナログ的なやり方が今も根強く残る製造業界では、「検査方法の具体性」や「運用の温度差」が、思わぬ誤解や揉め事の火種になることが度々発生しています。

本記事では、実際の現場で起きやすい「契約書に定めた検査方法が不十分で顧客と見解が分かれる」トラブル事例と、その根底にある業界特有の課題、そして解決のための考え方について深く掘り下げて解説いたします。

よくあるトラブル事例の具体例

1. 検査記載の「曖昧な表現」から発生する認識齟齬

多くの契約書では「外観検査を行い、目視で異常がなければ出荷とする」など、シンプルな表現が並びがちです。

ですが、「目視」の捉え方は人や会社によって大きく違いがあります。

【事例】

ある電子部品メーカーでのこと。

契約書には「外観検査(目視)」とだけ書かれていました。

出荷直後、顧客側の受け入れ検査で微細な「傷」が多数発見され、即座にクレームとなりました。

当事者メーカーでは「量産品として技術的に許容できるレベル」と認識していたのに対し、顧客は「納入仕様図で指示がない限り、傷は全てNG」と考えていたのです。

両者の違いは、「目視」という曖昧な基準の解釈の差でした。

この事例は、アナログ文化の強い現場では未だによく見られる典型例です。

2. 検査方法そのものが現場と契約書で食い違う

製造業では、「社内で当然行われている検査方法」をそのまま契約書に転記しがちです。

しかし、顧客が求める検査方式や手順、合否基準とは微妙な違いがあることも珍しくありません。

【事例】

自動車部品工場で、バイヤー(顧客)の要請で強度試験を追加することになりました。

担当者は「いつも通りの社内手順でOK」と思い契約書に「強度試験を行う」とだけ記載しました。

いざ納品後、顧客から「想定外の方法で試験している」「合否基準が違う」とクレーム発生。

実際には、顧客は「国際規格に準拠した試験」を、サプライヤーは「社内基準による簡易試験」をイメージしていたのです。

このように「『何を』『どのように』『どこまで』やるのか」が具体的に書かれていないと双方の期待値が食い違い、トラブルになります。

3. 契約書にない項目で顧客が追加検査を要求

顧客の要望が契約書に盛り込まれていないケースも多々あります。

また、顧客と営業担当が口頭で「こうしてほしい」と話していた内容が、現場や契約書まで落とし込まれていないと、納品時に横槍が入ることになります。

【事例】

ある精密加工メーカーが大量生産品の検査契約を結びました。

「X線透過検査による内部欠陥の確認」は営業段階で「必要なし」と聞いていたため、契約書にも記載がありません。

しかし量産立ち上げ直前、顧客品質部門から「やはりX線検査もやってほしい」と強い要請。

工場側は「契約外なので対応できない」と返答。

ここに納期やコストが絡み、顧客と現場・営業の板挟みになるトラブルが発生。

こうした「口頭依頼のうやむや」も、昭和的アナログ慣習が温存する現場ほど根強く見られます。

トラブルの背景にある製造業界の特殊性

製造業では「現場の熟練度頼み」や「長年の慣習」が今も多く残っています。

検査方法についても、“いつもこれで大丈夫”という経験則や暗黙の了解に頼りがちです。

契約段階で「本当に全てを契約書に書き切ることは困難」と考え、○○検査、または仕様図参照という曖昧表現でまとめることも少なくありません。

また、新しい自動化技術やデジタル化が進みきっていない現場ほど、検査手順や判定基準が属人化しやすく、「AさんとBさんで感覚が違う」「同じ会社の新旧で運用がズレる」ことも頻繁に発生します。

一方で、顧客も「コストカット」「短納期化」の流れのなかで「本当は取り決めておきたい細かなポイント」を見落としがちになり、結果的に曖昧な契約のまま量産突入、現場が混乱する、という“悪循環”も珍しくありません。

なぜ、トラブルが繰り返されるのか

1. アナログ習慣から脱しきれない現場

製造現場では未だに紙ベースの記録や口伝え文化、担当者ごとの「やり方の違い」に起因する“バラつき”があります。

とくにベテラン技術者による「これで良しとする」判断に無意識に頼ってしまい、契約内容と運用実態にギャップが発生します。

2. バイヤーとサプライヤー間の温度差

バイヤーは「検査方法を契約書にしっかり明記してくれるもの」と思い、サプライヤー側は「これくらいは暗黙の了解だろう」と捉えてしまうことがあります。

この“温度差”を放置したまま契約を交わすことで、見解の相違が火種となります。

3. コミュニケーション不足とレビュー体制の甘さ

検査方法の詳細は設計部門・品質保証部門・購買部門など多くの関係者が絡みます。

十分なすり合わせ(レビュー)が行われていないため、認識違いがあってもすり抜けてしまい、トラブルにつながります。

現場力で乗り越えるための実践ポイント

1. 契約書に「曖昧さ」を残さない

検査方法は「誰が見ても同じ解釈となる」よう明確に記載することが重要です。

たとえば、
– 「目視検査」という表記なら、何ルクスの照明下で何cmの距離から、裸眼orルーペ使用の有無、判定基準は何か、などを明文化します。
– 強度試験であれば、「○○Jの荷重を10秒かけて加圧し、表面ひび割れ×mm以下、内部破壊なし」等、具体的かつ再現性のある表現とします。

「書きすぎて損はない」のが契約書であり、経験が浅い作業者が読んでも迷いなく判断できる記載を心がけます。

2. 「なぜこの検査を求めるのか」背景も明確にする

バイヤー側の要求について、「どうしても譲れないポイントはなぜ必要なのか」、論理や安全性、トレサビリティ要求など背景を伝えることで無駄な摩擦を避けやすくなります。

逆に、サプライヤーからも「この検査方法だと現場でこういうリスクやコストが発生する」とリスクベースで能動的に発言できることが、余計な追加対応の芽を未然に摘む武器となります。

3. 顧客との合意形成プロセスを“書き残す”

商談段階のやりとりや検査方法の打合せメモなども、正式な契約書に残せない部分は必ず議事録やメール等で記録し、両者で確認します。

将来の「言った・言わない」トラブルを防ぐための“備え”として極めて重要です。

4. デジタル化・自動化への移行も視野に

例えば検査工程を動画や静止画で記録し、「どのような状態を良品とするか」をデータとして共有することは、言葉だけでは伝えきれない“感覚”のズレを埋める有効な手段となります。

IoTやAIを活用した異常検知や自動判定技術も、アナログ業務脱却の一歩として効果を発揮します。

バイヤーを目指す・サプライヤー側が知るべき「バイヤーの本音」

バイヤーは「リスク回避」「納期順守」「コスト最適化」など複数のミッションを背負っています。

– 万が一、製品がクレームになった際にも「適切な検査を経て納品した」と説明できるエビデンス確保
– 製品安全・信頼担保のため、「曖昧な仕掛かり」での引き渡しを極力避けたい

こうした意識のもと、これまで以上に「検査方法の明確化」「再現性・客観性の確保」を求めてくる傾向が強まっています。

サプライヤーの皆さまは、「自分たちのやり方を押し通す」のではなく、バイヤーの期待値や背景を理解した上で折衝することが今後ますます重要になります。

まとめ

製造業の契約における検査方法記載の曖昧さは、思わぬトラブルを招きます。

経験則を頼るアナログ現場では特に、「これくらい大丈夫」という感覚が命取りとなります。

逆に、検査方法の記載を徹底的に具体化し、バイヤー・サプライヤー双方でトータルな合意形成と記録を残すことで、現場と契約の齟齬を防ぐことができます。

デジタル化や自動化も取り入れつつ、現場の“肌感覚”と理論が融合した品質保証体制を築いていくことが、これからの製造業発展の大きなカギとなるでしょう。

現場に根差した知見が、読者の皆さまの実践に役立つことを願います。

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