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産業医と人事の役割分担が曖昧な製造業

目次
はじめに:産業医と人事の「すみ分け問題」が浮き彫りに
製造業の現場は、昭和の時代から独特の慣習や文化が根強く残っています。
なかでも「健康管理」は、長年、人事部が大きな役割を担ってきました。
しかし、産業医制度の拡充や労働衛生への社会的意識の高まりとともに、産業医の役割が重視され、現場では「どこまでが産業医」「どこからが人事」という役割分担が曖昧になってきています。
ひと昔まえ、健康診断の案内・実施・結果管理までを人事担当者が取り仕切り、産業医は判子だけ……という会社も珍しくありませんでした。
ところが近年、メンタルヘルス対応、労災リスクへの目配り、労働安全衛生法の強化など、工場をとりまく「健康管理のハードル」が一段と高くなり、いまや現場でも産業医と人事の正しいタッグが求められています。
ベテラン工場長として、また調達・購買、生産管理、品質管理すべてに関わってきた立場から、この問題について製造業ならではの視点で深掘りしていきます。
昭和的マネジメントからの脱却が進まない理由
1.「健康管理は人事のオマケ仕事」という誤解
製造業の現場は「ものづくりの現場第一主義」が根付いています。
そのため、人事担当者が健康管理について「生産とは違うコーポレート部門の雑務」と位置付けてしまうことが少なくありません。
また、「忙しくて定期面談どころではない」「現場目線の業務優先」など、健康管理への緊張感が希薄になりがちです。
一方で、産業医も「お客様感覚」。
日常的なコミュニケーションや組織内での存在感の構築にまで踏み込めていないケースが目立ちます。
2.「産業医は専門家」「人事は調整役」…曖昧な役割意識
多くの現場では、「会社のお医者さん=産業医」「実務は人事が取り仕切るもの」という曖昧な役割意識が根付いています。
法的には、産業医が労働者の健康管理や職場環境改善のアドバイスを行うことになっていますが、実際は人事が産業医の「司令塔」になってしまっている場合も。
その結果、「本来は産業医が面談すべき場面」を人事主導で進めてしまい、従業員にとっては本音を話しづらいという弊害も生まれがちです。
3. メンタルヘルス問題で役割分担が一層混迷
現代の製造業の現場では、メンタルヘルス不調は避けて通れないテーマです。
過去の「いも堀り精神」的な考えだけでは対応できず、専門的な知識が必要となっています。
それにも関わらず、人事が先回りして従業員に介入したり、逆に産業医が組織マネジメントへの関与を遠慮したりと、役割分担が混乱したままとなっているケースが目立ちます。
製造業の現場観点から考える「理想的な役割分担」
人事:コミュニケーションの「接点」を広げて、橋渡し役を担う
人事部門は、従業員一人ひとりのキャリア・勤怠・評価などあらゆるシーンで「現場」と「コーポレート側」をつなぐ役目を持っています。
現場で働く人たちの「気になる変化」(例えば遅刻・欠勤の増加、表情・モチベーションの低下)を最初にキャッチできる立場です。
これを生かさない手はありません。
ただし対応を間違えると「人事による監視・査問」と受け止められてしまう危険もあります。
本来、「困っている人の異変を察知し、産業医へとつなぐ伴走者」になるべきです。
定期的な面談で気付きを集め、産業医に伝えるノウハウや、現場リーダーへの教育こそが人事の現代的な役割です。
産業医:第三者的な専門家アドバイザーに徹し、継続的な伴走型支援を
産業医はあくまでも「医療のプロフェッショナル」ですが、製造業の現場ではどうしても一時的な診断やフラットな指示で終わりがちです。
しかし、現代の健康管理は「定期健康診断」だけでは不十分です。
製造現場特有の作業負荷や、交代制勤務、突発的なライン異常時の緊急対応など、特殊な環境にも寄り添った助言や継続的サポートが不可欠となります。
産業医が工場のリアルな現場を定期的にラウンドし、現場の声・課題を直接ヒアリング、現場リーダーや作業者と双方向のコミュニケーションを築くべきです。
サプライヤーやバイヤーから見た「産業医・人事の役割理解」の重要性
1. 健康経営はサプライヤー選定基準に直結
近年、多くの大手メーカーが「健康経営」を推進し、サプライヤー企業の健康管理体制を評価項目に設定しています。
人事体制の充実だけでなく、産業医を含めた「組織的な健康管理」が問われる時代です。
もし「従業員の健康管理=人事任せ」「産業医は形式的」と受け取られる体制が続いていれば、取引機会の喪失や格付けの低下につながるおそれがあります。
2. バイヤー目線で見る「隠れたリスク」
工場の稼働率や品質安定には、作業者の健康状態が大きな影響を与えます。
もしメンタル不調や急な離職が頻発すれば、納期遅延や不具合発生のリスクが高まります。
バイヤーや調達担当者は「現場教育・労働環境」に注目していますが、本音としては「健康管理体制」の透明性やアクティブな産業医活用にも関心を寄せています。
こうした点を意識し、対外的にも「産業医と人事の連携状況」を積極的に発信していくことが重要です。
「アナログ体質」からの脱却に必要な発想転換
役割分担の明文化と、現場との徹底的な現状把握
「役割分担の曖昧さ」を放置すると、問題が表面化するまで組織全体が動かず、重大事故や従業員の深刻なメンタル不調が発生して初めて対応せざるを得なくなります。
この悪循環を断ち切るには、産業医・人事それぞれの「業務範囲・責任」を文書で明確化し、現場リーダーを交えた定期的な意見交換・現状把握が必須です。
さらに、昭和型の「事なかれ主義」を脱し、現場スタッフ自らが「自分ごと」として健康を意識できるような仕組み(ヘルスリテラシー教育や現場発表会など)を導入しましょう。
データ活用と、現場力を生かしたPDCAサイクル
これまでは「買ってきた健康管理ソフトを使っているだけ」という形骸的な運用も多かったかもしれません。
しかし本当の現場力は「現場スタッフの目」「小さな変化の気付き」をデータ化しPDCAを回すところから始まります。
人事と産業医がデータを共有し、ライン単位でも自己点検、ケーススタディを行う。
ここまでやって初めて真の健康経営・リスク管理が定着します。
まとめ:製造業の未来を支える「医・人・現場」三位一体の仕組みづくりへ
製造業の現場が直面する産業医と人事の役割分担問題は、単なる「業務分担」にとどまりません。
従業員一人ひとりが安心して働き続けられる、真の現場力の底上げに直結したテーマです。
現場を知り尽くしたベテランだからこそ、今だからこそ。
「産業医/人事/現場」の三者が正しい距離感とパートナーシップをもち、健康経営の視点で柔軟な分担・連携を模索することが、製造業の競争力・持続可能性を大きく高めるのです。
アナログな昭和型体質から一歩踏み出し、未来志向の現場づくりへ。
今が、その変革の絶好のタイミングです。