トレンチコートの防水性と通気性を両立させる素材技術の理解

はじめに：トレンチコートの「理想」と「現実」

トレンチコートは、ファッション性と機能性を兼ね備えたアウターとして、長年にわたり愛されてきました。
特に防水性と通気性の両立は、ユーザーの満足度を高めるための鍵となります。
一方で、この二つの性能は本質的に相反するものであり、製造現場では多大な工夫と技術革新が求められます。

この記事では、素材技術の進化と課題、そして現代の製造業が直面する現場目線のリアルを分かりやすく解説します。
また、購買担当者やバイヤーが本当に知りたい「選び方のポイント」や、サプライヤー目線でのアプローチも取り上げます。

防水性と通気性 ― その相反する性質を整理する

防水性とは何か、その測定と現場課題

防水性とは、外部からの水分が衣服内部に浸透しにくい性質を指します。
通常、JIS規格やISO規格に基づいた試験（例えば耐水圧試験）が用いられ、「指定気圧の水柱を生地にあて、一定時間浸透がないか」を測ります。
現場では、生地の表面コーティング・裏地ラミネート・シームテープ加工などがよく採用されます。

しかし、これらの加工はどうしても「密閉性」を高めるため、着用時の蒸れにつながりやすくなります。
日常使いのトレンチコートでは「大雨には強いが、夏場の公共交通機関では汗だくになる」など、現実と使用者ニーズのギャップがしばしば問題になります。

通気性とは何か、その測定と現場課題

一方、通気性とは「衣服内の湿気や熱気を外に逃がす能力」を指します。
これもエアパーミアビリティ試験（通気度測定）などで具体的に数値化されており、g/m²/24h（24時間あたりの透湿度）といった単位で管理されます。

ところが、通気性が高い素材は「目が粗く」なりやすいため、水滴のような大きな分子も通りやすくなり、防水性が犠牲になる傾向が強いです。

両立させる素材開発の最新技術

代表的な高機能素材（GORE-TEX、eVent、その他）

1970年代以降、PTFE（ポリテトラフルオロエチレン）膜をラミネートしたGORE-TEXに代表される「防水透湿素材」が登場しました。
この技術は「水滴は通さず、水蒸気は通す」という革命的な概念であり、いわば「一次元的な窓の設計」とも言えます。

GORE-TEX素材のように、親水性と疎水性を持つ微多孔質メンブレンを重ねることで、分子の大きさの違いを利用してバリア機能を実現。
今日では、各アパレル・繊維メーカーから多様な独自技術（東レの「デルフィ」や、帝人の「エントラント」など）が生まれています。

後加工技術（撥水処理、コーティング技術）の進化

最新の撥水加工技術は、フッ素系からノンフッ素（環境配慮型）へと移行しています。
また、ラミネートフィルムも薄膜化され、「ゴワつきを抑えつつ十分な耐久性」を両立する設計が現実化しています。
これにより、「従来の無骨なレインコート」から「都会的でスタイリッシュなトレンチコート」まで、用途の幅を広げています。

多層構造・ハイブリッド設計の現場活用事例

さらに最近は、表地・中間層・裏地からなる三層構造が一般化しています。
中間層は極薄の膜（マイクロポーラス）を使用し、裏地には吸湿拡散性能を持つトリコットやメッシュを採用。
各層の特性を最適に組み合わせることで、従来は両立困難だった性能を高いレベルで実現しています。

現場では「インターライナー発泡」、「超音波接着」などを用いて、「縫製個所からの水漏れ」を最小限に抑えています。
このように機能とデザイン、コストのバランスを取る工夫がカギとなっています。

昭和から抜け出せない現場と変革の動き

伝統的なアナログ思考と最新技術の共存

日本の製造業、特に衣料品の現場には、いまだに「長年の勘と経験」を重視する土壌が残っています。
現場では多くのベテラン技術者が「一枚の生地をどう扱うか」「撥水剤はどのタイミングで塗るか」など、感覚的なノウハウを共有しています。

しかし、国際市場で戦うには「数値化」「品質の見える化」「データに基づく意思決定」が不可欠です。
最近では、IOTやAI技術と連動した検査装置、スマートミシンなどを活用し、「経験」と「最新技術」の融合を図る現場が増えてきています。

環境負荷とサステナビリティへの対応

フッ素系撥水剤の使用規制や循環型ビジネスモデルの導入が進みつつあります。
素材選定においては「リサイクルポリエステル」「バイオ由来繊維」などもポイントとなり、製品開発や調達・購買の難度が一段と高まっています。
バイヤーには「環境配慮」と「コスト」「パフォーマンス」の三立を求める声も高まっています。

調達・購買担当が知っておくべきポイント

スペック重視だけではない「現場目線」

スペックシートには「耐水圧20000mm」「透湿度10000g/m²/24h」といった数値が並びますが、実際の着用感や使い勝手はスペックだけでは測れません。
購買担当者は必ず「サンプル試験（着用テスト）」をセットで行い、現場ユーザーの声をフィードバックすることが大切です。

また「納期調整」「ロットの最適化」「リスクヘッジ」など、現場目線では見過ごしがちな運用面の配慮も重要です。

サプライヤーとの協働開発・パートナーシップ

大量・定型発注だけでなく、サプライヤーと購買が一体となった「共創プロジェクト」が求められています。
たとえば、「コート用途に最適な新規ラミネート設計」「次世代撥水剤の試作と評価」など、OEM/ODM体制の深化が鍵を握ります。

サプライヤーからバイヤーに対しては「新素材のデモンストレーション」「現場課題への具体提案」など、積極的なアプローチが信頼関係構築につながります。

これからのトレンチコート生産と素材技術の未来

業界動向：AI活用・デジタルツインの普及

近年、AI解析を取り入れた「最適設計」や、デジタルツインによるリアルタイム生産ライン管理など、スマートファクトリー化が進んでいます。
これによって「個別要望にも迅速に対応」「トレーサビリティを強化したサステナブル生産」が可能に。
グローバル調達ではサプライチェーンの強靭化・BCP対策も重要な論点です。