投稿日:2025年7月8日

成形トラブルを防ぐプラスチック材料特性理解と設計活用法

はじめに:現場で多発する成形トラブルとその背景

製造業の現場、とりわけプラスチック成形を担う工場では、材料選定や設計段階のちょっとしたミスが大きなトラブルに発展することが珍しくありません。

「なぜこの割れが出てしまったのか」「どうして収縮がここまでズレたのか」
こうした疑問に答えるには、単なるマニュアルどおりの対応では不十分です。
昭和から続くアナログ体質の現場では、ベテランの勘や経験値でやりくりしがちですが、グローバル競争が激化しデジタル化が進行する今、材料特性からのアプローチは避けて通れません。

本記事では、プラスチック材料の物性理解とそこから逆算した設計・調達手法を、現場視点かつ実践的に解説します。
明日から使えるヒントを多く盛り込んでいますので、製造業に携わる方はもちろん、バイヤーを目指す方、サプライヤーの皆さんにもご一読いただきたい内容です。

プラスチック材料の「常識」の再点検

「樹脂はみな同じ」では現場は動かない

多くの人が「ABSは汎用樹脂」「PBTはエンプラ」というイメージを持っています。
しかし、実際の成形現場では、同じABSでもグレードごとに流動性・機械的強度・寸法安定性などが異なります。
また、欧州や中国のサプライヤーから仕入れる場合、日本のスタンダードと異なる特性値を持つ場合もあり、想定外の成形不良を招くケースも少なくありません。

分子構造に潜むトラブルの「芽」

プラスチック原料の物性表だけを鵜呑みにして選定するのは危険です。
例えばナイロン(PA)系材料は吸水性が高いため、現場保管中の湿度管理が不十分だと、金型内でガスが発生しショート射出や外観不良が出やすくなります。
また、結晶性樹脂(POM、PBT、PAなど)は結晶化度によって収縮率が変動しやすく、設計値どおりの寸法が出ない原因になりがちです。

材料メーカーのカタログに頼りすぎない判断力の重要性

カタログデータは「標準条件下での参考値」にすぎません。
おすすめは、必ず事前に「成形テストピース」と「実機品」の両方で成形試験を実施し、寸法変化や外観、機械的強度を確認することです。
また、材料メーカーやディーラーの技術者、必要なら自社現場のベテランとも情報交換し、カタログ値の「裏」を読む力を身につけましょう。

代表的成形トラブル別:材料特性との関係性

1. ウォールシック・ヒケ

エンプラに多い問題です。
主に以下の要因が絡み合います。

– 材料の流動性(MFR値)が低い
– 肉厚が均一でない設計
– ガラス繊維や充填材による偏析

ABSやPC/ABSでは、高流動グレードを使うことでヒケやウォールシックが改善するケースも多くあります。
逆にPBTやPOMなどの結晶性樹脂では、冷却速度や金型温度で結晶化度が大きく変動し、設計段階で予測した収縮率から外れてしまう危険があります。

2. 割れ・クラック

TPX(ポリメチルペンテン)やPC(ポリカーボネート)に多発するのが応力割れです。
これは、分子構造上の剛性や耐薬品性不足が原因で、設計応力や洗浄液の残留によって徐々に亀裂が進行します。
応力割れ防止には、極端なコーナーR設計や突起を避け、PCについては衝撃グレード・高耐薬品グレードへの切替を検討するなど、事前の設計配慮が必要です。

3. ガス焼け・シルバー

主にPA、POM、PVCで目立ちます。
成形時のガスの発生は、水分だけでなく酸化劣化した材料や再生材の混入由来の場合もあります。
現場レベルでは、材料の事前乾燥・金型内の換気ラインの徹底・バイパスガス排出路の設計が大きな鍵を握ります。

4. 外観不良(フローマーク、異物混入)

ABSやPSなどの非晶性樹脂で起こりやすいです。
流動性が高すぎるとフローマークができやすく、逆に低いとウエルドラインが深刻になり外観商品には大問題です。
着色材やガラス繊維の分散不良が原因の場合は、材料撹拌や色マスターバッチの混錬工程改善を検討すると効果的です。

設計工程での材料特性活用法

1. 「余裕」のない設計を避ける

コスト要求に押され、設計値ギリギリの強度、肉厚、ゲート位置になることが増えていますが、成形現場で微調整する余地がなくなり、手戻りやNG品の増加につながります。
設計初期から、材料ごとの許容差や温度変化による寸法増減の範囲をモンテカルロシミュレーション等で見積もり、バッファーを見込むことが重要です。

2. 材料特性を活かした意匠・機能設計

難燃グレードのPA6やPMMAなどは光透過性やリフレクター性能を活かした設計ができます。
低摩擦特性を持つPOMはギア・摺動部設計に、柔軟性のあるTPEはシートやガスケットに適します。
材料特性を知ることで、「この材料ならでは」の付加価値を設計段階で生み出せます。

3. 無駄な品質コストを抑える「材料―工程最適化」

樹脂成形にありがちな“高級グレード信仰”に陥らず、求められる仕様に対し必要十分な材料・工程設計を心がけることがコスト競争力の源泉です。
例えば、インサート成形部品の接着強度を重視しすぎて超高価格なエンプラを使うより、接着面の粗度管理や前処理条件の最適化で同程度の品質を実現できる場合も多くあります。

調達・購買目線での材料選定とリスクヘッジ

価格交渉と品質保証体制のバランス

原材料高騰やサプライチェーンの混乱が常態化する中、安さだけを追求した材料選定は自殺行為です。
ISO9001やIATF16949等の認証を持つサプライヤーか、原材料トレーサビリティ、素材メーカーのグレード安定性など、多角的な評価軸で信頼性を見極めることが不可欠です。
価格面だけでなく、長期的な供給安定性や異常時の迅速な技術サポート体制を重視しましょう。

複数サプライヤー体制の意義とバイヤー戦略

単一サプライヤー依存は避け、市場価格、市場供給動向、材料ロットごとの品質監査、現場見本評価などを定期的に実施する体制作りが理想です。
ベテラン現場担当の知恵を活用し、材料テストのフィードバックループを構築できれば、有事のバックアップや災害時の事業継続計画(BCP)にも役立ちます。

海外調達の注意点

グローバル調達が加速する現在、海外メーカーとの交渉や輸送リスクにも強い現場が求められます。
具体的には
– グレード番号だけでなく現地の成分規格との照合
– ラボテスト資料の全社共有
– 出荷前トライロット成形の実施
など、現場と購買が連携する仕組み作りが大切です。

サプライヤー・現場・バイヤーが連携する「チームものづくり」

材料トラブルを未然に防ぐには、材料の知識を設計・現場・調達が分断せず持ち寄り、最新情報や現場のナレッジ(型状、成形条件の変化点、寸法シミュレーション結果など)を共有する風土が不可欠です。

各部署の壁を越え、材料特性データベースの共同運用や部品不良情報の水平展開を行うことで、突発トラブルを未然に察知しやすくなります。

まとめ:これからの製造業に求められる「材料理解力」

プラスチック成形トラブルを防ぐための最初の一歩は、材料特性への理解を入口に、設計・調達・現場それぞれの立場から対策を講じることです。

日々進化する新素材・高機能樹脂の動向をいち早くキャッチし、複雑化する国際認証や法規制にも柔軟に対応する「材料理解力」が、これからの製造業現場に不可欠となります。

伝統的なアナログ文化にこだわらず、現代的なデジタル解析や現場経験を融合することで、誰もがチームの一員となり得る「しなやかな現場力」を鍛えていきましょう。

これからバイヤーを志す方、サプライヤーとしてバイヤーのニーズや動きを把握したい方にも、現場ベースでの材料選定力の重要性をご理解いただき、自分なりの視点で一歩を踏み出していただければ嬉しく思います。

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