投稿日:2025年8月30日

量産前試作費用の負担割合が不公平になるサプライヤー側の悩み

はじめに:量産前試作費用の“割り切れない”現実

製造業のプロジェクトが新たな製品を生み出す際、避けて通れないのが「量産前試作」です。
この試作は、図面や設計上の不確定要素を現実の形に落とし込み、量産に至るまでの重要な工程です。
しかし、サプライヤー側が直面する悩みの一つに、「量産前試作費用の負担割合」があります。
取引先バイヤーとの交渉で、納得のいかない負担を求められる――長年現場で働いてきた私自身、毎回どこかしっくりこない、不公平さを感じる問題でした。

本記事では、この根深い課題に焦点をあて、なぜ不公平が常態化しているのか、その背景や現場ならではの事例、そして解決の糸口について考察していきます。

なぜ量産前試作費用の負担割合が不公平になるのか

製造業の共通認識“試作費=開発投資”の実態

多くの人は「製品になるまでのコストは、発注元(バイヤー)が責任を持ってくれる」と考えがちです。
しかし、実際は発注先のサプライヤーが試作費を一部、時には大部分を“持ち出し”するケースが少なくありません。

バイヤー視点では、「まだ最終調達確定段階ではないから」「複数サプライヤーに見積もり、評価、試作依頼をして最適な選択肢を選ぶ」という合理的判断があります。
一方、サプライヤー側からみれば、数社に同時依頼された中で最終量産に選ばれなかった場合、その労力・試作費がまるごと無駄になります。

また、試作品そのものに加え
・評価用の治具や金型代
・量産時に要求される品質保証体制構築の初期費用
・資料提出のための設計図面や実測レポート作成
など、目に見えない「開発投資」が積み重なります。

なぜ“費用持ち出し”が常態化しているのか

歴史的に日本の製造業は、バイヤー側の発言力が強いピラミッド型構造を持っています。
特に大手自動車・電機・精密機器メーカーでは、下請け・孫請け構造が色濃く残っており、「試作費くらい自社で先行投資できなくて、どうして新規の取引をとるのか?」といった圧力すら存在します。

また
・同業他社も“足並み”を揃えており業界慣例と化している
・競合他社に負けない“一歩先”のサービス精神で、先行費用負担をアピール
・試作費の分配ルールが整備されていない、あるいは曖昧に運用されている
といった要因が合わさっています。

結果として、不公平感があってもサプライヤー側は「付き合いを維持するためには我慢するしかない」となり、泣き寝入りの構図が当たり前になっています。

現場で生まれる実際の“葛藤”と失われるモチベーション

現場責任者・経営陣の本音

現場で実際に“試作案件”を受けたときの流れを再現します。

まず営業担当がバイヤー企業と「ぜひ開発案件をうちに任せてください」と商談します。
その際、バイヤーからは「申し訳ないですが、試作費は各社自社負担でお願いできませんか?」となることが多いです。

開発部門や生産管理部門では「また無償試作か…」と内心ため息をつきます。
経営層からも「今どき、それは仕方ないけど、あまりにも多すぎると会社の利益を圧迫する」と釘を刺されます。

現場の職人・技術者は、初回試作に細心の注意を払い、大量の時間と手間を使って高精度な品を仕上げますが、将来の量産受注が約束されていないことで「これ、無駄骨にならないか?」と不安が付きまといます。

持ち出し試作=“減価償却できない”コスト

量産受注できれば、“投資”が“回収”に繋がりますが、不採用となれば全額が赤字に。
しかも、このような失注が数件重なれば、年度の営業利益を確実に圧迫します。

しかも、会計処理上も
・量産に繋がってはじめて“量産開発費”として捉えられる
・採用されなかった試作費は“売上原価”に参入できず、持ち出し損失
となり、経営数字の上でも見過ごせないマイナスが発生します。

このような現実が、次第に従業員のモチベーション低下や、生産性向上にブレーキをかける要因になっていきます。

サプライヤー視点で考える本当の課題

“不公平”で終わらせないための新たなパラダイム

サプライヤーが「損して得取れ」で独自に試作コストを抱え込み続ける構造は長期的なイノベーション阻害要因です。
現場力や技術力を高めても、“持ち出し”構造のままでは、体力勝負の値下げ競争に巻き込まれてしまいます。

ラテラルシンキング(水平思考)で考えるなら、以下のような新しいアプローチが考えられます。

“試作共創型”の開発パートナーシップ

取引先バイヤーと「試作・量産に向けた共創チーム」を作り、両社が費用とリスクをシェアするスタイルです。

・初期設計段階からサプライヤー技術者も設計会議へ参加
・“仕様決定前”試作についても費用分担契約を締結
・失注時用の残余資産(治具・図面など)保有権や情報共有のルール化

これらは一部の欧州企業(自動車OEM)では定着しつつあるやり方ですが、日本の昭和型ピラミッド構造に風穴を開ける動きとして注目されています。

見積精度の高度化と“オープンブック方式”

サプライヤー自身も、これまで“どんぶり勘定”だった見積り活動を、より透明性の高いコストブレイクダウンに進化させることが重要です。

例えば
・部品一つ一つ、工程ごとの原価構成を明示
・「この試作活動は量産採用にならなければ全額ご請求」と明示する
・“オープンブック”でバイヤーに直接コスト構成を開示し交渉する

これにより、バイヤー側も“試作=タダ”という潜在意識を払拭し、適正なコスト意識を持ってもらいやすくなります。

“不採用試作の再利用”で投資回収ルートを増やす

もしも試作案件が不採用に終わっても、設計ノウハウや開発品の一部を他用途で活用する「二次利用」ルートの開拓も有効です。

・試作品や開発データを社内の既存製品開発へ横展開
・得られたノウハウを技術情報として外販(設計サービス化)する
・試作で得られた工程改良や品質管理方法を全社レベルに適用

こうした“資産化”でサンクコスト(埋没原価)を最小化し、会社全体としての競争力を高める視点も重要です。

バイヤー側の視点:なぜ「試作費はサプライヤー負担」と考えるのか

大手企業バイヤーが持つ“見えないリスク”

バイヤー企業にとっても、すべての試作や開発を自社負担にしてしまうと、膨大な開発コストが発生します。
また「全数会社負担=数十社分の試作費」を背負えば、評価できる案件数自体が減り、ひいては良いサプライヤー選びそのものが難しくなります。

「まずはサプライヤー各社に自信を持って提案してもらい、本当に良いところに量産発注したい」
この発想が、“試作費各社負担”の理由となっています。

また、「全額負担すれば技術も情報も流出しない」というバイヤーとしての管理意識や、「選定されればその後は大きなビジネスチャンス」という“インセンティブ設計”も背景にあります。

バイヤーの“建前”と“本音”のギャップ

建前としては「多くの会社に公平な競争機会を与えたい」という正論ですが、本音としては
・“サプライヤー間競争”で常にコストダウン圧力をかけたい
・なるべく初期費用リスクをサプライヤー側に持たせ、コストブレイクを防ぎたい
・もしも途中で計画変更や開発中断があっても、バイヤーの責任を回避したい

といった都合が絡んでいるのです。

このギャップが現場の“不満”や“不公平感”に繋がります。

これからの時代に求められる“ウィンウィン”な関係構築

業界“昭和慣習”脱却のチャンス

少子高齢化、技術者不足、グローバル競争の激化といった社会変化の中で、サプライヤー・バイヤー両者の関係も変わり始めています。

・信頼できるパートナーを“選抜”し長期的な協力体制をつくる
・量産前提の“リスクシェア契約”方式を導入する
・現場~バイヤー間での“オープンな対話”を推進する

といった動きは、今後ますます不可欠になります。

「脱・イエスマン」時代のキャリアを築くには

サプライヤー側担当者、あるいはバイヤーを目指す方は、
・現場目線で“本当に納得できるコスト構造”を組み立てる力
・バイヤーと「対等」に交渉し、費用分担ルールを明文化できる交渉力
・“使われる試作費”と“埋もれる試作費”を最適化するマネジメント視点

を身につける必要があります。

口では「取引先に対等に向き合う」と言いながら、現場の細かい費用分解や、リソース投下量の可視化が不十分だったり、損するリスクに鈍感だったりしませんか?
昭和の“根性論”では、グローバル競争時代・業界再編時代のサプライヤー生存戦略に限界が来ているのです。

まとめ:本当のパートナーシップを目指して

量産前試作費用の負担割合がサプライヤーにとって不公平になりやすい実態には、日本製造業固有の慣習や、バイヤーのコスト意識・サプライヤーの自衛力不足が根深く影響しています。

しかし、これからの時代は「誰が一方的に泣き寝入りするか」ではなく、
・費用とリスク、知見や利益を“分かち合う”
・透明性と交渉力をもとに“納得できる関係”を築く
・不採用時でも“ムダを価値化・資産化”する

というラテラルな思考が必要とされます。

製造業で働く皆様、バイヤーの仕事を目指す皆様、サプライヤーからの視点でバイヤー心理を深く知りたい方々へ。
ぜひ「量産前試作費が不公平になる構造」の背景と、その打開策を自社・現場で深く考え、次の時代の製造業を一緒に切り拓いていきましょう。

You cannot copy content of this page