投稿日:2025年9月1日

契約条項の不備により保証範囲が無限に拡大するリスク問題

はじめに:契約条項が業績と信用を左右する理由

ものづくりの現場では日々様々なリスクが生じていますが、最も目に見えにくく深刻なのが「契約条項」におけるリスクです。
特に、調達購買やバイヤーとしてサプライヤーと取引契約を結ぶ際、契約条項に不備があると、企業は想定外の保証や損害賠償を背負い込みかねません。
昭和時代から続く“口約束・慣習主義”が色濃く残る製造業界では、実は今も“書面不備”や“曖昧な取り決め”が当たり前のように蔓延っています。
本記事では、契約条項の不備が引き起こす保証範囲無限拡大というリスクについて、現場経験に基づいて解説します。
バイヤーを目指す方、サプライヤーの立場からバイヤー心理を知りたい方にも役立つ実践的な内容です。

契約条項の不備がもたらす保証範囲無限拡大リスクとは

“線引き”がなされていないことで生じるリスク

契約実務が形式的・惰性的になると、“万一不良が発生した場合の保証”などの文言が曖昧なまま盛り込まれたり、逆に条項自体が抜け落ちることがあります。
例えば、こうした不十分な条項では、製品が納入先でどのように使われ、どこまでが自社の責任範囲になるか明確に定義されていないことが多いです。
この“線引き”が曖昧だと、取引先で発生した不具合がすべて自社の責任になり、場合によってはエンドユーザーが受けた損害まで負担する事態に発展します。

下請法と契約責任拡大の現実

特に下請取引が多い日本の産業構造では、大手企業と中小サプライヤーの間で力関係がアンバランスになりやすい傾向にあります。
大企業に有利な契約書ひな型が一方的に提示され、そのまま署名押印してしまうケースも少なくありません。
特に保証責任条項や損害賠償責任の項に“予見しえない損害”や“波及的損害”まで加えられていると、中小サプライヤーはリスクを無限に引き受ける危険性が生じます。
また、下請法の規定による保護が働く一方で、現場では“実質強制”の圧力によって、契約内容が不利なまま押し切られる場面も根強く残っています。

現場で実際に発生しがちな契約条項不備のパターン

1.検査・受領の定義が不明確

「納入品の受領=検査合格」としてしまい、出荷後も“隠れた瑕疵”があれば、納入後の長期にわたり保証責任を負う契約例は非常に多いです。
定義が曖昧で「いつ、誰が、どの基準で検査・合否判定したのか」明記しない場合、サプライヤーは“永遠に責任を負う”リスクを背負います。

2.保証対象期間/範囲の曖昧さ

「納入後〇年以内の初期不良は無償保証」など、期間・対象部品や部位・使用状況など、具体的条件が条文化されていないと責任範囲が無限定となります。
後工程(組立・取り付け)や、顧客の不適切な使用による故障でも「全てサプライヤー負担」にされる恐れがあります。

3.損害賠償責任の明文化不足

「本製品の不具合によって当社又は第三者が被った一切の損害を賠償すること」等と広く規定されていると、直接的な修理費用だけでなく、その後の営業損失、信頼失墜による売上減、リコール対応費用など、青天井の損害賠償金額を請求されるリスクが現実味を帯びてきます。

なぜ“契約条項の見直し”は進まないのか

アナログ業界に根付く“慣習への依存”

「今まで大丈夫だったから」「うちは誠実な取引を守っている」「もし揉めたら“話し合い”で解決できる」という姿勢が根底にあり、何十年も同じひな型を使い回すケースが散見されます。
これが最悪の場合、重大な事故や訴訟リスクが発生した際、「こんなつもりじゃなかったのに…」と企業の存続を揺るがす危機を招きます。

IT化や法務人材不足の壁

近年、法務部の人材不足や契約管理のIT化が追いついていない中小企業では、契約リスクを見落としがちです。
また、現場の生産管理・調達部門が本業に追われて契約書チェックにまで手が回らない状況も要因となっています。

無限責任リスクを防ぐための現場発・実践的対策

1.自社ひな型・契約要件の明文化

業種・製品ごとにリスクパターンを洗い出し、自社独自の契約書ひな型や標準条項を作成しましょう。
特に、保証範囲・責任範囲については「〇〇まで」と明確に限定した文言が必須です。例えば、
「納入後1年以内の、当社検査基準に合致しない初期不良部品のみ無償交換対応とする」
「第三者に生じた損害については、当社の重過失による場合を除き責任を負わない」
など、書面で具体的に示す必要があります。

2.案件ごとのリスクアセスメントの徹底

新規取引や特別なカスタム案件では、必ず法務部門・現場技術者による想定リスクの洗い出しを行います。
納入先の使用実態・部品の安全クリティカル性・取引先の業態(最終製品でのクレーム連鎖リスクなど)を複合的に診断しましょう。

3.調達・バイヤー担当による現場ヒアリングの習慣化

契約書の条項や保証範囲は、法務部門や経営判断だけで決められるものではありません。
製造・品質・物流など、実際に納入から不具合発生時の対応まで関わる部門の声を必ず反映しましょう。
バイヤーや調達担当が“現場目線”で運用可能な条項を設計することで、現実的かつ経営体力に見合ったリスク管理につながります。

4.交渉力強化と“飲まない勇気”の重要性

契約交渉では「相手が大手だから」「値段で選ばれるから」と内容をうやむやにすると、後年大きな痛手を受けかねません。
要求が過大な場合は、その理由を論理的に説明して、適切な線引きと相互納得の上で契約締結すること。
万一、交渉が平行線をたどった場合は「リスクが高すぎるため契約不可」とする勇気も、中長期的な企業存続リスクを考えれば必要です。

サプライヤー・バイヤー双方の立場からリスクを可視化する

現場での“黙示了解”の危うさ

製造業界では「慣習的にやってきた」=「契約内容も追認している」という空気が根強いですが、昨今の社会環境(コンプライアンス重視・消費者保護拡大)の中では通用しなくなってきています。
曖昧な部分は必ず双方で可視化し、誤解のない内容へ調整することがリスク回避のカギです。

サプライヤー視点での防衛策

自社に不利な契約条項をそのまま受け入れないためには、リスク説明やカウンター案の提示が必須です。
特に、保証範囲や損害賠償責任については、「一般的な業界慣行」や「実務上カバー可能な範囲」を根拠を持って交渉することが求められます。

バイヤー視点での責任分担

顧客対応力や品質責任を最大限確保するために“サプライヤーのリスクテイク”を強調しがちですが、不測の事態でサプライヤーが撤退・倒産するリスクも視野に入れて、「共生型」のパートナーシップを構築するべきです。
現場の付き合いが長くても、書面での取り決めが“両社納得の根拠”になるよう、透明なルール作りが重要です。

まとめ:契約書リスクを「現場力」と「知恵」で乗り越える

製造業界の取引慣行における“契約条項不備”は、いまだに多くの企業で「気づかぬうちにリスク無限拡大」を引き起こしています。
しかし、現場の知恵を生かし、法務部門と協働しながらリスクの“見える化”と“限定化”を進めることで、保証範囲の無限拡大という悪夢を未然に防ぐことは可能です。
これから製造業のバイヤーを目指す方、サプライヤーとして下請リスク軽減を模索する方は、ぜひもう一度自社の契約条項を見直し、現場目線で攻めのリスクマネジメントを実践しましょう。
「あのとき見直しておけば良かった」と後悔しないために、今日から一歩踏み出すこと。
これが、持続可能なものづくり企業への成長を支える“現場力”の真価です。

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