投稿日:2025年10月6日

現場の暗黙の了解が新人にとってハラスメントになる場面

はじめに:現場の暗黙の了解とは何か

製造業の現場には、長い歴史の中で培われてきた「暗黙の了解」が数多く存在します。
これは、文書やマニュアルには明文化されていないルールや慣習、いわゆる「現場の常識」です。
たとえば、作業前後の声掛け、手順書には載っていない段取り、誰がどの工具をいつ使うかといった取り決めなどが該当します。
これらの暗黙の了解は、現場の効率を高め、チームワークを円滑にするという利点もあります。

しかし、時代の流れとともに価値観が多様化し、新人や若手社員にとっては理解しづらいどころか、時に「パワハラ」「モラハラ」と受け取られてしまう場面も増えています。
昭和のアナログなやり方が色濃く残る業界で、どうすればそのギャップを解消し、誰もが働きやすい職場に変えていけるのか――。
この記事では、筆者が20年以上現場で経験した事例を交えつつ、現場目線で課題と解決策を探ります。

暗黙の了解がハラスメントになる瞬間

「見て覚えろ」という教育が招く摩擦

製造現場では今なお、「言わなくても分かるだろう」「見て覚えろ」という指導スタイルが根強く残っています。
昭和時代から続くこうした文化のもとでは、うまくできなかった新人に対して「なぜできないのか」と強い口調で叱責する場面が多々見られます。
これが行き過ぎると、新人は「自分が悪いのか」「ここにいてはいけないのでは」と精神的に追い込まれてしまいます。
実際、近年のハラスメント相談窓口への通報の多くが、この「言葉で教えず圧をかける指導」に関するものです。

現場独自のルールがもたらす排除感

たとえば「この作業台は○○さんのもの」「この時間帯は誰それが作業を優先する」など、理由も明示されないまま遵守が求められる“棚番”や“工具使用順”。
指示を十分に受けていない新人が知らずにそれを破ると、突然周囲が険悪な空気になります。
本人からすれば「聞いていない」「教わってもいない」のに排除されてしまう、これはまさに組織の一員として受け入れられていないと感じる瞬間です。

精神面の押し付け:根性論の名残

「現場は厳しいもの」「辛くても我慢してなんぼ」という根性論も、暗黙の了解の一つです。
ベテラン層からはしばしば「昔はこんな忙しい中でも誰も文句言わなかった」「愚痴る暇があれば手を動かせ」といった“武勇伝”が語られます。
これを聞いた新人の中には、本心を隠して無理をし続け、メンタル不調に陥る者も少なくありません。

現場の暗黙の了解が生まれる背景

こうした現場文化のルーツはどこにあるのでしょうか。
その答えは、効率優先・長時間労働・年功序列といった製造業特有の文化的背景にあります。

短期間で高い成果を求められるプレッシャー

納期厳守・QCD(品質・コスト・納期)が至上命題の現場では、限られた時間で成果を出すことが最優先です。
そのため、先輩や上司は「口で説明している暇があったら手を動かせ」という意識を持ちがちです。
結果として、「自分もそうやってきたのだから、お前も我慢して覚えろ」という指導になってしまうのです。

口伝と経験則による伝承の連鎖

現場でのノウハウは、往々にして“口伝”で伝えられてきました。
職人技やコツといった形で、人から人へと経験則が受け継がれる中で、マニュアル化しづらい部分が増えていきます。
一方で、世代交代が進み人材流動性も高まる今日では、このやり方がむしろハードルを高めています。

IT化・多様化への適応の遅れ

グローバル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる中でも、国内中小工場の多くは依然として紙台帳や口頭伝達が主流です。
手間を惜しみ、見える化や標準化を先送りにしてきた結果、誰もが納得する教育体制が整わないまま「今さら変えられない」状況となっています。

新人が感じるハラスメント具体例

ここでは、実際に筆者や同僚が現場で目撃・体験した「暗黙の了解がハラスメントにつながったケース」をいくつか紹介します。

ケース1:朝の挨拶がなければ無視される

ある工場では「全員が朝イチで工場長に挨拶する」というローカルルールが根付いていました。
新入社員が知らずに数日間無言で作業場に入っていたところ、徐々に上司や同僚から挨拶すら返されなくなり、理由も教えられませんでした。
後から知って再発防止に努めたものの、一時的に孤立感を味わったそうです。

ケース2:手順書を改正するにも承認が必要

部署によっては、経験豊富なベテランのやり方が「この人の方法でやるのが暗黙のルール」となっている場合があります。
ある若手が工程改善のアイデアを提案した際に、「そんなの新人が決めることじゃない」「昔からそうやってるから」と一蹴され、意見が封じられたという例もあります。

ケース3:工具の配置がカオス

「この工具は奥の引き出しに」「左端だけはエリアリーダー専用」など、マニュアル化されていない配置ルールが一人歩きし、新人は探すだけで時間を浪費。
その結果「段取りが遅い」「使えないやつ」とレッテルを貼られてしまい、委縮してしまうことがありました。

昭和が根付いた現場と令和の価値観のギャップ

今の若手世代は、「対話による納得」「合理的根拠の説明」「メンタルケアの重視」を強く求めています。
一方で経験豊富なベテラン層は、自分たちのやり方に誇りと実績があり、「新人の方が変化を受け入れるべきだ」と考えがちです。
このギャップが、新人にとってのストレス源・ハラスメント源となっています。

製造業界全体では、DX化や多様な価値観を受け入れる組織文化への転換が急務です。
しかし、現場の肌感覚としては「変化には抵抗がつきもの」「結局最後は人間関係がすべて解決してくれるはず」という根強い昭和的思考が潜んでいます。

暗黙の了解によるハラスメント防止への現場的アプローチ

1. 「暗黙」を「明文化」する取り組み

まずは現場で根付いているルールや慣習を棚卸しし、「なぜそうなっているか」を一つひとつ共有し直すことが大切です。
紙ベースでのチェックリスト化や、チーム全員参加型の意見交換会を通して、気軽に「うちの暗黙ルールってこれだよね」と話し合える雰囲気づくりを心がけましょう。
「暗黙の了解」を見える化することで、うっかりルール違反から生まれる摩擦や、無意識のハラスメントを大幅に減らすことができます。

2. 職場内メンター・対話の仕掛けづくり

現場経験者をメンター役に据え、日々の疑問や不安を共有できる相談体制を構築します。
「これは自分のわがままかもしれない」「聞いたら怒られるかも」という不安を取り除くことで、新人側も自信を持って発言できる環境を作ります。
また、ベテランに対しても「自分のやり方を一度説明してみる」「なぜそうなっているかを言語化する」習慣が新しい気付きを生み出します。

3. 改善提案・意見表明のルートを設ける

「新人の意見は反発を招く」という雰囲気が強い職場では、提案箱や定例MTGでの“意見出しタイム”を積極的に設けます。
匿名でも構わない意見収集や、改善提案へのポジティブ評価制度など、より発言しやすい土壌作りが大切です。

4. ハラスメント相談窓口の周知徹底

いざという時に第三者が介入できる環境を整えることも、現代の職場には欠かせません。
相談のハードルを下げ、問題が深刻化する前に解決するための教育や研修実施も有効です。

まとめ:アナログの良さを活かしつつアップデートを

製造業の強みは、「現場が一丸となって困難を乗り越える粘り強さ」「先輩から後輩へ知恵やノウハウを伝え続けてきた連帯感」にあります。
しかし、暗黙の了解や慣習が“無意識のハラスメント”を生み出しては、せっかくの組織力や多様な人材が最大限に活かされません。

今こそ、「見て覚えろ」「口伝えが当たり前」という時代の終焉を認め、納得と合理性をもって説明しあえる現場文化への変革が求められています。
「今までのやり方」に固執せず、多様な声を受け入れ“暗黙”を取り払った明るい職場づくりこそ、製造業が次のステージへと進化する鍵となるでしょう。

現場目線で実践を積み重ねてきた皆さん自身が、その変化の推進者になれると信じています。

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