投稿日:2025年12月7日

調達品のトレーサビリティ確保が難しく品質保証が不安定になる現場

はじめに:昭和の調達文化から令和のトレーサビリティへ

日本の製造業は長らく「現場主義」や「職人技」という価値観のもと、信頼や経験に裏打ちされた調達・品質管理を行ってきました。
しかし、グローバル化や法規制の強化、不正事件の多発などを背景に、近年は調達品のトレーサビリティ確保が強く求められる時代となっています。
一方で、いまだに「仕入れ伝票」と「職人の記憶」に頼るアナログな工場や、古くからの取引慣行が根強いサプライチェーン現場も少なくありません。
本記事では、調達品のトレーサビリティ(追跡可能性)確保がなぜ難しいのか、その難しさが品質保証の不安定さにつながる現場のリアル、そして令和に求められる新たな現場変革のヒントを、長年の現場視点から掘り下げていきます。

調達品トレーサビリティがなぜ重要か

“品質”の源はサプライチェーンにある

部品や材料の不適合によるリコールや市場クレームは、製品ブランドだけでなく、企業の信頼そのものを揺るがします。
ISO 9001やIATF 16949といった品質管理規格、各種の法規制でも「部品や原材料の履歴管理」「不適合発生時の遡及性」が求められる理由は、品質保証の根幹が“ものづくりチェーン全体”にあるからです。

現代の製造業は複雑化し、一つの製品をつくるために地域をまたぐ数十、数百のサプライヤーが関与しています。
もしも現場に届いた一つの部品に不具合が生じた場合、「この部品はどこで、いつ、どのロットで、どのように作られ、どのような経路でここに届いたものか」を迅速かつ正確に遡れなければ、原因特定も膨大な調査コストや事業リスクにつながります。

なぜ今、調達品トレーサビリティなのか

グローバル化により、海外サプライヤーの比率が増え、多層的な調達網となりました。
一方で、環境規制やコンプライアンス重視のムーブメントも高まっています。
実際、自動車や電機など日本の大手メーカーでも、下請け・孫請け・海外仕入先の不正(データ改ざん、規格違反製品の混入など)が立て続けに社会問題となりました。

こうした中で、リスク管理やリコール時の速やかな市場対応、エンドユーザーへの説明責任を果たす上でも、調達品のトレーサビリティは避けて通れないテーマとなってきているのです。

トレーサビリティ確保を難しくしている現場の壁

今なお強い“紙文化”、旧態依然の取引慣行

「伝票は紙ベース」「納品書や検収票が現場に山積みされている」「必要なのは“記憶”と“勘”」。
こうしたアナログ管理が根強く残る現場は全国に数えきれないほど存在します。
特に中小のサプライヤーや老舗工場では、デジタルシステムの導入コストやリテラシーの問題だけでなく「昔からこれでやってきたから」という心理的・文化的な障壁が非常に大きいのです。

また、「毎回決まった仕入先から仕入れ、ベテラン担当者が管理すればトレーサビリティなど不要」という“暗黙の常識”も、現場改革を鈍化させてきました。

多階層サプライチェーンの“情報の断絶”

現代の製品は、1次・2次…と多層構造のサプライチェーンを持ちます。
しかし、「部品AのSupplier Aが、原料Bをどこから仕入れているか」など、2次層以降の情報は見えにくく、管理もバラバラです。
末端サプライヤーでトレーサビリティの認識やシステム導入が追いついていない現実も、調達品の源流管理を不透明にしています。

ISO・法規制対応“するフリ”の温床

品質トレーサビリティの確認を監査や取引先の要求で書面上“形式化”し、「とりあえず帳票だけ揃えておく」という“するフリ文化”も深刻です。
実際の管理実態と帳票上の記録が一致しない問題が見逃され、いざ不具合やトラブルが起きた時に「調査に何日もかかる」「根本原因が特定できない」「誤ったロットまで対象リコールする羽目に…」という痛い目を見た現場も多いはずです。

品質保証が不安定になるメカニズム

「どこから来たのか不明」はリスクの連鎖

調達品のトレーサビリティ情報が管理できていない現場では、仮に市場で製品トラブルが発生しても、「それはどこの仕入先が作った原材料か」「同じ不具合が混入しているロットは他にどれだけあるか」といった肝心の事実確認が困難になります。

結果、影響範囲を限定できずに全在庫や全ロットを回収対象とするなど、莫大な損失、顧客からの信頼失墜を招いてしまいます。
加えて、正確な原因不明のまま再発防止策だけ“形式的”に打つことになり、本質的な品質保証の改善につながりません。

「あの人だけがわかる」は最大のリスク

よく現場でありがちなのが「ベテラン社員しかわからない」「あの人しか帳票を探せない」現象です。
人に依存した属人的な管理は、人の異動や退職、記憶違いによってトレーサビリティ鎖を簡単に断ち切ってしまいます。
対策が後手になり、再発・拡大を許す温床となってしまうのです。

現場実態に即したトレーサビリティ構築のヒント

“現場感覚”の可視化から始める

いきなり最先端のシステムを導入するよりも、まずは現場のどの工程・どの帳票で“情報伝達”が滞っているか、どこまでを正確に管理できているか、現状を“見える化”するところから始めましょう。

たとえば、
・「納品された部品がどの製品に使われたか」を、ナンバリング・バーコード管理で紐付ける
・帳票を紙からExcel等のデータベースに段階的に移行
・トラブルが発生したときの“情報追跡シミュレーション”を定期的に行う

といった“小さなデジタル化”を積み重ねていくことが大切です。

「三現主義」とITの橋渡しを現場に

トレーサビリティの本質は“現場・現物・現実”にこだわる「三現主義のデジタル化」とも言えます。
クラウド型の調達管理システムや電子タグ、EDI、RFIDなどの最新テクノロジーも、現場の運用と融合してこそ初めて活きてきます。
「現場で使える」「誰でもわかる」「手間が減る」といった“納得感”が広がれば、アナログな現場でもトレーサビリティ改革は現実のものとなります。

サプライヤー全体を巻き込む共創姿勢

特に多重下請け構造の製造業現場では、「協力会社内の仕組み整備」もカギを握ります。
調達先の取引指導の一環として、定期的なトレーサビリティ勉強会や、現場点検、情報連携のルール改定を提案し“チェーン全体で一体管理”する意識を持つことが重要です。

バイヤー・サプライヤーから見る調達トレーサビリティの核心

バイヤー視点:品質とコストの“せめぎあい”をどう乗り越えるか

「品質保証に必要だから!」と膨大な情報や証明書を仕入先に要求すれば、サプライヤーの負担が増え、コスト高・納期遅延を招きます。
「あれもこれも」の要求よりも、本当に重要なポイントに絞った「必須情報の明示」や「無駄のないやりとり設計」がバイヤーのプロフェッショナリズムです。

それと同時に、サプライヤー任せにせず、自社の現場としても情報の“受け皿(データベース・共有ポータル等)”を持つことが肝要です。

サプライヤー視点:バイヤーの“本音”を読む

サプライヤーから見ると「高くて面倒なシステム・書類ばかり要求される」と感じる場面も少なくありません。
しかしその背景には、「顧客市場での万が一の事故を最小化したい」「法規制に則した証明義務を果たしたい」というバイヤーの“責任”があります。

いわゆる「“見える化”対応力」は、取引継続や新規案件獲得のための競争力であり、逆に“対応できない工場”ほど、今後ますます淘汰が進む時代です。

また、バイヤー側と率直な対話を重ね「うちの現場でできる範囲」「それ以上求める場合は追加コストや納期が発生する」という現実を伝え、Win-Win関係を共に築いていく姿勢が、今後ますます重要となるでしょう。

まとめ・未来展望

調達品のトレーサビリティ確保は、単なるシステム導入や書類対応ではありません。
“現場を見る・知る・つなぐ”、そして“サプライチェーン全体で共に考え、学び、一歩ずつ進める”胆力と柔軟性が不可欠です。

昭和からのアナログ現場でも、「自分たちの手触り感・納得感」を土台に、令和時代の品質保証改革=トレーサビリティ強化の第一歩を踏み出しましょう。

今後、AIやIoT、ブロックチェーンなどの新技術がますます進化し、サプライチェーンの透明性は更に高まります。
しかし「本当に顧客に安心安全を届ける」という普遍の現場魂こそが、どんな時代でも”揺るがぬ強み”となるのです。

調達・バイヤー・サプライヤーそれぞれの立場でも、今日から“変えられる小さなアクション”を始めてみませんか。
現場から現場へ、安心と信頼の輪を広げていきましょう。

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