投稿日:2025年7月11日

人間中心設計で実現する使いやすさ評価と製品開発の進め方

はじめに:人間中心設計が製造業にもたらす変革

製造業界は、長らくモノづくりを主体に発展してきました。

カイゼン活動や効率化、生産性向上といった取り組みが列島各地で行われ、日本の製造現場は生まれ変わってきましたが、昨今は「使いやすさ」や「ユーザー視点」の重要性が一層高まっています。

このキーワードこそが「人間中心設計(Human-Centered Design、以下HCD)」です。

HCDとは、製品やシステムを使う人の立場に立ち、そのニーズや特性、行動を深く理解することで、真に使いやすく、価値のある製品・サービスを生み出す設計思想です。

この記事では、調達購買や生産管理、品質管理、自動化の現場経験をもとに、昭和的なアナログ手法から一歩進化した人間中心設計の実践法、使いやすさ評価の方法、製品開発の進め方について解説します。

現場で働く皆さんやバイヤー、サプライヤーの皆さんにも役立つ「現実的なHCD活用術」をお伝えします。

人間中心設計(HCD)の本質と日本製造業が抱える課題

なぜ「使いやすさ」重視の設計が必要なのか

かつての製造現場は「品質は作り込んで当たり前」「スペック追求で海外製品に勝つ」といった思想が根付いていました。

しかし、現代の市場やユーザーはただ高品質・高機能を求めているだけではありません。

次のような課題に直面しているからです。

・複雑化する生産設備:一人のお客様でも、オペレーターや保全担当、管理者など“複数のユーザー”が存在する
・製造現場の人手不足や多様化:熟練工の少数化、外国人や若年層の増加で属人的ノウハウが活かしにくい
・IT/IoT化による混乱:新システム・ツール導入が増えたが、現場では「使い方が難しい」「かえって混乱した」などの声も多い

このような状況では「使う人視点=人間中心設計」を取り入れないと、本当の意味での価値ある製品は生み出せません。

昭和的な「設計ありき」が生んだ弊害と限界

製造業は論理性や効率を重視する気風があります。

設計者やエンジニアが自ら「良いと思うもの」「現場で問題ないと思うもの」を定義する。

そのボトムアップの精神は強みですが、ともすると「お客様や現場の真の声」を掬い上げにくいという側面もあります。

実際、以下のような問題が現場でよく起きます。

・導入した設備が使いにくく、現場がストレスを抱えている
・紙運用からツール化したが、入力項目が煩雑になり現場が困惑
・マニュアルが難解すぎて、現場で定着しない

これらは「本来解決したかったこと」と「実際に現場が望んでいること」が乖離していることが原因です。

このミスマッチを埋め、人・現場・プロダクト・設計を一体化する取り組みこそがHCDとなります。

人間中心設計の実践ステップ

1. ユーザー把握(現場観察と対話)

人間中心設計の出発点は「ユーザーを知る」ことです。

ここでいうユーザーとは顧客だけでなく、モノを受け取る現場スタッフや工程担当、バイヤー、調達担当、協力会社・サプライヤーも含みます。

現場観察やヒアリングは、属人的なバイアスを排除し一次情報を得るために不可欠です。

・現場での作業フローを観察し、「どこで迷っているのか」「どこにストレスがあるのか」をチェック
・インタビュー調査で「何が一番苦痛だったか」「もっとこうなら良い、を自由に語らせる」
・ときにバイヤーの視点で「この仕様では検収が煩雑」「運用リスクが高い」などの声も収集

こうした「現場の声」の収集が、設計初期段階での根拠になります。

2. 真の課題設定と仮説構築

現場観察や対話から“あたりまえ”に思っている作業や手順の中に、「本質的な課題」が潜んでいる場合がほとんどです。

例えば次のようなケースがあります。

・マニュアルが形骸化し、誰も手順通りにやっていない=本質は業務プロセス自体に課題
・システムにログインできない、ID/PW入力が多すぎる=本質はIT化難度より現場実装負担

現場起点で課題の真因を特定し、「この部分が変われば全体が楽になる」部分に仮説を置きます。

これがHCDにおける「ユーザー中心の視点」による課題設定の真髄です。

3. プロトタイピングとフィードバックループ

課題が明確になったら、解決策となるアイディアや改善案を小さく素早く形にする。

これがプロトタイピング(試作)です。

HCDでは「最初から完璧を目指し全てを作り込む」のではなく、「まずは触れるもの・見えるものを作って現場の反応を検証する」ことが重要です。

・設計段階ではペーパーモックや画面イメージなどラフな骨子案でOK
・現場担当に触ってもらい、「ここは良い」「ここは不便」といった声をもとに随時修正

このフィードバック・ループを短サイクルで回すことが、使いやすい製品や仕組みを生み出す王道となります。

使いやすさ評価:実践的メソッドと評価指標

アンケート調査・ユーザビリティテストの活用

開発したプロトタイプや新システム、現場改善案は「使いやすさ(ユーザビリティ)」の観点で評価を行います。

代表的な手法は以下の通りです。

・アンケートによる定量評価:「分かりやすさ」「作業時間」「ストレス度」などを5段階で評価
・ユーザビリティテスト:実際に現場の担当者に一定時間使ってもらい、動作・反応を観察

特に現場のスタッフやバイヤー、サプライヤーにとっては「入力項目の数」「検索性」「作業導線の迷いづらさ」などが評価ポイントとなりやすいです。

現場モニタリングと継続改善

評価は1回限りで終わるものではなく、実際の運用開始後も「使い勝手」「定着度」「現場トラブルの有無」などを定期的に観察・ヒアリングします。

例えば、

・月次で現場責任者やバイヤーに簡易アンケート
・サプライヤーからのクレームや納品トラブル記録の収集
・現場要望(改善依頼)のフィードバック受付窓口設置

こうした仕組みを織り交ぜながら、現場と使いやすさを磨き込むことが、アナログな現場でもHCDを根付かせるコツです。

製造業で人間中心設計を推進するポイント

トップダウン×ボトムアップのバランス

HCD推進においては、経営層から現場リーダーまで「なぜ使いやすさが重要なのか」を共通認識にすることが大切です。

・「使いやすさ/現場目線」での目標設定
・現場からのボトムアップ提案を受け入れる制度や文化醸成
・トップダウンで横断的なタスクフォースや部門横断チーム設立

この両輪が回ることで、現場主導のHCDが持続・拡大します。

小さな「成功体験」の積み重ね

大掛かりなIT投資や大規模改革ではなく、まず「困りごと解決の一歩」を踏み出し、現場が変わる実感(=改善効果)を体験することがSTEF(Small, Tangible, Effective, Fast)の原則です。

・「新マニュアルのわかりやすさ」「オペレーターの作業時短」など小さな成功例を全社でシェア
・バイヤーやサプライヤーとも、成功事例を互いに公開しナレッジ共有

これにより、「HCDは難しい」「ウチにはムリ」という抵抗感を現場から払拭できます。

多様なメンバー参画

設計者・技術職だけではなく、調達担当、現場リーダー、品質保全、営業など多職種メンバーが「1ユーザー」として自社の製品・仕組みを体感し、意見を述べ合う。

これこそが、顧客や現場のナマの声を拾う最大の近道です。

ときには外部のバイヤーやサプライヤーの協力も仰ぎ、「外から見てこの製品はどう見えるのか?」の問いも忘れず持ちましょう。

バイヤー・サプライヤー・現場のすべてに活きるHCD視点

製造業の調達購買においては、「仕様・納期・価格」に目が行きがちですが、「使いやすさ」「現場での定着性」もまた重要な調達評価軸になります。

バイヤーがHCDの観点を持てば、

・「現場が本当に求めるモノは何か?」「この部品・仕組みにより現場はどう変わるか?」
・「サプライヤーにとってどの仕様が作りやすいか・トラブルリスクがないか?」

こうした“多面的な最適解”を追求できます。

逆にサプライヤー側も、「納入先現場の使い勝手まで想像する」ことで競争力が高まります。

「うちの部品は取り付けやすい」「現場の教育コストが低い」といった身体感覚まで設計に織り込むことで、“真のパートナーシップ”が生まれます。

まとめ:人間中心設計が製造業にもたらす新たな地平線

人間中心設計(HCD)の思想と実践は、モノづくり日本がこれからも世界と戦い、価値を生み続けるために欠かせない地平線です。

現場の声を起点とし、ユーザーの課題から設計を始め、使いやすさを可視化し評価・改善し続ける。

アナログ工程や昭和な風土が根付く現場ほど、HCDの導入は大きな価値をもたらします。

バイヤー・サプライヤー・現場リーダーすべてにとって、「人間中心設計」は単なる設計手法を越え、これからの製造現場変革の羅針盤となるでしょう。

今こそ、“本当の意味での顧客第一・現場第一”を実現するために、現場起点のHCDを一歩踏み出してみてください。

製造業に働く皆さんが新たな価値創出の担い手となることを期待しています。

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