投稿日:2025年8月15日

多段下請構造の見える化で中間マージンを削る直接取引スキーム

はじめに:製造業の多段下請構造がもたらす課題

製造業の現場で経験を積んできた方なら、「多段下請構造」というキーワードにピンとくるはずです。
日本の製造業は戦後の高度経済成長期から現在に至るまで、親会社から一次請け、二次請け、さらにその先の三次請けとピラミッド型のサプライチェーンが根付いています。
この構造が品質保証や技術伝承、雇用の安定など多くのメリットを生む一方で、「中間マージン」の増加や情報のブラックボックス化、現場の非効率など、避けて通れない弊害も抱えています。

近年の原材料高騰、人手不足、グローバル競争の激化などを背景に、従来の多段下請構造を見直し、「直接取引スキーム」による中間マージンの削減が業界全体の命題となりつつあります。
このコラムでは、製造業現場でのリアルな体験をベースに、多段下請構造の「見える化」と中間マージンを削減するための実践的なアプローチ、そしてアナログ業界ならではの抵抗との向き合い方を徹底的に掘り下げます。

多段下請構造の現実:その仕組みと弊害

下請構造の歴史的背景

製造業界では、需要の波動や製品の多様化、品質要求Levelの厳格化に対応するため、長年「多段下請構造」がベースとなってきました。
親会社は生産コストを最低限に抑えつつ、突発的な注文変動や複雑な加工工程に即応できる柔軟性獲得のため、多重下請け化を推進してきました。

この構造は、コンプライアンスや品質保証体制の強化、技術ノウハウの継承という観点では一定の合理性がありました。
日本の自動車産業や精密機器業界の「カイゼン文化」もこの構造があってこそ根付いた側面があります。

中間マージン増大とブラックボックス化

しかし時代が進み、グローバルサプライチェーンの進展やデジタル化の波が押し寄せる中で、余剰コストや非効率性が顕在化してきました。
特に問題なのは、発注側から見ると「どれだけの中間業者が存在し、それぞれどれだけのマージンが乗っているか見えなくなっている」というブラックボックス状態です。

実際、一次請けが受けた案件をさらに二次、三次に流し、それぞれの業者が必要以上の粗利益を確保しようとする。
その結果、最終的な製造現場の現場作業員には本来の対価が支払われず、価格競争力の阻害要因となるケースが多数発生しています。

なぜ直接取引できないのか?昭和的アナログ業界の壁

既得権益による「しがらみ」

サプライヤー、下請け各社には数十年、時に半世紀以上にわたり積み上げられた「人間関係」と「しがらみ」があります。
特別な仕様変更や経営危機の時に救ってもらった、といった恩義がビジネスの判断に大きく影響する文化が強く根付いています。

また、一度切った下請けルートが想定以上に困難を招き、品質問題や納期遅延で大損害を受けた過去のトラウマを抱える担当者も多いです。
特定業者に丸投げする側の精神的コストの低さが、非効率な構造温存を助長している側面も否めません。

情報インフラの遅れと見えないコスト

昭和から続く多くの企業では、紙ベースの伝票やFAXが未だ現役。
こうした現場では、取引先リストやコスト構造分析などのデータもEXCELや手書きノートで管理されており、全体像が俯瞰できません。

例えばバイヤーが「Aという部品の調達コスト構造を知りたい」となった時、多段階の仲介業者を一つずつヒアリングして回る必要があり、膨大な時間と労力がかかってしまいます。
結果として現場は「とりあえず付き合いの深い一次請けに丸投げし、部分最適する」意思決定が常態化しています。

多段下請の「見える化」と直接取引スキームの設計

部品調達の「川上化」と情報の透明化

中間マージンの削減=「直接取引」の実現の鍵は、取引構造全体の「見える化」です。
まずは間接層ごとの業務内容・役割・コスト構成をすべて洗い出し、サプライチェーン全体の流れを俯瞰できる状態を目指します。

具体的には次の施策が有効です。
– 全ての部品や加工委託先の「調達・生産・納品」履歴をデジタル化し、バイヤーがワンクリックで確認できるシステムを導入する
– 下請け業者との情報共有会や「ネームプレート制度」の導入により、直接サプライヤーリストを可視化する
– 品質不良や納期遅延の発生源を遡及して「どの工程がボトルネックか」を可視化する

これにより、間に入っている業者が存在意義を証明できるのは「明確な付加価値を生む工程」だけとなり、単なるマージン転がし業者は自然淘汰されます。

直接取引スキームの起点:バイヤー主導のサプライヤー選定プロセス

「多段下請け→直接取引」への転換には、バイヤーが主導権を持ってサプライヤーを選定できる体制が必須です。
そのためには現場での部品仕様・工程知識・品質管理指標を徹底的に「見える化」し、どの加工工程がどの協力会社の強みとなっているかを棚卸しする必要があります。

具体的なやり方としては次のようなものがあります。
– 費目別に現場コスト(材料費、加工賃、物流費、管理費など)のブレークダウンを行い、間接層ごとの粗利率を透明化
– 主要サプライヤーごとのQ(品質)C(コスト)D(納期)性能をスコアリングして比較
– 新規サプライヤー探索プラットフォーム(NC Network、イプロス、ミツモア等)を活用し、海外含む多様な協力先にアクセス
– 独自にRFI(情報提供依頼書)、RFQ(見積依頼書)のフォーマットを作成し、実地監査や技術監査も取り入れる

こうした取り組みを通して「納品の都度、サプライヤー7社をセレクトして見積もり→最もトータルバランスに優れた業者と直接取引」を実現するのです。

アナログ現場で根付かせるための処方箋

現場担当者・サプライヤーの納得感を醸成する

現場では「また本社からトンデモなコストダウン施策が降ってきた」という反発や、「目先のマージンを減らされて協力会社が離反するのでは」という不安がつきものです。

そのためには、コストダウン=現場弱体化の図式ではないこと、余計な中間業者を省けばその分サプライヤー側も利益を確保しやすくなり、現場力が上がるという「WIN-WIN」の未来を丁寧に伝えていく必要があります。
実際、間接段階が減ることで納期伝達の迅速化、不良クレーム時の対応スピード向上など、現場の負担減につながる「副次効果」も数多く報告されています。

技術伝承・品質保証の体制も並行整備

直接取引は大きなメリットがある一方で、「小さなサプライヤーが本当に安定供給できるのか」「品質保証が後退しないか」といったリスクケアも忘れてはなりません。
そのためには、直接取引を結ぶサプライヤーに対しては「技術指導」「製品安全講習」「品質監査」などをバイヤー側が能動的に支援する体制が求められます。

中小企業では意外と「技術資料の書き方」「不具合報告書のフォーマット」すら整備していないことも多いため、バイヤー主導で「現場力向上PJ」を走らせるのも効果的です。

業界トレンド:デジタル化との融合で加速する直接取引

昨今は「製造業プラットフォームモデル」が加速度的に拡大しています。
従来は属人的なネットワークに頼っていた部品調達が、オンライン上で透明なコスト情報と品質、納期、サービス対応できるサプライヤーの一覧化によって、誰でも平等に直接取引ができる時代が到来しています。

サプライチェーン全体をクラウド化し、リードタイム短縮・在庫最適化・価格競争力アップを同時に実現できる企業が、業界の新たなリーダーとなるでしょう。

まとめ:現場の知見を生かした新たな競争力づくり

多段下請構造の「見える化」と中間マージンの削減は、決してコストダウンだけを目的とした施策ではありません。
製造現場が有する「技術力」と「現場改善力」を最大化するための、攻めの一手です。

現場で汗を流す担当者、これからバイヤーを目指す人、サプライヤー側の立場で「バイヤーの本音」を知りたい人——全ての製造業プレイヤーがこうした新しい競争力作りに挑戦し、昭和的しがらみから真に強いサプライチェーンを創造すること。
そのためにも、「見える化」「直接取引」「現場力向上」の三本柱で、自社の調達力を次世代仕様へと進化させていきましょう。

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