投稿日:2025年12月9日

品質データが見える化しても“解釈が属人化”する問題

品質データが見える化しても“解釈が属人化”する問題

はじめに:デジタル化と現場のギャップ

近年、製造業ではIoTやDX化の波が押し寄せ、工場の現場でも「品質データの見える化」が当たり前になりつつあります。
生産ラインの各工程や完成品にいたるまで、さまざまな品質指標がリアルタイムで数値化され、モニターに表示される光景も日常です。
しかし、こうした可視化の取り組みが進む一方で、実は「そのデータの解釈が担当者の経験頼みで属人化している」という課題が根深く残っています。

この問題は、単にITリテラシーの問題だけでなく、製造業が昭和時代から培ってきた現場文化や、評価・意思決定のプロセスそのものがデジタル変革に完全に馴染んでいない証拠でもあります。
本記事では、こうした品質データの解釈がなぜ属人化しやすいのか、その問題の本質から、現場で本当に求められる「見える化」へのアプローチまで、現場を熟知した立場から掘り下げていきます。

なぜ“見える化”だけでは十分ではないのか

「見える」と「理解できる」は全く別物

多くの製造業の工場で、PLCやセンサーで自動収集した温度や圧力、出来高や歩留まりなどの数値がダッシュボードで一覧できるようになりました。
しかし、「グラフが増えたからといって、誰もが正しく意味を把握できる」わけではありません。
例えば、製品Aの寸法データがガントチャートで表示されていても、どこが異常値でどこが管理限界なのか、長年経験を積んだ現場リーダーには直感的に分かっても、若手や他ライン担当者には「どこを見ればいいのか」分からない、ということが頻繁に起きます。

現場の暗黙知:ベテランの感覚が生きている理由

実際の現場では、数字には表れない微妙な変動や「この数値にこのパターンが出たときは注意」といったノウハウが、ベテランたちの経験値として蓄積されています。
こうした暗黙知は、見える化ツールにはなかなか反映されません。
そのため、「何をどう読み取れば良いか」や「どの数値がアラートか」を、現場リーダーや品質管理担当者が独自の解釈で判断してしまい、その属人性が解消されないままです。

データに対する“解釈の属人化”が生む現場のリスク

属人化が生むすれ違いとミスコミュニケーション

例えば、品質に関するトラブルが発生したとき、Aラインの担当者とBラインの担当者の「異常判断の基準」が異なる、という状況によく直面します。
さらに、営業やバイヤー、サプライヤーとのやり取りにおいても、「数値の意味合い」を説明する際に担当ごとに解釈が違うため、重大なすれ違いが発生したり、追加工や手直しの指示が遅れるなどの問題が生じます。

問題再発:属人解釈による“見逃し”や“過剰反応”

特に、工程ごとに違うチームが担当する場合、データから“異常”を拾う閾値(しきいち)の決め方が人によって違います。
そのため、ベテランが休暇で不在の間は本来見逃してはいけない微妙な異常を「大丈夫」と見逃したり、逆にマニュアル通りの閾値を盲信して過剰な品質チェックや作業を増やしてしまったりします。
こうした「人によるばらつき」は、最終品質の安定化やクレームの抑止にとって大きなボトルネックとなります。

なぜ解釈の属人化は抜け出せないのか

製造業に根付く“マイスター文化”

日本の製造業が世界で競争力を持ち得たのは「技能伝承」という要素が大きいです。
機械で測れるのは入り口や結果だけで、それをどう評価し、どこを改善すべきかの“カンどころ”は熟練工の経験に依存する領域が今も強く残っています。

例えば「この工程でこの振動値が急上昇したら、軸受け交換のサイン」と分かるのは長年の観察と体験のなせる技です。
IT化・自動化が進んでも、現場の“マイスターや匠”の感覚・ノウハウは色濃く残ります。

標準化の難しさ:多様な現場・多様なモノづくり

工程も多岐にわたり、材料も日々ロットやサプライヤーが変わります。
すべてを一律なアルゴリズムやルールで解釈することは難しく、「例外対応」がつきものです。
結果、「標準」と「その場しのぎ」の間で解釈ルールが曖昧化し、どうしても属人化してしまうわけです。

“真の見える化”に向けた突破口

属人化から脱する3つのステップ

1.「どう使うか」の標準言語化
単なるデータやグラフだけでなく、「この値がいくつの時は〇〇」「この傾向が現れた時は××」といった判断基準=“現場ルール”を掘り起こし、明文化・標準化します。
熟練者のノウハウや暗黙知をヒアリングや作業日誌から形式知化し、新人も同じ判断ができるようナレッジとしてシェアします。

2.現場主導のKPI設計とアラート設計
単に“見える”だけではなく、「誰が」「どのタイミングで」「何を見るか」を明確化します。
現場からヒアリングし、「このアラートが出たとき、どうリアクションすべきか?」をKPIやプロセスフローとして具体化します。

3.教育・多能工化の推進
「データの意味」と「解釈判断プロセス」をOJTやe-Learningで共有し、誰が見ても同じように異常を検知できる体制を整えます。
ベテランと若手の混成チームによるケーススタディやロールプレイも有効です。

AI・データ分析の活用と“人”の共創

近年ではAIや機械学習を活用した異常検知システムも本格活用されています。
しかし、現場の多くは「AIが出すアラートの本質が分からず、最終的には人が判断している」状態です。
今後は、AIを「現場感覚に近づける」ため、現場が感じている“危険信号”をフィードバックして学習させていく、つまり“人×AIの共創”がポイントになってきます。

バイヤー・サプライヤーの視点:共通言語の確立が信頼と効率を生む

伝わらない品質基準と“すり合わせ地獄”

バイヤーやサプライヤーとの品質交渉現場では、「自社の見える化データ」を示しても相手に意図が伝わらない、共通理解が生まれないケースが少なくありません。
「自社では良品扱いなのになぜ指摘されるのか?」、「どの数値を重視すべきか?」といった“すり合わせ”が長引き、時間やコストが浪費されがちです。

共通解釈プロトコルの重要性

発注側・受注側ともに、品質データの解釈ルールや重要視しているKPI、アラートレベルを「共通プロトコル」としてすり合わせておくことが、ビジネスを円滑にします。
例えば「この数値ならOKだが、この挙動が出たら要連絡」など、両社の現場担当者どうしで“見える化”の再定義を図ることが、パートナーシップ強化のポイントです。

まとめ:属人化は“現場知”の証、だが変革は必須

多くの工場や現場で可視化ツールの導入が進んだ今も、品質データの「解釈」が属人化しやすいのは、昭和時代から続く“現場知の伝承”文化を背景に持つ日本のものづくりならではと言えます。
しかし、グローバル競争や人材の流動化、リモート運用の常態化といった変化の中では、こうした属人性は持続可能な強みになりません。

日々変動するラインや材料特性に臨機応変に対応しつつ、誰もが同じ判断で迅速・正確に現場対応できる「データの共通言語化」「役割明確な見える化」が製造業DXの鍵です。
そして、現場の暗黙知を現代の技術と融合させることこそ、製造業の新しい地平線を切り拓く第一歩となるでしょう。

製造業に携わるすべての方が、データに“振り回される”のではなく、“味方につけて”次世代の品質管理リーダーになれることを願っています。

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