投稿日:2025年9月24日

「見て覚えろ」が人材不足を悪化させる令和時代の現実

はじめに:なぜ「見て覚えろ」が令和の現場を苦しめるのか

製造業の現場は、いま静かに激変の時代を迎えています。

これまで日本のものづくりは「職人気質」と「現場力」を武器に、世界でも通用する高品質な製品を生み出してきました。

その裏には「見て覚えろ」「技は盗め」という育成手法が、長く当たり前のように根付いていました。

しかし少子高齢化による深刻な人材不足、生産性向上への絶え間ない要求、デジタル化(DX)技術の進展など、環境が大きく変化した現代では、その”昭和的教育”はむしろ現場の足かせになっています。

今回は、現場を知り尽くした立場から、「見て覚えろ」がなぜ人材不足をさらに悪化させるのか、令和時代の製造業がどう進化するべきかを深く掘り下げてご紹介します。

「見て覚えろ」という文化の正体

属人的な職人芸の継承方法

「見て覚えろ」は、ベテラン工程者の背中を直接見ながら自ら学び取る、日本独特の教育スタイルです。

管理資料もマニュアルも最小限。
現場で起こるあらゆる事象を、”勘”や”経験”で職人が判断し、技能・ノウハウを言語化せず暗黙知として継承してきました。

一見すると、現場主体で効率的な育成手法にも見えます。
しかし属人的で再現性に乏しく、技能の移転や標準化が困難になる問題も同時に孕んでいました。

アナログ思考から抜けきれない業界慣習

製造業界では、IT・自動化・AIの活用が叫ばれて久しいものの、中小企業や一部の現場では「やり方を変えるのは面倒」「昔からこれでやってきた」などの理由で、依然としてアナログな職場文化が根強く残っています。

製造現場は変化を嫌う傾向が強いです。
やがて「見て覚えろ」が標準となり、時代に即した人材育成へのアップデートが立ち遅れた会社ほど、深刻な人材不足や生産性低下に直面しています。

現場で起こる「見て覚えろ」の弊害

若手が定着しない

多くの新入社員や中途採用者は、現場での「見て覚えろ」「何度も失敗して学べ」というプレッシャーに大きな心理的ストレスを感じています。

誰もが初めは未経験です。
なのに必要な情報や手順が体系立てて教えられないため、不明点を質問しても「それぐらい自分で考えろ」と突き放されてしまう。

最近の若手は、ロジカルでフラットな育成を求めます。
会社の構造・流れ・WHY(なぜこのやり方なのか)が納得できなければ、力を発揮する前に早期離職してしまいます。

熟練者の一斉退職=ノウハウ消失リスク

少子高齢化により多くの現場で、「ベテランがいなくなると誰も分からない」「今は○○さんにしかできない工程がある」といった属人化が顕著になっています。

ノウハウが未体系化だと、技能伝承が破綻。
長年培った”現場芸”が一世代で消えてしまう重大リスクも無視できません。

ひとりの職人の退職=製品クオリティ・納期対応力・顧客満足の低下につながるという現実が、いま多くの工場で表面化しています。

教育コストの見えづらさ~真の非効率性~

見て覚えるには時間と場数が必要です。
しかし、工程ごとの標準作業やトラブルシューティングなどを体系化せず、”ある日突然”できるようになるまで待つ組織は、極めて非効率です。

マニュアルも標準化手順も曖昧なため、現場で都度「誰かに聞かなければ分からない」「間違って覚えるミスが多発する」といったロスが散在します。

それは生産性の毀損、歩留りの悪化、ひいては工場自体の競争力低下というかたちで現れるのです。

昭和流教育がなぜ今も残るのか?

ベテランのプライドと抵抗感

「自分たちが苦労して覚えたのだから」という無意識の思い込み。

技能やカンを体系化し、見える化することは、その存在意義や長年の経験値が脅かされると感じるベテランも少なくありません。

「標準化・マニュアル化は現場力を奪う」という誤解が、データドリブンな教育改革を阻んでいる一因でもあります。

現場繁忙による本質的な教育投資不足

慢性的な人手不足と、急ぎの納期対応――。
現場リーダーにも、じっくり向き合ってOJTを体系化したり、手順書を整備したりする”心と時間の余裕”がありません。

「うちのやり方は現場で自然に身に付くから大丈夫」と育成の質を客観視することがないまま、ベテラン依存の運営が続いているパターンが多いのです。

脱「見て覚えろ」!令和時代の現場力育成法

1. マニュアル/作業標準化の徹底

繰り返し再現したい技能には、必ず根拠と標準手順があります。

工程ごとに「どの作業を・誰が・どうやって・なぜ行うのか」を明文化し、イラストや動画で可視化します。
これにより、暗黙知を形式知に転換し、どの担当者も同じ品質でものづくりが可能になります。

ベテランの技を分解・分析する過程では新たな発見が生じ、製造過程の改善(カイゼン)やミスの予防にもつながります。

2. デジタルツールの活用と人材の再教育

現場育成には”人が人を教える温かさ”も重要ですが、ルーチンや作業標準化の部分はデジタルツールで効率化できる時代です。

たとえば工程マニュアルをタブレットやスマートグラスで即時閲覧できる仕組み。
自動記録・AIによる作業アドバイス。
業務フローをデジタル上で一元管理する工程監視システムなどが現場導入の進む分野です。

ベテランも若手も、「新しいツールは覚えればラクだ」と体験的に理解できれば、現場全体の教育負荷が大きく減ります。

3. 属人化防止と”教える力”の評価

現場力の源泉は人。
今後は「いかに属人化を防ぎ、”教える力”を評価するか」が、現場リーダーの重要なマネジメントタスクとなります。

たとえば“伝承スキル”や“教育への貢献”を評価・表彰する制度の導入。
作業の手順書を現場メンバーが自分たちで改善・更新していく「標準化活動」を、組織全体の文化として根付かせることが有効です。

業界構造の変化~サプライヤー/バイヤー視点から考える

バイヤーは「見えない現場リスク」を警戒する

バイヤーの立場から見た時、「見て覚えろ」だけで支えられている工場は、品質トラブルや納期遅延、不具合の原因究明ができない潜在的リスクをはらんでいます。

グローバルサプライチェーンが高効率・高透明性を求める今、再現性の高い標準化とデータ可視化は取引先選定でも必須要件です。

サプライヤーは現場力の証明が求められる

サプライヤーとしてバイヤーとの安定取引を継続したいなら、「うちの現場は標準化済み」「技能伝承の教育体制がある」ことを第三者に分かるかたちで提示することが重要です。

ISOやIATF等の認証取得だけでなく、自社独自の”教育モデル”や”スキルマップ”の提示は、大きなアドバンテージになります。

人材育成も”選ばれる工場”の条件のひとつ

コストや納期よりも、長期的な品質・安定供給力こそ選ばれるサプライヤーの要件です。
その基礎となるのが、人材の流動性に対応した教育と標準化体制といえるでしょう。

おわりに:新たな地平を切り拓くために

「見て覚えろ」という教育手法は、かつての日本のものづくりの発展を支えた確かな側面もあります。

しかし令和という新しい時代には、多様な価値観・働き方、デジタル化社会に即した”脱・属人化”と再現性の高い現場づくりへのパラダイムシフトが求められています。

ベテランの知恵と経験を活かしつつ、効率的な標準化・教育モデルに落とし込むこと。
それこそが、慢性的な人材不足も乗り越えられる、次世代の強いものづくり現場をつくる一歩です。

「見て覚えろ」から「みんなで高め合う現場力」へ。
是非、それぞれの現場で実践してください。

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