投稿日:2025年10月7日

溶接後の溶込み不良を改善する溶接条件最適化の具体策

はじめに:溶接後の溶込み不良はなぜ起きるのか

溶接は、現代のあらゆる製造業において欠かせない基盤技術です。
自動車、鉄道、建設機械、家電製品、さらにはプラント分野まで幅広く用いられています。
その中でも「溶込み不良」は、品質トラブルの中で最も多く、現場担当者の頭を悩ませる問題の一つです。

溶込み不良とは、母材に十分な溶け込み深さが得られず、溶接部の強度が意図どおりに出ない現象を指します。
この不良が発生すると、試験工程でNG判定となったり、場合によってはクレームや大事故につながる危険性さえあります。

では、この問題をどうやって現場レベルで改善していくのか。
本記事では、長年製造業の最前線に立ってきた現場目線で、溶接条件の最適化を図る具体策をご紹介します。

溶込み不良の背景にある業界課題

昭和時代から変わらない現場の習慣

一般的な製造現場では、経験豊富なオペレーターが「勘」や「コツ」に頼りながら溶接条件を決めているケースがいまだ多く存在します。
昭和時代から続く、この属人的なノウハウ頼みの文化は、デジタル化が進む令和の今でも根深く残っています。
「この材料なら、これくらいの電流がちょうどいい」「音を聞けば溶けているかわかる」といった定性的な判断軸が主流となりがちです。

働き方改革や熟練作業者の減少

近年は働き方改革や高齢化、若手人材の急減によって、経験と勘に頼る手法には限界が来ています。
そのため「なぜその条件で溶接するのか」「なぜ狙い通りにいかないのか」を科学的な根拠で説明・最適化することが求められるようになっています。
ベテラン→若手へのOJT型教育では追い付かない現実があるのです。

溶込み不良解決のための現場での着眼点

1. 溶接条件の再現性を確保する

現場を歩いていると「○○さんが溶接すると不良が出ないが、△△さんだとNGだった」などという声をよく耳にします。
これは溶接条件がきちんと標準化・記録化されていないこと、また設備や母材のばらつきに目が向いていないことが原因です。

まずは「溶接電流」「電圧」「速度」「極性」など主要な条件を誰が見ても分かる状況に整理しましょう。
シフトや作業担当者が変わってもしっかり再現できるプロセス条件にすることが、溶込み不良低減の第一歩です。

2. 母材の状態に目を向ける

「溶接条件は合っているのに、なぜか今日は溶け込まない」というときは、母材側の問題が隠れていることが少なくありません。
たとえば塗膜・油・錆び・異物などは表面張力に影響し、溶接プールの形成や熱の伝わり方に直接悪影響を与えます。
また、板厚・材質そのもののロット差異もバカにできません。
ロット管理や母材の前処理(脱脂・ケレン・予熱)など、溶接部位そのもののコンディションを標準化し管理することが重要です。

3. 設備メンテナンスは作業者任せにしない

古い現場では、溶接トーチや電極、接地の劣化を「作業者の感覚」に頼ることがままあります。
これでは設備状態による変動を検知できず、不良率が高止まりします。
定期的なメンテナンススケジュールの明確化、使用開始・交換時期の記録によって標準作業書に沿うようにしましょう。
点検チェックシートで「見える化」することが現場改善につながります。

溶接条件の最適化に効く具体的なアプローチ

1. 実験計画(DOE)による条件出し

最適な溶接条件を見出すためには、シンプルに「現場で試す」のが最短ルートです。
溶接条件は
・電流(A)
・電圧(V)
・溶接速度(mm/min)
・シールドガス流量
など多岐にわたりますが、一度に複数の要因を変えると原因がぼやけます。
そこで、DOE(Design of Experiments, 実験計画法)を活用し、『一つずつ条件を変えながら再現し、その度合いを検証』してみましょう。
EXCELでも簡単に表が作れるので、過去データの蓄積にも役立ちます。

2. 不良発生時の「なぜなぜ分析」徹底

溶接不良が発生した場合、「なぜ溶けなかったか」を5回程度繰り返し問い続ける『なぜなぜ分析』は極めて有効です。
たとえば
・なぜ溶込みが浅いのか?→熱量が不足→なぜ熱量が?→電流設定値低下→なぜ?→パラメータ設定ミス
という具合に、「現象→原因」を一つずつ掘り下げていくことで、作業者や条件作成者の思い込みを排除できます。
また、原因特定後は確実に『再発防止策』を現場標準書に反映しましょう。
その繰り返しがノウハウの積み重ねとなり、組織全体の底上げに繋がります。

3. IT・IoT技術を活用したデータ取得と管理

近年は、アナログな現場でもIoT技術(溶接機の通信機能やセンサー類)が普及してきました。
たとえば
・各溶接機から実際のパラメータ履歴を取得する
・溶接音やプール映像をAIで監視記録する
・結果NGとなったトレース情報を自動蓄積
といった活動で、「現状の見える化」と「標準からの逸脱防止」が一気に進みます。
こうした投資は初期負担もありますが、不良削減や教育・引き継ぎの大幅効率化に直結し、生きたデータ経営に繋がるのです。

溶込み不良低減のための組織的仕組みづくり

1. 現場品質パトロール活動の重視

現場目線で最も有効な改善活動の一つに「現場品質パトロール」があります。
これは、管理職や他部門技術者が週単位・月単位で生産現場を巡回し
・溶接作業の手順
・母材管理状態
・設備メンテ記録
などを第三者視点で点検する活動です。
見逃されがちな小さな逸脱・ばらつきをキャッチし、職場全体が「品質目線」で統一される体質を目指しましょう。

2. サプライヤー教育・連携の強化

調達担当や品質管理に携わる立場からは、溶接品を納入するサプライヤーと強固な信頼関係・情報共有体制を築くことが絶対条件です。
具体的には
・溶接技術研修の共同開催
・不適合事例の相互フィードバック
・標準化活動(標準作業書・品質管理表)の相互比較
といった共通言語化を推進しましょう。
発注者側が現場のレベルアップに積極関与することで、業界全体の「脱昭和」「デジタル化」も確実に進みます。

まとめ:溶込み不良“ゼロ”現場を目指すために

最先端の自動溶接ロボットやIoT化が進む一方で、昭和時代から続く属人性やアナログな現場習慣は未だ根強く存在します。
しかし、不良を“絶対に発生させない”ものづくりこそが、これからの激しいグローバル競争に生き残るための切り札です。

「たかが溶接、されど溶接」――。
一人ひとりが現状に疑問を持ち、現場・設備・データ・教育を一つ一つ積み上げていくことが、溶込み不良の根本対策となります。
個人任せの暗黙知から、組織ナレッジへの転換。
製造業の現場力には、まだまだ大きな可能性が眠っています。

購買担当やバイヤーを志す方には、こうした“現場発の品質改善”の目線を持つことが、優良なサプライヤー選定や新たな価値提案にも必ず役立ちます。
現場を知り、現場から学び、業界全体を進化させていきましょう。

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