投稿日:2025年9月26日

発注先を競わせるだけの取引先が失うもの

はじめに:時代遅れの調達から抜け出せない理由

製造業において、発注先(サプライヤー)を競わせて安く物を仕入れる手法は、長らく「常套手段」とされてきました。
特に昭和・平成初期の日本の製造業では、「いかに安く良いものを大量に仕入れるか」が最大の関心事であり、調達購買部門は多くのサプライヤーをリストアップし、都度見積もりや価格交渉を重ねることでコストダウンを追求してきました。

しかし、そのやり方が本当に今、最適なのでしょうか。
時代は令和、世界中でサプライチェーンの見直しが進み、品質管理基準の高度化やSDGsへの配慮、そして製造現場の自動化による柔軟な生産体制が求められる時代です。

今回は、発注先をひたすら競わせ続ける「古い調達」の落とし穴と、これからの時代に失うもの、そして変革のための実践的なヒントを、工場長経験者かつ現場主義でお伝えします。

発注先を競わせ続ける「買い手市場」の功罪

確かに得られる「短期的な安さ」

発注先を競わせることで得られる最大の成果は、やはり「価格の低下」です。
同じ仕様書を複数のサプライヤーへ配り、低価格を出した会社に発注。
いわゆる「最安値一発勝負」で、調達コストを下げる効果は即効性があります。

バイヤー視点では「自分たちの交渉力」「調達力」を誇示でき、社内評価につながりやすいのも事実です。
また、複数社への分散発注はリスクヘッジにも有効です。

本当に見えている「隠れたコスト」

一方で、現場サイドで20年以上見てきた中で、このやり方には大きすぎる「代償」があると痛感しています。

– サプライヤーのモチベーション低下
常に価格だけで判断される関係性では、「どうせ次も競争でしょ」という空気が蔓延します。
協力して技術課題を解決しよう、大きな災害やトラブルのときに踏ん張ろう、といった長期的なパートナーシップは成立しづらくなります。

– 隠れた品質・納期リスク
安値ばかりを追い求めると、工場側は工程に無理をかけたり、材料ランクをギリギリに落としたりする可能性も高まります。
現場ではチラホラ「スペックぎりぎり」「納期ギリギリ」、そして最悪の場合、ルール未満の抜け道に走る事例も見てきました。

– 取引継続への不安感・信頼低下
サプライヤーから見れば、「取引先からしかたなく仕事を回されている」状態であるため、技術ノウハウの提供や極端な作り込みは行いません。
将来的な新規提案や技術革新も、自社で温めているだけで積極的には持ってこなくなります。

サプライヤー視点:発注先が失っている「見えない資産」

1. 共に成長する“現場力”を持った仲間

製造業の原点は、現場同士の化学反応にあります。
バイヤーが商材を机上で比べるだけではなく、現場(工場や作業現場)で本当に困っている課題を共有し、サプライヤーと一緒に形にすることで、より高品質な製品、より効率的な生産体制が生まれます。

「安いから」ではなく、「一緒に良いものを作りたいから」選ばれるサプライヤーがいれば、現場力は自然に磨かれていきます。

2. 技術提案やイノベーション機会の喪失

サプライヤーは、「もっと良い材料がある」「もっと工程を圧縮できる設備がある」「設計を変えれば生産性が向上する」といった情報を数多く持っています。
しかし、価格だけで取引先を決めると、そのような「未来につながるヒント」は眠ったままです。

逆に、長く信頼関係を築いているサプライヤーであれば、自社に有利な技術提案や共同開発の相談も増え、最終的には大きな付加価値を手に入れることができます。

3. バッファ(相談・融通)の消失

製造業では、どんなに計画しても「想定外」のトラブルや急な仕様変更が発生します。
そんなとき、普段から「ただの発注先」ではなく「困ったときの助け合い」ができるサプライヤーがいるかどうかが、現場では死活問題です。
発注先との間に柔軟なパートナーシップがない場合、大量の損失や納期遅延リスクに直結します。

なぜ抜け出せない?競争至上主義に根付く昭和的風土

業界習慣が変わらない理由

なぜ、いまだに「競わせることが最善」だと考えてしまうのでしょうか。

– OLD世代管理職の交渉至上主義
長らく製造業組織を引っ張ってきた昭和・平成初期の現場世代は、「値切る」「やらせる」「替えは利く」という思考が染み付いていることが多いです。
カタログ商材など、差別化しにくい分野ほどこの傾向が強く現れます。

– 短期成果主義の弊害
多くの企業が「今期のコスト目標」「前年度比マイナス〇%」のKPI設定を重視しているため、短期的な数字だけで評価される仕組みにも問題があります。
特に株主至上主義やグローバル競争の加速で、この傾向はますます顕著です。

– アナログ調達台帳と属人的オペレーション
デジタル化・自動化が進んでも、調達・購買部門はFAXや表計算、属人的なリストで業者管理を行っているケースが多く、現場と現場、技術と現場、発注先と現場の情報共有が徹底されていません。
これが「見積もり一斉送信、価格比較」の繰り返しにつながっています。

これからの調達・購買の新潮流

1. パートナー型取引の台頭

欧州や米国では、以前から「パートナー型サプライチェーンマネジメント」が主流です。
発注者がゴールを明示し、サプライヤーがリスクをシェアしながら一緒にプランを組み立てることで、リードタイム短縮やトータルコスト低減だけでなく協調的な品質改善が進みます。

日本でも先進的なメーカーは「コストだけでなく、現場での技術情報連携」「納期リスク回避」「イノベーション創出」などを重視し始めています。

2. デジタルとヒューマンの融合

最近の調達管理システムは、過去実績や品質データ、サプライヤー個別パフォーマンス指標などを統合管理し、定量と定性(現場評価や提案力など)をミックスした評価軸が活用されています。
この流れを生かせば、「誰にでも声をかける」「値引き合戦」から、コアサプライヤーとの長期パートナーシップへと進化できます。

3. 価値訴求型のサプライヤー選定

調達部門の新しいミッションは、「いかに価値の最大化につながるか?」です。
単に安い順ではなく、「技術提案能力」「問題解決力」「納期対応力」「現場協調性」「トレーサビリティ確保」など、複眼的に評価する姿勢が求められます。

バイヤー、新人・若手へのアドバイス

サプライヤーを“パートナー”と呼べる関係を目指そう

価格だけで選ぶのではなく、現場やエンジニアと一緒に「どんな課題があるのか」「どうすればもっと良くなるか」をサプライヤーと共に考える習慣を持ちましょう。
「誰でも良い」「安ければ良い」から、「なぜこの会社なのか」「何を共に達成できるか」という問いを大切にしてください。

現場と歩調を合わせて“本質的”な調達を

机上のコスト削減だけにとらわれず、実際に現場やサプライヤー工場に足を運び、いま困っていること、これから取り組むべき課題を直接ヒアリングしましょう。
現場、設計、品質保証、物流など、会社の垣根を越えた多層的な情報ネットワークこそが、製造業の競争力を底上げします。

まとめ:発注先を競わせるだけの時代はもう終わり

製造業において、発注先を単に競わせてコスト削減だけを追い求める時代は終わりを迎えています。
これからは、サプライチェーン全体で課題を共有し、協力しながら価値を生み出していく時代です。

「安さ」だけでなく、「技術力」「現場提案力」「リスク管理能力」「信頼」といった多様な軸で取引先と向き合えば、コストだけでは得られない大きな成果が見えてきます。

買い手市場の交渉テクニックに頼るのでなく、サプライヤーとバイヤーが互いに切磋琢磨し、ともに未来を切り拓く“共創”パートナーシップを構築していきましょう。

あなたの現場から、「発注先を競わせるだけ」ではない新しい調達・購買のカタチを、ぜひ生み出してください。

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