投稿日:2025年12月9日

試作品が良すぎて逆に量産性が確保できず困惑するケース

はじめに:試作品の“出来すぎ”が招く量産化のジレンマ

現代の製造業では、顧客ニーズの多様化や新技術の台頭により、かつてないスピードで製品の開発・グレードアップが求められています。

中でも重要なのが試作品(プロトタイプ)の開発工程です。

仕様は合っているか、構造は問題ないか、要求性能を満たしているか――。

これらを確認するための試作ですが、「試作品の出来が良すぎた結果、いざ量産に移行しようとした途端、コストや工法の制約により量産性が確保できなくなる」という困った現象が現場で多発しています。

本記事では、20年以上もの現場経験と管理職視点から、“試作品があまりにも理想的過ぎて、逆に量産現場が混乱する”事例とその背景を深掘りし、製造業現場のバイヤー、メーカー、サプライヤー、それぞれの立場での知見や今後の打ち手について解説します。

現場で多発する「試作=アーティスト作品」問題

職人芸が生み出す「一点モノ」の落とし穴

試作開発の現場では、熟練の技術者や“匠”と呼ばれる方々が、その腕を駆使して素晴らしい試作品を作り上げます。
短納期・低コストで、図面や要件を超えるクオリティを生み出すこの「職人技」はもちろん大切です。

ところが、“人の手”にしかできない微調整や特殊な道具の活用で生まれた試作品は、その分だけ再現性が下がります。
つまり、「同じモノを100個、1000個作れるのか?」という“量産性”の観点で見ると、大きな壁が立ちはだかるのです。

実際、試作の際は「一晩かけて社内の名物職人が手削りで形にした」「特殊な有機溶剤を一点物として使った」などの“離れ業”が珍しくありません。
これが、昭和からのものづくり文化に根付く“現場主義”の強みでもあり、一方でアナログからデジタルへの転換点でボトルネックとなる一面もあります。

なぜ試作は「良さ」と「罠」をはらむのか

なぜこんなことが起きるのでしょうか。

開発初期段階では、とにかく「設計したものが機能するか」を検証する必要があります。
納期も短く、スピード勝負の場面が多いのです。

そのため、汎用設備や市販部材、時には手作業を多用し、最速で「答え合わせ」するアプローチが採用されがちです。

ここで問題となるのが、「再現性」「工程の自動化・効率化」「原価最適化」など、量産段階での要求に試作品がなかなか適合しない点です。
・使った部材が市販品で量産部品とは規格が違う
・加工工程がほぼ手作業で標準化できない
・量産ラインの自動機では同じ品質が出せない
――といった事態が起きるのです。

製造業の現場では、「試作で〇なら、そのまま量産しても大丈夫だろう」と考えるのは危険です。
バイヤーや生産管理担当なら、一度は“理想のサンプルが仇になる”場面に遭遇した経験があるのではないでしょうか。

よくある具体的な試作“出来過ぎ”トラブル事例

ケース1:複雑形状の手仕上げ品の悲劇

意匠性が求められる部品の試作を行ったところ、熟練工が手作業で立体的な微細R形状を完璧に仕上げた。
顧客からは大絶賛され、設計評価もオールグリーン。

ところが、量産へ進む段階で型物(射出成形等)に切り替えた際、その微細形状が再現できず歩留まりが激減。
結局追加工事(手磨きなど)が不可避となりコストが跳ね上がった。

原因:設計段階で“人の手”による補正を想定してしまい、量産成形の限界値を見誤った

ケース2:試作回路基板は高性能すぎた!?

最新の電子回路基板の試作で、高価格な万能高精度部品を活用して性能試験を一発クリア。
これに自信を持って量産用の汎用品へと移行したが、ノイズ耐性や動作レスポンスがまったく同じにならなかった。
再調整のため立ち上げが数か月遅延した。

原因:高価な部品・ハンドメイド実装による“理想値”しか試作で検証せず、量産工程のギャップを軽視した

ケース3:特殊塗装・手吹き仕上げの顧客評価からの急展開

デザイン・意匠性を高く評価される特殊塗装を試作段階で職人による手吹きで実施。
顧客査定を楽々クリアして量産展開を決定した。

しかし、量産用ロボット塗装設備ではムラや色味が安定せず、クレームが多発した。

原因:手吹き=人の感覚値で再現されるクオリティの標準化・自動再現の難しさを見落とし

なぜ「試作→量産」がこんなにも難しいのか?

設計・現場・購買の間に潜む「暗黙知」と「認識ズレ」

最大の要因は、設計者・開発者と、量産工程を担う現場サイド、購買(バイヤー)や品質管理サイドとの間に“認識のズレ”や“前提条件の違い”が潜んでいる点にあります。

試作段階は「まず実物を作ってみる」という“個人技”に頼りがちですが、量産では“誰でもできる仕組み化”が求められます。

更に、バイヤー側では「コスト」「調達安定性」「サプライヤー選定」「歩留まり」「保守性」など多様な指標で評価する必要があります。
特に昭和から続く“現場主義”の強い会社においては、仕様(図面)と現物(試作品)の間が曖昧になりがちで、「うまくいったもの=正解」とされやすいです。

一方サプライヤー側でも、「どうせこれを量産するなら多少追加工しても大丈夫」と過信してしまいがちです。
ここに、量産化という“モノづくり現場のリアル”が姿を見せます。

試作工程の「目的」と「手段」の混同リスク

本来、試作は設計値や仕様要件の妥当性確認を主目的とすべきです。
しかし実際は、“納期に間に合わせる”“この場を切り抜ける”“目の前の要求に応える”など手段が目的化してしまいがちです。

設計から現場、購買、サプライチェーンに至るまで一貫した「量産視点でのプロセス検証」が必要なのです。

量産性確保のため、現場・バイヤーが押さえるべきポイント

1.試作品に対する量産条件での“再設計”ルールの徹底

試作段階での「出来過ぎ品」に惑わされず、量産化を前提とした“逆設計”が必要です。

・実際に使う材料、設備、治具を念頭においた設計可否の再検証
・試作段階での特殊工程(手加工・特殊材料)排除
・図面上で“誰でも作れる”スペックの明文化

これらをルール化して社内の“暗黙知”を形式知として共有することが効果的です。

2.バイヤー側は「量産後の全体コスト・リスク」を総合評価

価格だけでなく「歩留まり」「納期確保」「作りやすさ」「NC/自動化対応」「安定調達」の観点で試作品から評価を深化させましょう。

デザイナー、設計者だけでなく現場、購買、サプライヤーを早期から巻き込む「フロントローディング型モノづくり」への転換も重要です。

3.サプライヤーは「量産前提の量産サンプル」提示

試作で最高品質が出せても、量産ラインでは安定再現できなければ意味がありません。
サプライヤーは必ず「このやり方で量産できます」と根拠をもったプレゼンを行い、“出来栄え”と“再現性”のギャップを可視化することを徹底しましょう。

バイヤーとの信頼構築においても重要な視点です。

昭和から続く「匠」が生むアナログ文化と、次世代ものづくりの未来

日本のものづくりには、手仕事や技能伝承が“命”とされた長い歴史があります。
「良いものづくりは人の手から生まれる」は確かに真理ですが、グローバル競争激化、生産の高速サイクル化、少子高齢化による技能継承問題を考えれば、“一点モノ志向”からの脱却も不可欠です。

AIやIoT、デジタルツイン技術、3Dプリントなど“ラテラルシンキング”で異業種知見を組み合わせたDXの活用――。
これからの工場は「人が全て解決する」から「人が仕組みを作る」役割へ、進化する必要があります。

“巧の技”をデータ化し「誰でも作れる工場=Smart Factory」へ移行した会社が、真の持続的成長を実現することでしょう。

まとめ:現場力×仕組み化で「試作→量産」の壁を乗り越えよう

試作品があまりにも理想的すぎるがゆえに、量産現場が混乱する――。
この多くの製造業現場が悩む矛盾は、「職人の技謎依存」だけでなく、設計・現場・バイヤー・サプライヤー、それぞれの“見ている世界”の違いから生まれます。

今こそ、「量産視点でのものづくり」を意識して工程間の壁を壊し、“ラテラルシンキング”で新たなプロセス改革に挑戦していただきたいと思います。

製造業の未来は、現場力とデジタル・仕組み化の融合の先にあります。

今この記事を読んでいる“作り手”の皆様、“買い手”として活躍したい方、サプライヤーとして現場に寄り添いたい方。
ぜひ一度、「その素晴らしい試作品は、本当に皆で同じように作り続けられるのか?」と自問し、現場の知恵と新たな挑戦を重ねてみてください。

誰もが“作れる、買える、供給できる”ものづくりのために、次の一歩を踏み出しましょう。

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