投稿日:2025年9月22日

一部社員の経験則が全社のボトルネックになる危機

はじめに ― 経験則偏重の問題意識

「ベテランの〇〇さんがそう言っているから間違いない」「現場の感覚に従うのが一番」といった言葉が、貴社現場でも日常的に聞かれてはいないでしょうか。

日本の製造業、とりわけ歴史のある業態では、個人の経験則や勘に大きく依存した判断が長きにわたり受け継がれてきました。
それは現場独自の文化であり強みでもある一方、デジタル時代の激しい変化の中で、会社全体の成長を鈍化させる“ボトルネック”となって現れ始めています。

この記事では、調達購買・生産管理・品質管理といった要所で見落とされがちな“経験則偏重”のリスクや本質的問題、そしてどのように脱アナログ・脱属人化を果たすべきかを、現場目線で掘り下げます。

なぜ「経験則」が現場に根付いたのか

昭和的手法の功罪

日本の製造業は、高度経済成長期からバブルにかけて、品質・コスト・納期(QCD)を厳格に守り抜いて成長してきました。
現場では「不良は現場で止めろ」「納期は絶対」といった、現場力への絶対的信頼が色濃く残っています。
そのため、その時代を支えてきたベテランの経験や判断基準が、標準化・文書化されることなく“暗黙知”として伝承されてきたのです。

IT導入の壁とデジタル化への抵抗

近年、生産管理システム(MES)、購買管理システム(SRM)、品質管理ツール(QMS)などの導入が進んでいます。
しかし、根底に「現場の感覚こそ正しい」という意識があるため、システム整備とベテランの経験値が乖離しやすい構造となっています。
その結果、「システムがあるけど、結局最後は紙と口頭で」という非効率が根強く残ります。

実際に起きている「ボトルネック化」の事例

購買現場の属人化―調達リスクの顕在化

調達購買では、信頼できるサプライヤーや過去の価格交渉履歴などをベテランバイヤー個人が頭の中で管理しているケースが多いです。
その担当者が急な退職や異動で不在になると、一時的に調達業務全体がストップしたり、条件の悪い取引が増えたりといった事例は、枚挙にいとまがありません。

生産管理における“匠の感覚”の限界

生産計画の現場でも、ラインの能力や工程負荷を“現場リーダーの勘”でコントロールしている場合があります。
一見すると、柔軟な“現場対応力”ですが、そのノウハウが可視化されていないため、シフト変更や人事異動で一気に混乱が発生します。
特に多品種少量生産の割合が増すにつれ、属人的な意思決定では計画の精度・スピードに限界が生じ始めています。

品質トラブルの“なぜなぜ分析”も属人化

不良分析や工程異常対応も、ベテラン技能者の「あのときもこうだった」「この現象は〇〇が多い」といった“匠”の経験に依存しがちです。
その属人的なアプローチは小規模な現場トラブルには強い反面、再発防止やナレッジの全社共有につながりにくい大きな弊害となります。

なぜ「経験則」が全社のボトルネックになるのか

業務標準化・ナレッジ共有の欠落

業務の標準化、ドキュメント化が不十分だと、現場ごと、個人ごとに判断基準がバラバラになります。
その結果、人材が流動化した際に業務が回らなくなり、部門間の連携不全や、引き継ぎミスによる事故リスクが高まります。

意思決定の遅延と競争力低下

「Aさんがいないと最終判断できない」「過去にどうだったか知っている人が異動した」。
こんな声が現場で日常的に繰り返されていませんか。
一部社員の経験則が全社の意思決定の遅延や停滞を招き、深刻な競争力低下へとつながります。

サプライヤー側から見た“取引リスク”拡大

取引先(サプライヤー)の立場から見ても、担当バイヤーの変更でいきなりルールが変わったり、引き継ぎがうまくいかずに支払い遅延や誤納品が発生するリスクが高まります。
これによりサプライヤーの信頼を失い、ひいては新規調達やコストダウンの道も狭くなります。

昭和からの価値観と“アナログ業界”の現実

「人」に頼る文化がなかなか変わらない理由

製造業に根付く“人への依存”は、企業風土だけの問題ではありません。
・雇用の終身安定、年功序列
・現場力・現場主義への絶対的信頼
・全員参加型の改善活動、QCサークル
こうした文化的背景が「形式知より暗黙知」「ベテランが正しい」を温存する土壌になっています。

現場IT化の遅れの根底

パッケージ化された基幹業務システム(ERP等)の導入は進むものの、現場ごとの個別最適に馴染まないことが多く、「だったら紙と口頭で良い」となりがちです。
コストやITリテラシー、慣れない操作へのストレスなども、“アナログ回帰”が強く残る要因となっています。

現場目線で考える「脱経験則」の第一歩

1. ナレッジの見える化

ベテラン社員の持つ知見やノウハウは、質問形式、インタビュー形式で徹底的に棚卸しし、手順書やQ&A、動画などの形式でドキュメント化していきます。
現場で見やすく、実際に“使える形”に仕上げることが重要です。

2. ITとのブリッジ人材の養成

システム部門と現場が分断されがちな製造業では、“両者の橋渡し”ができる人材(たとえば現場出身のIT推進担当者)が不可欠です。
現場のニーズに即したミニマムなデジタル化を、まず現場主導でスタートすることが脱属人化の鍵となります。

3. ベテランを「語り部」ではなく「仕組みの監修者」に

ベテランの知識は貴重な財産ですが、“語り部”にして終わらせず、正しいフロー、判断基準、異常時の対応マニュアル策定を主導してもらうこと、若手との接点を増やして学び合う仕組み作りも重要です。

調達購買・生産管理・品質管理 それぞれの視点で見る「組織知化」

調達購買:価格交渉やサプライヤー評価のプロセス明確化

・価格決定に至るまでの判断基準
・ブラックリストや優良サプライヤーの評価尺度
・業界動向に基づいた購買戦略
を明確化し、新人バイヤーでも高い水準の交渉・意思決定ができる体制を整えましょう。

生産管理:現場の“勘”をIoT・AIと組み合わせる

工程の稼働状況・過去データ・異常検知をIoT端末やAIを使って見える化します。
それによってラインリーダーの経験則とデータを対比し、勘によるバイアスを排除しながら、最適な人員配置や計画調整が可能になります。

品質管理:トラブル対応の標準化と継続的フィードバック

不良発生時の原因追及・再発防止策を、個人プレーで完結せずに、必ず全社共有、仕組み化する体制を作ります。
トラブル時の「なぜなぜ分析」や解析会議の記録をデータベース化し、PDCAサイクルを現場で循環させましょう。

サプライヤー側の視点 ― バイヤーの思考を知る重要性

サプライヤーとしては、バイヤーの“経験頼み”の取引構造をよく観察し、どのような“再現性ある基準”が導入されつつあるのかを理解することが重要です。
・誰が担当しても同じような条件、同じ評価軸で取引できる
・品質・コスト・納期の透明性が高まる
・異動・退職時も安定したビジネス関係が維持できる
というメリットを理解し、積極的に自社も標準化を進めることが、長期的な関係強化へとつながります。

まとめ ― 脱・属人化が製造業の新しい成長戦略

一部社員の経験則に頼り切った現場は“短期的な安定”をもたらすものの、組織の未来・持続的発展の観点では、大きなリスクとボトルネックを孕んでいます。

現場の暗黙知を可視化し、業務標準化・IT化・世代間ナレッジ共有を推進することが、個人の経験値を“組織の知恵”へと変換し、変化・競争激化の時代を勝ち抜く新しい武器となるのです。

今こそ“人”の経験と“仕組み”の力を組み合わせ、次なる成長戦略を共に歩みだしましょう。

You cannot copy content of this page