投稿日:2025年12月11日

解析では良くても現物評価で全く性能が出ないときの虚無感

解析では良くても現物評価で全く性能が出ないときの虚無感

なぜ「データ」と「現場」は乖離するのか

製造業の現場では、CAE(Computer Aided Engineering)やシミュレーション解析の発展によって、設計・開発工程が大きく効率化しました。
しかし、現場経験のある方なら誰しも一度は、「解析では問題なかったのに、現物評価では全く性能が出なかった…」という“虚無感”を味わっているはずです。
この落差がなぜ生じるのか。
単なる「解析ミス」や「計算式の誤り」とだけ片付けてしまうには惜しい、深いラテラルな要素があるのです。

データと現場が乖離する主な理由には、未知の製造ばらつき、材料のロット差、工程管理のクセ、時には人的な勘・経験値の不足など、想定外のファクターが複雑に絡み合っています。
さらに、データ化できる部分が「見えている世界」だとしたら、現場には「見えていないリアルな世界」が存在し、そこの“沼”に気づけるか否かが、設計者・現場担当者・バイヤーの力量の分かれ目となるのです。

製造現場に根強く残る昭和の「感覚」

現場を預かる立場として特に痛感するのが、世代を超えて受け継がれる「経験則」や「肌感覚」です。
高度なITシステムや解析ツールが普及する一方、古参の現場作業者は、「新しい解析の数字は信用できない」と懐疑的な態度をとることが少なくありません。
昭和時代から磨き上げられてきた感覚値や“べき論”は、時に最新技術以上の価値を発揮することがあります。

例えば、熟練の職人が「この音はおかしい」と気付き、機械の異常を早期に感知した事例や、現場の段取り替えの名人芸によって生産効率が跳ね上がる、といった話は今も工場あるあるです。
解析や理論が正しくても、現場の空気や“暗黙知”が追い付かないままだと、最終的なモノづくりはどうしてもうまくいかないのです。

解析万能時代の落とし穴—「設計」と「現物」の断絶

ここ数年、若手エンジニアの多くがハイスペックなツールを駆使して設計を進めます。
ただし経験を積んだ現場長から見ると、「解析の数字を鵜呑みにし過ぎていないか?」という心配が尽きません。
たしかに解析では100%を約束してくれますが、その条件設定が現実と合っている保証はどこにもありません。
とくに、材料の微小不純物、成形金型の摩耗、熱処理のわずかなズレなど、現場でしか捉えきれない“ノイズ”が製品に影響を与えることが多々あります。

私も経験がありますが、解析通りに試作品を仕上げたものの、いざ実機評価すると性能値が大幅に劣化しており、関係部署が一斉にうなだれる場面がありました。
このとき多くの担当者が「解析を信じて突き進みすぎた」「現場の声をもっと拾うべきだった」と口を揃えます。

どうすれば現場と解析のギャップを埋められるのか

現場“主語”で考えるPDCA

このギャップを埋める最短ルートは、「現場主語」でPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回すことです。
つまり、解析のPlanの段階から「現場で何が起きるか」を想定し、Doの製造時には「工程ごとの事実」をデータで可視化し、Checkの段階で「解析がズレた理由」を率直に現物と照合することが絶対に必要です。
そして「Action」は感覚論で丸めこまず、ナレッジ化して次のサイクルに必ず反映させる。
ここで“現場の声”を吸い上げる仕組み(フィードバックループ)があるかどうかが、ギャップ解消の成否を分けるポイントです。

「異常値」を吸い上げる現場参画の重要性

不具合や想定外の現物現象は、データだけを追っていると見落としがちです。
逆に、現場で「なんか変だ」「思ったよりうまくいかない」と感じる直感は、非常に重要なアラートです。
この違和感を無視せず、設計・解析部門と現場担当者が垣根を超えて議論した時、新たな改善アイデアやリスクシナリオが生まれます。

私自身、現物評価で何度も“虚無感”を味わいましたが、その都度「なぜズレたのか?」を現場スタッフと徹底的に話し込みました。
原料メーカーにまでさかのぼって検証し、細かな工程記録を洗い直し、「解析できない現場のリアリティ」を言語化したことで、新たな知見や暗黙知の形式知化に繋がっています。

サプライヤー・バイヤー視点の“現場主義”

サプライヤーで働く方には、「うちは図面通りに作っただけ」と言いたくなる状況も多いでしょう。
ですが、バイヤー側は「図面だけでなく現場力まで把握しているか」を非常に重視しています。
なぜなら、現物評価で初めて見える「真の品質」は、解析や図面には表れないからです。
そのため、取引先の現場見学や品質監査を通した“現場対話”が、これまで以上に重要になっています。

バイヤーには「このギャップに気付ける目」が求められます。
単なる「安く買う」「図面通り作らせる」から、「現場の問題も先回りして潰せる」バイヤーになることで、サプライチェーン全体のレジリエンスが大幅に向上します。

昭和から令和へ。解析と現物評価のギャップとどう向き合うか

解析万能、デジタル化一辺倒の時代には、見えない現場の“沼”が拡大するリスクがあります。
もしこの記事を読んでいるあなたが現場で、“解析通りにいかなかった”虚無感を覚えているなら、それは決して無駄な失敗ではありません。
現場で“なぜ?”と感じた違和感、昭和の頃から続く職人的な知見、そして令和時代のデータサイエンスの融合。
これこそが、次の日本のものづくりをさらに高めていく原動力となります。

特に若いエンジニアやバイヤーを目指す方には、「現場に根差した違和感」に徹底的に耳を傾けることをおすすめします。
現場を知り、解析を疑い、データとリアルを何度も往復することで、紙一重のミスや大きなブレークスルーを生み出すことができます。

まとめ:虚無感を次の突破口へ

製造業には多くの“壁”や“虚無感”がつきものです。
それは、未知が多いものづくりの世界だからこそ。
しかし、その空白を埋めるために現場の声に耳を澄まし、現物評価を正面から受け止め、次のサイクルへ反映できる仕組みを徹底することが、現場と解析のギャップを縮める唯一の方法なのです。

今こそ、現場での“虚無”を恐れず、その経験を新たな成長の糧として、ものづくりの「次の地平線」を一緒に切り拓いていきましょう。

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