投稿日:2025年10月2日

常識はずれの顧客が信用を失う瞬間

はじめに ~製造業の現場から見る「常識」とは~

製造業の現場で長年働いていると、「常識」という言葉の重さやその脆さを身近に感じることが多くあります。
特に調達・購買やサプライチェーンの現場では、顧客との信頼関係が命ともいえるほど重要です。
しかし、一見「常識」はずれと思える行動がむしろ現場では積極的に評価されることもあれば、その逆に、長年のルールや商慣習を守らない顧客が一瞬で信用を失う瞬間にも立ち会ってきました。

この記事では、昭和のアナログ的な商習慣が根強く残る製造業の裏側から、実践的な視点で「顧客が信用を失う瞬間」とはどんなときか。
また、それを防ぐためにどんな思考や行動が求められるのかを、現場目線で深く考察します。

現場の「信用」とは何か ― 紙一重の信頼関係

工場とサプライヤーで交わされる“暗黙の了解”

日本の多くの製造業は、図面や発注書、納期などの法的なやり取りの他に「暗黙の了解」が支配しています。
特にアナログ業界では、一度口頭で約束した納期や取引条件は、もはや絶対的なもの。
たとえ納期が延びそうな場合でも、事前にしっかり連絡し落としどころを探るのが最低限のマナーです。

この「黙っていてもわかってくれるだろう」という心理は、場合によっては信用の維持にプラスに働きますが、一方で「報連相がない」「いきなり態度を変える」となれば、信用は一気に音を立てて崩れていきます。

信頼と利便性の天秤 ― 昭和の商習慣が現代にも根づく理由

最新のシステム化や自動化が進む一方で、日本の多くの製造業は未だにFAX、電話、現場への突撃訪問といったアナログなやり方を続けています。
「昔から付き合いのあるA社だから、今月は急いで納品しよう」といった職人肌の“なあなあ文化”は、時に現場を救う柔軟性にもなります。

しかし、この「阿吽の呼吸」を理解できない、または軽視する顧客は、思わぬ形で信用を落とすリスクを孕んでいます。
型破りな新規顧客が歓迎されない背景には、こうした“地元ルール”への敬意や配慮も大きく影響しています。

常識はずれの顧客―実際に信用を失う瞬間とは?

ケース1:「一方的な値下げ交渉」

価格競争は製造業の宿命ですが、未だに「他社は○○円で仕入れているから」などと、相場を無視して一方的な値下げを要求する顧客は珍しくありません。
サプライヤー側がこうした要求を受け入れてしまえば、自社の利益確保が困難になり不良や納期遅延のリスクも高まります。

一度でも無理な値下げ要求を飲んだサプライヤーは、顧客への信用感情を著しく損ないます。
その結果、「急ぎの案件」や「不良対応」でも協力的でなくなり、本質的に“パートナー”として扱われなくなります。

ケース2:「納期のたびに急かす」

納期に厳しいのは製造業の性質上当然です。
しかし、毎度予告なしに「明日までに10,000個納品してほしい」「午後には必ず着荷するように」と急な案件をぶつける顧客は、少なくとも現場では歓迎されません。

製造ラインや資材調達は多くの協力会社や工程が絡む大仕事。
計画を無視した突発案件は、製造現場の混乱を誘い、やがて「対応できない→もう取引したくない」という負のスパイラルにつながります。
この「共通の計画感」を持てない顧客は、長い目で見て信用されなくなります。

ケース3:「責任転嫁とクレーム体質」

たとえば、納入した製品に不具合が出た場合、その責任の分担(起因分析や是正策の立案)も重要なポイントです。
顧客側にも使用ミスや検査ミスがあったにも関わらず、すべての責任をサプライヤーに押し付けたり、それを第三者に吹聴するような顧客は、確実に次の取引で冷遇されます。

クレームは「関係性を深めるチャンス」と肯定的に考えられる場合も多いですが、最初から責任逃れを意識するような態度は、阿吽の呼吸を大事にする現場では致命的です。

なぜ顧客は「非常識」に振る舞うのか?

背景にある“買い手優位”と“情報格差”

ここまで見てきた顧客の非常識な行動の背景には、「買い手は立場が強い」という昭和的な商慣習と、意外に大きい“情報格差”の問題があります。
つまり、バイヤー側は「業界最適価格」や「標準的な納期」を把握しておらず、つい安易な要求や強引な交渉に走ってしまうパターンが多いのです。

また、購買部門が現場の事情(工程数、設備の古さ、段取り替えの難しさなど)を知らなければ、無理筋の依頼が増えて信用低下の引き金となります。
現場同士が“共通の言語”で語れないことが、信用喪失の温床になっているのです。

システム化の光と影―“人”の信頼を蔑ろにしないために

EDIや生産管理システムによる自動発注・監視体制が広がり、調達購買業務は劇的に効率化しました。
一方で、「システムが勝手にやってくれる」という思い込みや、人間的な気配りを忘れると、現場とのすれ違いが生まれやすくなります。

「信用」はデータや記録よりも、“事前連絡”や“現場への感謝”、そして“たまの現場訪問での一言”から徐々に築かれていくものです。
どれだけ自動化・省人化が進んでも、現場の職人が「この人のために動こう」と思える関係づくりが不可欠です。

業界動向と今後の課題─変化する製造業の“信用”のカタチ

サプライヤーパートナー型調達の普及

業界全体として、かつての「下請け」と「親会社」みたいな主従型から、「パートナー型」調達へと大きく舵を切り始めています。
つまり、値段交渉や短納期要求よりも「協業による競争力強化」や「納入リスクの共有」といった柔軟な関係構築こそ、これからの信用構築の中心になるでしょう。

顧客側も「自社の都合」だけでなく、サプライヤー側の生産計画や負担感も包括的にマネジメントし、「双方のメリット」をきちんと可視化することが長い信頼関係につながります。

脱・阿吽の呼吸?デジタル時代のコミュニケーション改革

デジタル化が進むなか、従来の「なんとなく伝わる」「現場を見て察する」という根拠なき信用や伝達方法は通用しなくなりつつあります。
真の意味で信用を築くためには、「見える化」や「データで裏付けされた約束」が不可欠。

とはいえ、全てをシステム頼みにせず、チャットやメールでの一言フォロー、現場の温度感に寄り添う気遣いこそが、信用低下を未然に防ぐポイントとなります。

サプライヤー・バイヤー双方に求められる視点

顧客本位から“協創本位”へ

「顧客は神様」的な時代はすでに終わりを迎えています。
現場やサプライヤーと“共に創る”という協創本位の価値観を持たなければ、どんな大手でもいずれは信用を失う可能性があります。

サプライヤーの立場でも、「顧客に言われたから仕方なく」ではなく、顧客に寄り添いながらも自社の主張や事情を適切に伝えるコミュニケーション力が何より重要です。

現場目線を大事にするバイヤーは強い

現場の事情やサプライヤーの苦労に配慮し、相手の立場で考えられるバイヤーは、難しい時代にも生き残れます。
一方的な利益追求や無茶な要求は、現場からの信用消失につながります。
「自分が相手だったらどう感じるか?」を常に問い直す姿勢が、長い目で見れば自社の競争力維持にも直結します。

まとめ ~ 「常識はずれ」は破壊と創造の分かれ道

「常識はずれの顧客が信用を失う瞬間」は、一見些細な一言や、ちょっとした振る舞いから始まります。
その裏には、“現場への敬意の有無”や“阿吽の呼吸を感じ取れるか”という、デジタルでもアナログでも普遍的な人間関係の本質が横たわっています。

今後は「常識」を守るだけでなく、新たな価値観と信頼のカタチを創り出す柔軟性が問われます。
バイヤーを目指す方や現場で日々奮闘する皆様には、単なる慣習にとらわれず、本当に相手や現場が求める“信用”や“誠意ある対応”とは何かを、ぜひ深く考えていただきたいと思います。

製造業はまだまだ昭和の影を引きずる部分も多いですが、現場を大切にする文化と新しい発想が未来の信用と発展につながるのです。

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