投稿日:2025年12月7日

在庫の“あるべき姿”と“実態”が乖離し続ける理由

はじめに:製造業における在庫管理の現実

モノづくりの中枢を担う製造業では、「在庫の適正化」が長年の課題です。

理想的な在庫管理“あるべき姿”と、実際に現場で日々感じる“実態”との乖離は、令和の今も根強く残っています。

昭和、平成、令和と時代が変わっても、なぜこのギャップは埋まらないのでしょうか。

本記事では、調達購買から生産、品質管理、そして現場の自動化に至るまで、20年以上もの現場経験をもとに、在庫管理における理想と現実の間に潜む構造的課題と、その打開策について深掘りします。

バイヤーを目指す方、サプライヤーとして購買心理を知りたい方、そして現場で日々葛藤するすべての製造業従業者へ、実践的な知見をお伝えします。

在庫の“あるべき姿”とは何か

在庫には「必要なときに、必要な量だけ、必要な場所へ」という大原則があります。

これを実現するには、需要予測・計画精度・調達力・生産力・情報の一元管理といった多面的なスキルとシステムが求められます。

理想論をかみ砕くと、調達から入庫、製造、出庫までのプロセスが正確に連携し、「過剰・過少・滞留・欠品」いずれも発生しないことが“あるべき在庫管理”の姿です。

適正在庫とは何か

適正在庫とは、「機会損失を生まず、生産や販売に遅れを生じさせない最低限の在庫量」と定義できます。

経営学では、在庫はキャッシュアウトを伴い、過剰=コスト(デッドストック)、過少=機会損失(欠品・納期遅延)となるため、できる限り“ゼロ”に近づけることが理想とされています。

ジャストインタイム(JIT)の精神も、この本質に立脚しています。

実態は壮絶!現場に根付く“アナログ在庫”の現状

しかしながら多くの日本の工場ではこの理想とは程遠い現実が続いています。

現場では、目視やExcel頼みの管理、ベテランの“勘”に頼った発注や在庫計算、システム導入後も紙帳票との並行運用……特に昭和から平成初期に創業した多くの工場では、いまだに「棚卸で在庫数が合わない」「どこに何があるかわからない」混乱が常態化しています。

なぜ”理想と現実”は埋まらないのか

大きく次のような要因が存在します。

1. 需要予測の限界と属人化

製造現場では、販売側からの情報共有が少なかったり、営業現場の曖昧な「多分、注文があるだろう」に合わせて多めに在庫を持つことが続いています。

特に中小製造業では、生産計画が日々変わり、需要変動に迅速なフィードバックループを持たせることが困難です。

その結果、需給ギャップが常に発生します。

2. 組織構造の壁

在庫を管理する責任があいまいで、「誰のものか分からない在庫」が発生しがちです。

営業は売れ残ったら製造に押し付け、製造は調達・購買に押し付けるという縦割り組織の弊害で、責任の所在が曖昧になり、在庫調整のPDCAが機能しづらいのです。

3. システム投資の遅れと現場文化

在庫管理システム(WMS、ERPなど)導入が進んでも、現場の標準化やITリテラシー、マスター運用のルール化が徹底されず、結局「以前のやり方(紙、Excel、口頭)」が並行しがちです。

システムに在庫があるはずなのに現物がない、またはその逆も珍しくありません。

4. 調達・納期リードタイムとサプライチェーンの脆弱性

業界全体で短納期、翌日納入が常態化する一方、調達先は減り、海外比率が高まるなどグローバル調達の難しさから、“不安の在庫”が積み増されがちです。

サプライヤー側も、バイヤーの「特急」に振り回されやすく、余剰在庫を常に抱えてリスク分散しています。

5. 品質基準や多品種対応の増加

一方、品質やトレーサビリティへの要求が高まる中で、ロット管理、品番管理が複雑化しています。

多品種少量生産への転換も、管理の煩雑化と過剰在庫を招く一因となっています。

サプライヤー・バイヤーそれぞれの心理と在庫管理

バイヤー(調達購買)の視点

適正在庫・在庫圧縮はバイヤーのKPIの一つです。

しかしバイヤーには「全責任を現場負担にする」「欠品リスクを極端に嫌う」「社内稟議に時間がかかるため安全在庫に走らざるを得ない」など、現場目線とは違う悩みがあります。

また、納期厳守や価格競争に晒されるストレスから、新規取引よりも既存取引継続を優先し“手堅い仕入れ”に偏り、結果的に在庫が膨らむのです。

サプライヤー(供給側)の視点

バイヤーのオーダーが曖昧だったり、急な仕様変更や数量変更、頻繁な短納期要請には頭を悩ませています。

「うちが在庫を持っておけば後でまとめて売れるだろう」という希望的観測で見込み生産を増やしていくと、デッドストック化を招きます。

結局、バイヤーもサプライヤーも“在庫リスク”を恐れ、社内・取引先の間で在庫を押し付け合う構造が定着しやすいのです。

“あるべき姿”へと近づくための打開策

在庫管理の高度化、最適化には技術だけでなく、組織・現場文化・意識改革までを巻き込んだ仕組み作りが不可欠です。

需要予測の制度向上と情報の一元化

販売・営業情報をリアルタイムで可視化し、過去データやAIを活用した需要予測モデルを取り入れることで、計画の精度を上げます。

また、部門横断の情報共有やシステム連携によって、属人管理からの脱却を図ります。

現場主導のPDCAサイクルと標準化

デジタルツールの導入は目的ではなく手段です。

現場目線で棚卸や在庫差異の分析を定例化し、課題ごとのアクション(誤差要因、ピッキングミス、データ遅延など)を洗い出し、業務ルールの標準化・再教育を継続します。

サプライチェーン横断での在庫最適化

自社だけでなくサプライヤー、顧客ともデータを連携し、在庫情報や需要・供給の予測をオープンにして調整します。

「在庫を持ったほうが負け」という心理から、「リスクをシェアする」新たなパートナーシップモデルへと意識を転換することが重要です。

多様な在庫・品質データの可視化とトレーサビリティ対応

IoTやバーコード/RFIDの活用で、在庫の場所・状況・品番・ロット履歴をリアルタイムで追跡可能にします。

多品種少量・個別生産でも、最小ロットに分割して在庫最適化する工夫が求められます。

デジタル時代の“現場力”が在庫最適化の鍵

最適な在庫管理はシステムだけでも現場の経験だけでも成り立ちません。

「デジタル×現場力」こそが、老舗製造業の未来を支える両輪です。

現場の暗黙知や勘所をデータ化し、システムにフィードバックしていく“現場発のデジタルトランスフォーメーション(DX)”が、“あるべき姿”を実現するために不可欠です。

まとめ:乖離は終わらない、だからこそ進化し続けよう

在庫の理想と現実の乖離は、今後も継続するかもしれません。

しかしそこで思考停止に陥るのではなく、絶えず現場で見直し、小さな仕組み改善を積み重ね、変化する潮流にアジャストしていく姿勢が問われます。

昭和から続くアナログ業界も、令和の今こそ「現場力」と「デジタル」を融合させ、自社らしい在庫管理の“あるべき姿”を模索し続けましょう。

製造業従事者はもちろん、バイヤーを目指す方、サプライヤーの立場でバイヤー心理を知りたい方も、この記事をきっかけに「自社の在庫の現状」と「これからの在庫管理」を見直してみてはいかがでしょうか。

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