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産業医と現場の距離が縮まらない理由

目次
産業医と現場の距離が縮まらない理由
現代の製造業において、従業員の健康と安全を守るための産業医の存在は極めて重要です。
しかし、いまだに製造現場と産業医との距離感が縮まらない企業が多いのも実情です。
なぜ、産業医という貴重なリソースが十分に活用されず、現場と密接な関係が築けていないのでしょうか。
本記事では、20年以上にわたり製造業で現場や管理職などの経験を持つ筆者の立場から、その背景や産業界に根付く課題、今後の改善策について深く掘り下げていきます。
昭和から抜け出せない現場主義の呪縛
ルールと現場判断のギャップ
日本の製造現場では「現場第一主義」という価値観が根深く残っています。
これは現場の声や経験則を最優先し、現場が自らの判断で工夫し仕事を回していくという思想です。
この現場主義は、モノづくり大国・日本の強さの源泉でもありました。
一方で、決まり事やマニュアル、法令遵守が疎かになりがちな弱点も併せ持っています。
産業医による健康指導や作業環境改善の提言は、会社としては必要で義務的に受け入れるものの、現場の判断や効率・納期優先が強く働き、産業医のアドバイスが後回しにされやすいのです。
「健康は自己責任」という古い価値観
昔から、製造業では「体が資本」「体調管理は自己責任」という考え方が強く残っています。
これにより、産業医が指摘する健康課題(過労やメンタル不調など)も、現場では軽視されがちです。
「多少無理しても納期を守り、責任を果たす」のが現場の美徳とされ、産業医の助言が「甘え」と捉えられることすらあります。
産業医の立場と現場実態の乖離
産業医=「外部者」の壁
産業医の大半は、非常勤もしくは外部顧問として月に数回などの訪問スタイルで就任しています。
日常的に現場で働くわけではないため、現場スタッフからは「外部の医者」でしかなく、現場全体の空気や問題の本質を掴みにくいのが現状です。
また、現場社員が産業医に本音で困りごとを打ち明けるには、信頼関係の構築が不可欠ですが、物理的・心理的な距離が障壁となります。
トップダウン中心の組織文化
多くの企業で産業医のアドバイスは、経営層や人事部門を介して現場に降ろされます。
現場にとっては「上からの通達」であり主体的な関わりを感じにくく、「やらされ感」につながります。
例えば、産業医が過重労働の是正を提案し、人事部から産業医面談が指示されても「面倒なことを増やされた」「形式的な面談」などと受け取られるケースも少なくありません。
アナログな報告・連絡・相談体制の弊害
情報伝達の遅れと途絶
製造業界では、依然アナログな報告・連絡・相談(ホウレンソウ)の手順が根付いています。
紙や電話・口頭での情報共有が多いことで、現場の健康問題が経営層や産業医に伝わるまで時間がかかります。
小さな不調やヒヤリハット(健康面でのヒヤリとした体験)は見過ごされやすく、産業医が事態を把握した頃には既に手遅れ、ということも起こりがちです。
相談しづらい雰囲気の形成
「体調不良=自己管理不足」「メンタル不調=根性が足りない」といった空気が強い現場ほど、社員が声をあげにくいという問題もあります。
結果、産業医との二人三脚ではなく、「書類上は対応したが実質的な改善は進まない」という事態を招きます。
時代が変わる中での産業医の新たな役割
健康経営とWell-beingの追求
ここ数年「健康経営」が注目され、従業員の心身の健康が生産性向上や人材確保につながるという考え方が徐々に広まっています。
過重労働やうつ病、ワークライフバランスの問題など、従来は個人の問題として片付けられていたテーマが、企業の存続リスクや社会的責任として問われるようになりました。
産業医は、働く現場の安全・健康対策だけでなく、企業全体の「健康文化」形成に貢献するキープレイヤーとなり得ます。
従来の「義務としての産業医」から「企業価値を高める戦略的パートナー」の位置づけへと変貌が求められています。
デジタル技術による距離の克服
近年は健康管理システムやウェアラブル、遠隔健康相談などのITツールが登場しています。
これにより、リアルタイムで産業医が現場とコミュニケーションをとったり、健康データを迅速に共有したりすることが可能になりました。
物理的な距離や勤務形態のギャップを、テクノロジーの活用で乗り越える絶好のチャンスといえます。
現場で本当に求められる産業医の関わり方とは
1on1での対話の重要性
現場で「頼りにされる産業医」になるには、社員一人ひとりとの信頼関係が不可欠です。
形式的な健康診断や書類で終わらせるのではなく、個別の悩みやキャリアに寄り添い、現場目線での助言が求められます。
同時に、管理職に対する産業医のフィードバック(例えば部下の健康状態や職場改善ポイントの共有)も現場の納得感につながります。
現場と経営、人事をつなぐ「橋渡し役」
産業医は、経営・人事と現場の間で板挟みになることも多いポジションですが、だからこそ「通訳者」としての役割が重要です。
難しい法令遵守や安全基準の話を、現場が理解し・実践できるレベルにかみ砕いて伝える。
また逆に、現場の肌感覚や日々の苦労を経営に報告・提案することが、組織的な健康文化の醸成につながります。
製造業が産業医と距離を縮めるための改善策
経営トップ自らのコミットメント
「健康経営」や「働き方改革」などに本当に取り組む企業は、社長や役員自らが産業医の重要性をメッセージとして現場に伝えています。
トップの本気度は現場に必ず伝わります。
できれば定期的な現場巡視や産業医との直接対話を経営層も行い、意識の変革を牽引する必要があります。
現場に根ざした産業医との連携スタイル
例えば、現場リーダーや班長クラスが月一度産業医とテーマ別ミーティングを持つことや、生産ラインで即時報告できるデジタル相談窓口を設けるなど、小さくても地に足のついた施策が効果的です。
また、現場の改善活動(カイゼン)にも産業医を巻き込み、安全・健康・効率化をトータルで考える風土づくりが理想です。
産業医の働きやすさ・関わりやすさの整備
産業医こそローテーションではなく、固定的に継続して同じ現場を診続けてもらうことで、より現実的な提案や個々の社員への理解度が高まります。
産業医自身の業務効率化や職場管理にITを活用し、より現場との時間を確保できるようサポート体制を整えることもカギです。
まとめ ~産業医との距離は「意識」と「構造」の両輪で埋める~
製造業の現場と産業医の距離が縮まらない根本要因には、昭和から続く現場主義や自己責任意識、組織構造上の断絶、アナログな情報共有体制といった歴史的・文化的背景があります。
しかし、現代では健康経営への社会的要請や人材不足・高齢化への対応など、時代の変化が産業医の役割を再定義しつつあります。
トップのコミットメントと現場を巻き込む実践的な連携、そしてデジタル技術の活用。
この両輪を動かすことで、産業医と現場の距離は必ず縮まります。
最後に——生産の現場が元気でなければ、企業の持続的な発展はありません。
産業医との協働こそ、現場を強くし、未来のモノづくりを支える最大の投資であることを改めて強調したいです。