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予兆保全が現場の五感を奪うと言われる理由

目次
はじめに:製造業における「予兆保全」とは何か
予兆保全という言葉を聞く機会が、ここ数年で急激に増えてきました。
IoTやAIなど新しいデジタル技術の普及に後押しされ、製造業の世界では「設備の故障を予測し、計画的にメンテナンスを行う」手法として注目を集めています。
設備の稼働データを常時モニタリングし、わずかな兆候も見逃さずに分析する。
これにより、唐突な故障によるライン停止や余計な修理コストを抑制しようという狙いです。
一方、現場で長年働くベテランの間からは「予兆保全は現場の五感を奪う」「人が機械任せになってしまう」という批判や違和感も根強く語られています。
なぜデジタル技術による効率化が歓迎される一方で、アナログ的な抵抗感や不安がもたらされるのでしょうか。
本記事では、昭和時代から培われた現場力の視点も交え、予兆保全が現場の五感を奪うと言われる理由を掘り下げていきます。
現場の五感とは:何を「失う」と感じているのか
五感が持つ意味と現場の重要性
製造業の現場で「五感」とは、必ずしも視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五つを指すだけにとどまりません。
それは「機械の変調を察知する力」「作業のテンポを感じ取る能力」「異常を未然に想像し対処する知恵」など、人間の総合的な感性を意味しています。
例えば、設備から聞こえるかすかな異音や、油や焼けた部品の匂い、振動の違和感、手に伝わる熱。
それがほんの数パーセントだけ通常と違っても、ベテランは直感的に「何かおかしい」と感じ取ります。
この感覚は、日々の観察と積み重ねにより養われる、まさに現場の熟練技とも言えます。
デジタル化の進展と「現場感覚」の喪失
しかし、予兆保全が支えるデジタルツールは、「センサーとデータに全幅の信頼を置く」というスタンスを取ることが多いです。
各種センサーにより得られた情報が前面に出る一方、人の五感による観察や直感的違和感は「主観・属人的」とされ、データの裏付けがなければ採用されなくなる傾向があります。
現場のベテランから見ると、こうした変化は「目を凝らし、耳を澄ませ、においや振動で異常を察知し続けてきた自分たちの役割や価値が薄れていく」という危機感や喪失感につながるのです。
なぜ「予兆保全が五感を奪う」と言われるのか
現場とITのギャップが生む違和感
予兆保全は「正確なデータ」こそが最優先され、「勘や経験」つまり人間の五感による判断を軽視する方向に進みがちです。
ベテランが「何か変だ」と感じても、システム上に異常値の記録がなければ、懸念は取り上げられない。
すると若い現場作業者は「センサーが異常を検知していないなら大丈夫」と考えてしまい、卓越した現場観察力を学び・継承しなくなります。
この循環が進むと、「五感による早期発見」「経験値の共有」という、昭和から平成まで脈々と続いた現場力が徐々に希薄化していきます。
アナログ文化が根強く残る背景
多くの生産現場は、まだまだ人手による観察や「肌感覚」に大きく依存しています。
設備導入は部分的で、予兆保全に必要なセンサーやネットワークの網羅率も十分とは言い難いのが実態です。
そこで働く人々は、デジタルの世界を補完するものとして、自分の感覚を大事にしてきました。
予兆保全が「数値で管理することこそ正しい」という風潮を強めれば強めるほど、現場感覚を支えてきた暗黙知の伝承が途絶えてしまう。
この危機感が、「五感を奪う」という強い表現につながっているのです。
技能伝承の断絶という現実
ベテラン世代が大量退職する2025年問題を迎える中、技能伝承は現場の最重要テーマです。
しかし、予兆保全を進めるあまり、問題の発見・対処の経験が若手の「体験」として得られなくなり、チェックリストやシステム上の指示だけで現場を運用しがちです。
これでは「現場対応力」が鍛えられず、長い目で見れば重大なリスクをはらむことになるでしょう。
予兆保全は本当に五感を“奪う”のか?
デジタルとアナログ「二項対立」ではない
たしかに、予兆保全の進展によって、これまで現場で育まれてきた五感や現場勘が相対的に軽視される危険性はあります。
しかし、本当に「現場の五感すべてが不要になる」のでしょうか。
現実には、予兆保全で扱われるのは「一定以上の技術で定量化できる異常や予兆」のみです。
人間が感じ取る、数値化できない違和感や異常現象(機械の軋み、微妙な振動や匂い、連携する工程の雰囲気の変化)は、依然として現場の五感が威力を発揮する領域です。
むしろ、予兆保全をうまく現場に根付かせるには、「データに表れない異常や問題を人が発見し、データに還元していく」というサイクルが不可欠です。
デジタルとアナログ、「二項対立」で捉えるのではなく、相互補完的に活用していく視点が重要です。
AI・IoT時代の「現場力」の本質とは
機械任せ、システム任せになればなるほど、「自分の目できちんと見て、異常を感じ取る」姿勢はむしろ重要性を増します。
なぜなら、センサー類が「想定外の異常」に対しては検知不能あるいは誤報となることもあるからです。
また、異常兆候が出た際、現場で瞬時に状況を判断し対処する「応用力」や「独自の判断」は、現場の五感に基づく経験と知恵に他なりません。
予兆保全を導入するなら、むしろ「なぜこのセンサー値が変化したのか」「本当に異常なのか」など、データの裏打ちを現場の目で確認し、現場知識で解釈する能力を伸ばす必要があるのです。
どうすれば「現場の五感」と「予兆保全」を両立できるか
デジタル×五感の「ハイブリッド現場力」へ
理想的には、予兆保全=データ駆動型メンテナンスと、現場五感=人間駆動型リスク察知、双方を結びつけることです。
たとえば
– センサー異常時は必ず現場でも確認する運用ルールを作る
– 日常点検で現場の「違和感」を記録に残し、共通の改善題材にする
– ベテランが感じ取る「ちょっとした変化」もデータと照らし合わせる
– 全社的な教育で「データに頼るだけでなく自分の五感で確かめる」ことを重視する
こうした工夫が、AIやIoT時代に求められる「新しい現場力=デジタル×五感のハイブリッド」を生み出します。
技能伝承の新しいカタチ
技能伝承にはOJTや現場教育だけでなく、現場五感で得られた経験知をデータやノウハウとして可視化・共有していく仕組みが重要です。
これまで「何となくわかる」「体で覚えろ」で片付けていたことを、若手にも伝わる形で記録し、デジタルツールに残す事例も増えています。
また、異常の発見や問題の仮説を現場とIT部門が協働し、現場発の改善活動に落とし込めば、技能伝承と予兆保全の両輪を強く回すことができます。
バイヤーやサプライヤーが知るべき「現場五感」の価値
現場五感が維持されている企業は、不測のトラブル時にも現場から迅速なフィードバックや臨機応変な対応が期待できます。
これはサプライヤーの安定供給力や、バイヤーによるリスク管理体制の信頼性にも直結します。
一方、予兆保全の導入にとらわれ過ぎて現場感覚や柔軟性が失われると、本当の意味での「現場主導型モノづくり」は弱体化します。
バイヤーやサプライヤーも、「見えないリスク」に敏感になり、現場力への理解や現場五感も評価基準に加える時代です。
まとめ
予兆保全が現場の五感を奪う。
この指摘は、新旧の価値観がせめぎ合う製造業ならではのリアルな現場問題です。
IoT・AI技術を積極的に取り入れ「止まらない工場」を作ることは時代の要請ですが、同時に現場の五感や経験知を無価値化しない運用・制度設計が不可欠です。
人的感覚の蓄積と、デジタルツールを結び付けたハイブリッド現場力こそ、今後のモノづくり企業を真に強くし、バイヤーやサプライヤーにとっても大きな競争力となるでしょう。
製造業の発展とは、常に新技術と現場人間力の共進化の歴史でした。
この二つをつなぐ知恵こそ、令和時代のものづくり現場に最も求められるものです。