投稿日:2025年12月15日

欠品と過剰在庫を同時に抱える“あり得ない状態”がなぜ起こるのか

はじめに ― 現場経験からみえる欠品と過剰在庫の実態

製造業の現場に身を置いてきた方なら、一度は「欠品」と「過剰在庫」が同時に発生するという“あり得ない状態”に頭を抱えた経験があるのではないでしょうか。

本来、在庫管理の目的は需要(生産計画・販売計画)に応じ適正な数量を確保し、コストやリスクを最小化することにあります。

欠品は顧客の信頼を失い、機会損失や特急対応コストを発生させます。

一方の過剰在庫は資金繰り悪化や保管スペース圧迫、減価・陳腐化による損失に直結します。

それにもかかわらず、なぜ互いに矛盾しそうなこの二つが同時に起きてしまうのでしょうか。

その背景には多層化したサプライチェーンの構造的な課題や、業界固有の商習慣、組織間連携の希薄さ、昭和的な職人文化から抜け出せていないアナログな現場対応など、さまざまな要因が潜んでいます。

この記事では、現場でヒリヒリとした危機感とともに体感してきた実態とともに、業界共通の課題、そして解決への糸口について深く掘り下げます。

なぜ起きる?「欠品」と「過剰在庫」同時発生のメカニズム

仕入部門と生産部門、購買部門の分断

まず大きな要素として、購買・調達部門と生産・工場部門の間の「連携の不十分さ」があります。

たとえば、購買部門は安定供給確保や単価交渉など“守り”を重視し、大量一括購入で単価を下げたり納期リスクを回避しようとする傾向があります。

一方、生産部門は高効率・ジャストインタイム(JIT)の生産スケジュールに基づき、必要な時に必要な分だけの在庫を求めます。

両者が十分な情報共有や目的のすり合わせをせず、それぞれ個別最適を追い求めた結果、本当には必要のない部品だけが過剰に積み上がり、本当に必要な部品は欠品するという事態が発生するのです。

属人的な需要予測と“伝票主義”

需要予測の正確さが左右する在庫管理ですが、今も多くの現場では過去実績だけをもとにした「勘と経験と度胸(KKD)」に頼るケースが少なくありません。

昭和の時代から続く“伝票主義”によって、現場と事務が数字の帳尻合わせ中心で動くため、変動する市場や取引先の状況に機敏に対応できません。

また、業務フローが依然として紙ベースやExcel管理という現場では、タイムリーな実在庫把握が遅れ、二重・三重の発注やストック過剰が常態化します。

“見える化”不足のサプライチェーン全体最適の難しさ

さらに、日本の製造業は多層的な系列サプライヤー構造のもと、一次・二次・三次と階層が下るほど、在庫情報や需要予測情報の共有・可視化が遅れがちです。

ある部材Aが一次で不足し“欠品”アラートが出ても、別の非重要材Bやリピート率の低い専用品Cは現場判断で“保険在庫”として多く抱えることが常態化しています。

重要度や使用頻度による部材ABC分析などの在庫適正化手法が徹底されていない場合、「使わない(動かない)在庫=過剰」と「直近で必要な在庫=欠品」が混在したまま、現場では問題が放置されてしまいます。

“リスク回避型”発注の連鎖と根づく「責任の分散」

リードタイムの長い海外調達品や調達リスクの高い半導体などの部材では、「とにかくリスクを回避したい」という思いから、多め多めの発注が常態化。

同時に「欠品は絶対に避けろ」という KPI(評価指標)や社内プレッシャーが強い環境では、“安全在庫”を積み増す風土が染み付いています。

こうした“リスク回避型”発注が各部門・各階層で重なり合い、納期優先・評価逃れの心理や責任の分散が「過剰在庫」を生み出しつつ、「本当に必要なもの」では現場ともに意思疎通ができていないため「欠品」が起きる――最悪のパターンに行き着くのです。

実録!現場で見た“あり得ない状態”の典型例

事例1:用途似通った部品A・Bの管理ミス

ある工場では、一見用途が似ているA部品とB部品を別々の担当班が管理し、それぞれ個別に発注していました。

需要予測や生産スケジュール調整も部門ごとにバラバラだったため、A部品だけ無駄にフル在庫、B部品だけ品切れという事態が頻発。

現場作業者はAの在庫を横目にB不足でライン停止寸前、やむなく高額な特急手配を繰り返すという本末転倒な状況に陥りました。

事例2:系列サプライヤー間の“隠し球”在庫

下請けレベルの部品調達では、サプライヤーごとに「もしかしたら…」の備蓄在庫(余剰品・返品可能在庫)が社内で黙認され、公式帳簿では“欠品”、実態では“過剰在庫”というねじれ構造が発生しました。

倉庫で発見された大量の死蔵部材と、フロント現場の部品不足による納期遅れが同時進行で、経営陣から「一体なぜ?」と徹底調査命令が出されたのは記憶に新しいところです。

事例3:生産計画の頻繁な変更と柔軟性のなさ

市場変化への即応性を重視するあまり、生産管理がこまめに計画を変えた結果、部品手配の進行と生産現場での使う順番にズレが生じました。

調達リードタイムの長い部材は、キャンセルできずに倉庫の肥やしに。

一方で急遽必要になった短納期部材は発注間に合わず欠品、現場から悲鳴が上がりました。

この現場では、柔軟に変更できる部材とそうでない部材とを“見える化”できていなかったことが根本要因でした。

欠品・過剰在庫を防ぐために必要な現場発の改革とは

購買・生産管理・品質管理の“壁”をなくす

特に重要なのは、「現場・購買・生産管理、品質管理、それぞれの部門が同じKPIでつながること」です。

全体最適化の視点で、現場のニーズ、資材の在庫動向、外部環境リスク等を現場工数の見える化やERPなどのITツールを活用して共有しましょう。

“あり得ない状態”の芽は部門の縦割り構造から生まれやすいため、日次/週間単位で小さくても意思疎通・フィードバック・見える化会議を徹底することが効果的です。

サプライチェーン全体の協調とABC分析の再徹底

在庫最適化を進めるうえで基本となるのがABC分析です。

過去に導入したものの形骸化しているなら、再度現場に即して分類し直しましょう。

A品目(最重要品)は優先的に在庫確認と需要予測精度向上を図り、B・C品目はサプライヤー協業で共同持ちや納期の標準化など横の連携を図ります。

多層サプライヤーの情報を早期に集められる仕組み化(EDI利用や情報共有プラットフォーム作り)が後手に回れば、これまで通りの“あり得ない状態”が再発するでしょう。

現場の声とデジタルの力を両立させる

多くの現場では“IT化は苦手”という意識の壁があります。

しかし、今やIoTやAI、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などのツールで在庫情報や生産進捗を自動収集し“ダッシュボード”で瞬時に把握できる仕組みが広まっています。

その一方、最終的な小さな気づきやイレギュラー対応にはベテラン現場スタッフの経験的な直感も必須です。

現場勘とデジタルデータ、両者の強みを融合したハイブリッド型の管理体制が理想的です。

バイヤー・サプライヤーの立場別アドバイス ― それぞれができること

バイヤー(調達担当)は“自分だけ最適”からの脱却を

責任を負うがあまり身を守る発注ばかりにならないよう、現場の実態(今何が・どのくらい使われているか)をしっかりヒアリングしてください。

また、サプライヤーとの情報共有を通じ、共通の納期感覚を作ることうろ覚え発注や“保険”の積み重ねをしないためのルール制定などが有効です。

サプライヤーは“顧客の現場プロセス理解”に努める

上流となるバイヤーの計画・品質要求・急な納期変更の背景についてもできる限り理解し、在庫情報や調達リードタイムのタイムリーな提示・協議を提案しましょう。

また、“この部品は必ずしも安全在庫が不要”など、自社から能動的に現場適正化策を打ち出せば、差別化にもつながります。

まとめ ― “あり得ない状態”が起こる本質と、明日へのヒント

欠品と過剰在庫が同時に発生する背景には、人・組織・仕組み・習慣、それぞれの壁があります。

どんなにシステムやルールを刷新しても、現場一人ひとりの「作業を止めない」「責任を丸投げしない」という意識変革がなければ根本解決には至りません。

いま製造業を支える私たちは、昭和の成功体験を引きずるのではなく、ラテラルシンキング(横断的・多面的思考)によって、“モノの見方”を常にアップデートしていくことが求められています。

現場と部門、企業とサプライチェーン、ITと人の知恵、そのすべてが交じり合うことで、初めて“あり得ない状態”に終止符が打てるのです。

次なる時代を切り拓く、実践的なチャレンジを今日から一歩踏み出しましょう。

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