投稿日:2025年6月17日

感性の見える化・定量的データ解析と製品開発への応用・事例

はじめに:感性と製造業の関係性を考える

製造業の現場では、長らく「定量データ」が絶対的な指標とされてきました。

生産数や品質異常率といった数字で表現できるデータを基に、合理的な判断が下されてきたのは紛れもない事実です。

しかし、現代の市場ニーズは「ものの性能」だけではなく、「使ったときの心地よさ」「デザインの美しさ」など、いわゆる「感性」領域にまで広がっています。

この感性の見える化—すなわち、感性的価値を数値化し、定量データとして製品開発に活かす取り組み—は、今や差別化戦略の重要な柱です。

昭和の高度経済成長期に築かれた「大量生産・高品質=競争力」という方程式だけでは立ち行かない時代。

データ解析技術が進化し、消費者の価値観が多様化した今、製造現場も“感性”という新たな武器を手に入れる必要がでてきました。

本記事では、感性を定量的に解析し、製品開発へと応用した事例や業界動向を、現場目線でわかりやすく紹介します。

感性の「見える化」とは何か? 製造現場からの視点

なぜ「感性」を見える化する必要があるのか

従来の製品開発現場では、「ベテランの判断」「市場の声」などが重視されてきました。

良い例えは、「手触りがなんとなく心地よい」「デザインのバランスが美しい」などの“なんとなく”に頼る現場の勘です。

しかし、経験値や五感に頼った製品開発には属人的なリスクや再現性の低さという課題がありました。

たとえば、工場長クラスのベテランが引退したあと、「なんとなく」の部分を再現できずに評価基準がブレてしまう。

感性を“見える化”することで、この属人化の壁を突破し、誰もが共通の評価軸で議論・試作・改良を進められます。

また、取引先や消費者とのコミュニケーションも、定量データを根拠に進められることで説得力が格段に向上します。

「感性の数値化」って具体的には何をするのか?

一言でいうと、消費者が感じる心地よさ、デザイン性、使いやすさ、カッコよさ、安心感などの“感性”を、科学的な手法やアンケート、デジタルセンサーなどを活用して数値として数え上げることです。

たとえば以下のようなものがあります。

  • 五感に関する評価(触感・香り・音・色の鮮やかさなど)をアンケートや心理学的尺度で評価
  • 眼球運動トラッキングで“見やすい”デザインの要素を解析
  • 生体センサー(脳波、心拍変動)によるリラックス度やストレス値の測定
  • AI画像解析によるデザイン好感度の大量集計

この結果を点数化、ランキング化、偏差値化などして、具体的な開発指標や顧客への提案資料に活用します。

感性データ解析のための主な手法とテクノロジー

アンケート・心理的尺度法:現場で今すぐ始められる「感性評価」

もっとも導入しやすいのは、製品の試作品に対して複数人でアンケートを行い、その数値を統計的に分析する方法です。

代表的な指標として、「SD法(セマンティック・ディファレンシャル法)」があります。

たとえば「やわらかい—かたい」「明るい—暗い」といった両極の尺度で、各項目を1から7、あるいは1から5といった数値で評価してもらいます。

これを集計すれば、どの試作品が“最も心地よい”か“最も親しみやすいか”といった相対比較ができます。

特に現場では、製造ロット変更・素材変更時の影響確認や、新作と旧作の差異抽出などにも有効です。

生体データの活用:脳波・心拍・表情解析

近年はウェアラブルセンサーやAIカメラの普及で、「本当に心が動かされているか」を客観的に捉えやすくなりました。

たとえば脳波計や心拍センサーを被験者に装着し、製品を手にしたときの「リラックス度」や「ワクワク感」を計測します。

また、AIによる表情解析技術を使い、製品プレゼン、ユーザーテスト時の好感度/違和感の変化を数値化する事例も増えています。

工場見学や現場研修でもこれを使い、現場スタッフ自身の安心感・ストレス度合いの“見える化”に応用している先進メーカーもあります。

大規模AIデータ解析によるユーザーの感性解析

画像生成AIやSNSデータ収集・解析技術の発展によって、数万人規模の消費者の好みや感性的認識をパターン化することができる時代です。

たとえばSNSで「かっこいい」「イケてる」と高評価されている製品や画像をAIで分析し、特徴的な形状や配色、デザインパターンを抽出。

これらを新製品デザインやカタログ制作の指針として活かすことで、感覚的センスだけに頼らないヒット商品の開発が可能になっています。

製品開発・現場改善への感性データ活用事例

自動車業界:ドアの“音”が購入率を変える

一見マニアックな話に思えるかもしれませんが、自動車業界では「ドアを閉じるときの音」の設計に膨大なリソースが割かれています。

現場では、試作車のドアの閉まる音を高精度な防音室で録音し、どの“音質”が高級感や安心感につながるかを数値評価します。

その際、被験者には「心地よさ」「重厚感」「上質さ」などの尺度で点数付けをしてもらい、音圧や周波数特性とクロス集計。

これにより、車種コンセプトに応じた最適な「ドア音」を生み出しています。

また、その数値データを根拠とし、材料選定~製造工程~品質管理まで“感性品質”として一貫管理できるようになりました。

日用品業界:化粧品キャップの開けやすさの定量化

家庭用品や化粧品メーカーでは、「キャップの開け心地」さえブランドイメージの根幹にかかわる要素です。

従来は、現場での手作業テストや「これは開けやすい」「ちょっと固い」といった属人的評価が主流でした。

現在は人間工学センサーや圧力センサーを活用し、どれだけの力で何秒で開封できるかを測定。

加えてアンケートにより「ストレス度」「開封時の達成感」「安心感」などを数値化し、独自の“開け心地指数”を策定しています。

このような指標の設定によって、設計変更や外注先選定の判断も論理的にできるようになりました。

家電業界:デザイン好感度のAI解析活用

家電業界では毎年デザイン刷新が求められますが、「どんな色・形の製品が“ヒットする”のか」は担当者にも大きな悩み。

そこで大手メーカーでは、販売済み家電や競合商品、インフルエンサーのレビュー画像などを数万点単位で収集。

AI画像解析を用いてデザインの傾向(たとえば丸み比率、色の構成、ツヤの有無など)をデータ化しています。

さらにユーザーアンケートの好感度スコアと紐づけて解析し、「今“刺さる”デザイン要素」を社内の共通言語とする仕組みを構築。

これにより、品質・性能面はもちろん、感性価値まで数字で語れる“グローバル勝負”ができるようになりました。

感性定量化導入時の現場課題と工夫

データが現場に浸透しない理由

正直な話として、現場では「今さら感性の数値化だなんて」と抵抗を感じるスタッフも少なくありません。

たとえば昭和の職人気質が強い現場では、データより“長年の勘”が優先されることもあります。

また、初期段階では「どんな数値を取ればいいのか」「業務負荷にならないか」などの不安もつきものです。

現場浸透のポイント:小さく始めて“成功体験”を共有する

まずは、現場の日々の業務の中で「すぐできること」「比較しやすいこと」から始めるのがコツです。

たとえば、「新旧部品の触った感覚を3項目だけスコアで比較してみる」。

あるいは「ユーザー試作会でアンケートを一枚加える」といった、小さな実践から成果を蓄積。

この成果を社内で“見える化”し、「こんなに違いが出た!」「データで根拠が語れた!」という成功体験を現場共有の場でフィードバックしましょう。

これにより、スタッフの納得度や自信が高まり、“感性定量化”の輪が徐々に広がっていきます。

バイヤーやサプライヤーにも広がる感性の見える化

調達・購買現場での感性データ活用シーン

部品・原材料の調達においても感性データが差別化武器になります。

たとえば、多数サプライヤーから似た提案が来ている場合、価格だけでなく「心地よさ」「使い勝手」などの感性値で選定基準を設けることができます。

比較評価資料に「このサプライヤーはグリップ部の“滑りづらさスコア”が高い」などと数値的根拠を付与できれば、社内外の合意形成もスムーズです。

また、バイヤー自身が感性定量化の知見を持つことで、より戦略的なサプライヤー交渉・ものづくり提案が可能になります。

サプライヤー側から見た「感性提案」

供給側サプライヤーにとって、「これからの時代は価格・納期・品質だけじゃない!」と気づく良い機会です。

自社製品・部品の「感性魅力度」や「ユーザー高評価ポイント」をデータ化し、可視化した提案資料をつくることで、他社との差別化要素になります。

たとえば、単なる寸法・物理性能だけでなく「手触りの“やわらかさスコア”」「開封時の“静音性”」などを提示する。

これにより、ユーザー企業やバイヤーの“プラスアルファ”ニーズに応え、長期的な信頼関係構築に結びつきます。

今後の製造業に求められる「感性×データ」の視点とは

感性の見える化と定量データ解析は、もはや一部のデザイン部門や企画職だけのものではありません。

現場のものづくり、調達購買、品質管理、現場改善…あらゆる部門で「違いを生み出す武器」となりつつあります。

昭和時代の“右肩上がり”の成長モデルを乗り越え、付加価値経営にシフトする今。

データ解析やAIが日進月歩で進化する一方、現場の“勘”や“肌感覚”を活かすラテラルシンキングこそが、企業の新たな競争力につながるのです。

まとめ:まずは現場から「小さな見える化」を始めよう

感性を数値で捉え、製品開発や現場業務、購買・調達、サプライヤー提案へ応用する。

この一歩を踏み出すことで、属人的な“勘”や“なんとなく”が、再現可能な共有財産へと変わっていきます。

デジタル技術と、人の感性・直感を掛け合わせることで、これまでにない競争優位をつくり出すことができるでしょう。

ぜひ今日から、目の前の“もの”“作業”“提案”の「心地よさ」「安心感」「魅力」を“見える化”する意識で、新たな実践を始めてみてください。

製造業の進化のために、現場の知恵と感性、そしてデータの力を活用していきましょう。

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