感性感覚の計測技術と商品開発への応用

はじめに：なぜ今「感性感覚の計測技術」が注目されるのか

製造業では「作りやすさ」や「コストダウン」ばかりが重視されがちですが、近年特に自動車・家電・日用品を中心に、「触感・音・におい」などの“感性品質”が商品選択の決定打になる場面が増えています。

昭和から続く伝統的な製造現場では、「勘と経験」が感性的評価の主流でした。
しかし、市場のグローバル化、DX（デジタルトランスフォーメーション）、多様化する顧客価値の中で、感性評価を「見える化」し、工学的に数値で表して裏付ける技術——すなわち「感性感覚の計測」が、企業の差別化戦略にとって欠かせぬ武器となりつつあります。

この記事では、感性感覚の計測技術の最新動向と、バイヤー・サプライヤー双方の立場から見た商品開発・ものづくり現場への応用について、20年以上の現場実務経験をもとに深掘りします。

「感性」とは？ ものづくり現場での本質的意義

製造業の「感性」とは、人間が製品やサービスに触れたときに感じる「気持ちよさ」「親しみやすさ」「違和感」など、数値化しにくい評価項目です。

例えば、自動車のドアの閉まる「音」や、家電のボタンを押したときの「手ごたえ」、プラスチック製品の「肌触り」がそれに当たります。

従来は、不具合検査ラインや設計・開発現場で、ベテラン社員が「自分の感覚で」評価する文化が主流でした。

しかし、その人独自の主観に左右され、「品質のバラつき」「社内外での認識違い」など、標準化・改善活動の障壁となっていたのが現実です。

また、「使い方が分かりにくい」「なんとなく買う気にならない」「事務的で冷たい印象を受ける」といった無意識のマイナス印象も、売上・ブランド価値に大きな影響を及ぼします。

感性感覚の「計測」と「定量化」が、重要性を増してきた理由がここにあります。

最新技術で何が出来る？ 感性感覚計測の主な手法と事例

1）生理計測：脳波・視線・脈拍などで“本音”を捉える

近年では、脳波（EEG）、視線追跡（アイトラッキング）、脈拍・皮膚反応（GSR）などを用い、「ユーザーが本当にどこで“快・不快”を感じているか」を科学的に測定できます。

自動車メーカーでは、運転時の安心感や不安感をドライバーの生理反応で分析し、安全装備の進化に役立てています。

また、家電業界では、初見ユーザーがどの表示に注目するか、どこで操作に迷うかをアイトラッキングでチェックし、ユーザーインターフェース（UI）設計に反映させています。

2）物性計測： “音・触感・振動”を数値で可視化

工場現場では、これまで「心地よい音」「カチッとした手応え」と曖昧に表現していた感性品質も、騒音計・加速度センサー・触覚センサーなどの機器導入で、物理量としてデータ化できます。

例として、自動車の高級車ドアを閉めるときの「重厚かつ滑らかな音」を目指して、数百回に渡る録音＆解析を繰り返し、物性値（時間軸での音圧変化カーブなど）と官能評価（人間の心地よさ感覚）を紐付ける開発が進んでいます。

3）感性情報工学：AI活用によるパターン発見と予測

近年は、分析した膨大な感性データをAIや機械学習にかけることで、「どの属性のユーザーが、どんな振動/音/視覚的特徴に反応しやすいか」や、「購入意志決定に繋がる感性的要素は何か」まで割り出せます。

サプライヤーが提案する試作部品でも、「この表面仕上げで女性ユーザー20〜30代の人気が上がった」「老人ホーム向けには、ボタンの押し心地をもう少し柔らかくすべき」など、バイヤーに対して説得力のある定量的議論ができるようになっています。

アナログ現場がぶつかる課題とその突破口

昭和的な現場では、最新機器やAIの導入に抵抗を覚える方も少なくありません。
「うちは熟練メンバーの勘で十分」「お客様の声を聞けばいい」という声も依然として根強いです。

しかし、現代は商品のライフサイクルが短くなり、グローバル競争下で「個性」と「再現性」が同時に求められる時代です。
属人的な感性では「バラつき」や「次世代への伝承」が難しく、現場力の維持・継承には限界があります。

突破口として有効なのが「現場起点の小さな実験」と、「アンケート＋計測」のハイブリッド活用です。

例えば、社内で新旧社員の官能評価とAI分析結果を突き合わせ、小さくデータを蓄積し、「思い込み」と「本当の顧客志向」のギャップを“見える化”します。

これを“改善サイクル”に組み込むことで、経営層にも納得感が伝わりやすくなり、少しずつ社内文化を変革する土壌が生まれます。

感性計測が導く未来志向の商品開発戦略

マーケティング×情報技術×現場感覚の融合

これからの日本の製造業は、単なる大量生産や激安品では世界で勝てません。
いかにして、ユーザー個々の「ちょっとした心地よさ」「こだわりポイント」を掘り起こし、その実現をサプライヤーと一体化して提案型で商品化できるかが勝負です。

マーケティング部門が引き出した“ことば”にならない顧客価値を、技術部門が物性データとして「再現→標準化→量産化」する流れを作るためにも、感性感覚の計測技術は橋渡し役となります。

多品種・短納期・高品質時代こそ「感性標準化」

“昭和のブランド伝説”は一部の匠の感覚に頼る面がありましたが、これからは「誰がどこで作っても同じ心地よさ・期待値」が求められます。

現場の「作り慣れたやり方」や「合理化一辺倒の設計」が、バイヤーとサプライヤー双方の納得を阻んでいることが少なくありません。

感性計測技術を使って、「どんな状況でも一定以上の感性品質」を担保すれば、真の意味でのサプライヤーの付加価値提案、バイヤーの戦略的調達が進みます。

DXと現場力の真の融合へ

「デジタル化」「AI化」と叫ぶ一方で、現実には現場の細やかな努力やノウハウが消えがちな危うさも顕在化しています。
感性計測＋現場知見の両輪で、新しいものづくり文化を築く。
それが、昭和から令和へ、今も強く根付く“現場力”の精神を現代流にアップデートする唯一の道です。

バイヤー・サプライヤー双方の視点で考える“実践導入”ポイント

バイヤー目線での活用ポイント

– サプライヤー選定時、「感性品質」の明確なスペックインに活用（エビデンス型調達）
– 製品差別化やブランド強化、新市場への提案型開発の強化
– 社内の部門間認識の“見える化”によるレスポンス高速化、プロジェクトQCD向上

サプライヤー目線での応用ポイント

– 価格競争のみでなく、感性データ・ユーザー評価データを提案資料に盛り込むことで、他社との差別化
– トラブル時に「主観」の対立を避け、再発リスクの未然防止・技術力アピールに活用
– バイヤー側「感性観点ニーズ」を先回りした新商品・新技術の提案活動

現場への落とし込みの具体策

– 官能評価訓練＋計測データのペア活用による「勘」の強化→若手教育や技能伝承にも有効
– 「社外ユーザー参加型」感性評価会の開催で、現場メンバーの気付きを醸成
– サプライチェーン全体での標準化目標の設置

まとめ：感性感覚×計測技術が切り拓く製造業の新たな地平

感性感覚の計測技術は、過去の「勘と経験」×「最新の科学的データ」の融合によって、令和時代の日本製造業に新たな競争力をもたらしつつあります。

バイヤー、サプライヤー、現場すべての立場で「感性品質」を共通言語に据え、差別化と再現性を両立できる一歩先のものづくりを実践しましょう。

積み重ねてきた現場ノウハウの良さを活かしつつ、最新技術で組み上げる製造現場。
その地平線の先には、真に個性的でありながら世界品質の「ジャパンプロダクト」が待っています。