投稿日:2025年6月28日

製品開発を加速する疲労強度設計基礎と応力集中寿命予測演習ハンドブック

製品開発と疲労強度設計の重要性

製造業の現場では、日々数多くの新製品が開発されています。
しかし実際の製品開発現場では、設計における「疲労強度」や「応力集中」に対する知見不足や、その実務的な扱いが後回しにされるケースが少なくありません。
昭和の時代から継承されてきた“勘と経験”に頼るアプローチが根強く残っていることが一因です。

ですが、グローバル競争がますます厳しさを増す中、いまや疲労強度設計の体系的な把握と、応力集中に基づく寿命予測の実践は、製品品質のみならず納期短縮・コスト圧縮にも直結する重要テーマとなっています。
本記事では、現場目線の実践ノウハウと、最新理論を踏まえた疲労強度設計・応力集中寿命予測の基礎について、分かりやすく解説します。

疲労強度設計とは何か

疲労強度の基本概念

疲労強度設計とは、繰り返し荷重を受ける部品や構造体が、何サイクルの使用で壊れるか(つまり“何年もつか”)を予測し、安全かつ効率的に製品寿命を保証するための設計手法です。

金属材料であれば、材料そのものの強度データ(S-N曲線)や、亀裂進展特性(ΔK、da/dNなど)が設計作業の基礎となります。
材料の疲労破壊は、たとえ荷重レベルが降伏点よりかなり低くても、長期間の繰り返し応力(サイクル荷重)を受けたとき、極めて微細な亀裂の発生・進行を経て、ある日突然破壊に到達することが最大の特徴です。

なぜいま疲労強度設計が重要なのか

現代の製造業では、製品の小型・軽量化、高性能化が進み、設計マージンはどんどん削られています。
従来の「安全率を3倍かけておけばOK」という考え方は、コストや資源の無駄につながるばかりか、昨今の脱炭素・省資源化の流れにも逆行します。

さらに、製品がグローバルに流通する現在では、各国・各産業の厳しい品質基準にも適合しなければならず、顧客からの信頼確保には、定量的な疲労寿命の裏付けが欠かせません。
疲労強度設計は、単なる“現場の常識”から、時代に適応した“勝ち残るための戦略的技術”へと進化しています。

応力集中と製品寿命予測の実践

現場で頻発する応力集中の実態

設計上の理想モデルでは一定応力と考えた部材でも、実際の製品には必ず「応力集中部位」が存在します。
たとえば、ボルト穴、キー溝、溶接ビードや鋭角なコーナーなどは、応力が周辺より局所的に大きくなる典型例です。

製図の際には気づきにくく、実物を量産してから「ここが裂けやすい」「なぜか早期破損する」といったトラブルが現場の“あるある”として頻発しています。
古い世代の現場では「ここは俺のカンで少し分厚くする」といった対応で済ませていましたが、今やそれだけでは品質とコストの両立が困難です。

応力集中係数とは何か

応力集中部の強度評価の指標として、「応力集中係数(Kt)」があります。
Ktは、理論応力に対して、その部位の最大応力がどれだけ大きくなるかを示したもので、形状や寸法により自動的に決まります。

図面段階で応力集中係数を簡単に見積もるための市販ハンドブックや、シミュレーション(FEA:有限要素解析)の普及により、設計段階からKt影響を考慮することが強く求められます。
また、疲労の場合は材料辺の表面粗さ、残留応力、面取りの有無等を加味した「疲労応力集中係数(Kf)」も重要な評価指標です。

応力集中を抑える設計のポイント

応力集中を軽減する設計にはいくつか定石があります。
ラウンド付与(コーナーR)、穴端の拡大、仕上げ加工による面粗さの低減、ショットピーニングや表面処理といった表面強化、さらには荷重の伝達経路を分散化する構造の工夫などです。

また、量産品では工程上どうしてもバラツキが伴うため、設計マージンを正しく見積もる上でも応力集中対策は欠かせません。

寿命予測のための実践的アプローチ

古典的手法:S-N曲線と安全率の考え方

もっとも基本的な疲労寿命予測法は、材料データ(S-N曲線)と製品部位の応力値を照合するものです。
例えば、部品の想定応力サイクル数(10万回?1000万回?)と、試験データから得られた破壊応力値(疲労限度)を組み合わせて、必要とされる寿命を確保できるかを検証します。

現場では、材料メーカーの供給データをそのまま使うのではなく、加工工程や使用環境条件(日常運転温度、腐食雰囲気、振動負荷など)による低減係数も考慮しましょう。

進化した予測技法:累積損傷理論

単一サイクル荷重だけでなく「フルスペクトラムの複雑な荷重波形」「多段階荷重」「ミッションプロファイル」等に対応するため、パルムグレン=マイナー則を活用した累積損傷理論が現場では重宝されています。

これは、異なる荷重レベルによる繰り返し応力ごとに「破壊までの残り寿命」を加算(累積)していき、「累積1に達した時点が破壊」とみなす簡便法です。
正確な評価には荷重履歴の把握や計測データ分析も必要ですが、実務ではエクセル管理やシミュレーション自動化による省力化も進んでいます。

AI・デジタル解析の最前線

最近ではCAE(コンピューター支援工学)ツールやAI解析技術を組み合わせて、応力挙動・寿命予測を高精度かつ短時間で実施する動きも活発化しています。

特にFEM(有限要素法)で構造全体の応力分布・変形・破損リスクを可視化し、弱点部位に重点的な設計最適化や材料選定を連動させる事例が増えました。
データサイエンティストやエンジニアリング部門との連携も今後のカギとなるでしょう。

バイヤー・サプライヤー視点の実務的意義

バイヤー(調達担当)に求められる観点

昨今、バイヤーには「単なる価格交渉」ではなく、部品・材料の“品質と信頼性”に対する深い理解が求められています。
サプライヤーからの技術提案(設計変更案や新工程案)を評価する際も、疲労強度・応力集中・寿命設計の理屈とリスク判断力は不可欠です。

性能保証書・FMEA(故障モード影響解析)・寿命試験データ等の裏付けをどう読み解き、工場現場の“肌感覚”とすり合わせつつ最適な選択につなげるか。
この現場重視の力が今後ますます強く求められるでしょう。

サプライヤーはバイヤーの「何」を理解すべきか

一方で、サプライヤー側には「単に言われた通り作る」だけではなく、バイヤーが何を最も恐れ、何を期待しているか、その本音理解が大切です。
納入仕様の形骸化ではなく、「この構造では疲労強度にどんなリスクが想定されるか」「設計をどうすれば最小コスト・高寿命に寄与できるか」を提案型で示すことで、高評価と信頼構築につながります。

シンプルな図面要求事項の裏側に隠された「市場での製品不具合リスク」や「設計マージンの読み違え」まで洞察する、これがプロサプライヤーへの第一歩です。

古き良き現場文化と最新アプローチの融合

古き良き「勘と経験」は、必ずしも否定されるものではありません。
むしろ、最前線の工場現場で“微妙な違和感”を察知し、不具合発見や事故防止に役立つ場面も多々あります。

ただし、アナログ思考だけでは「改善活動」止まりであり、設計ノウハウが属人化しやすいという弱点も抱えています。
現場からの暗黙知と、体系化された疲労強度理論・デジタル解析を融合することで、はじめて次世代の高信頼製品開発につながります。

また、現場の意見を吸い上げつつ、全社横断でノウハウを体系化するナレッジマネジメントも今後のカギとなるでしょう。

まとめ:製品開発を加速するための行動指針

疲労強度設計と応力集中寿命予測は、もはや製造業モノづくりの「隠し味」ではなく「主役」の技術です。
工具・材料メーカー、部品サプライヤー、アセンブリメーカー、いずれの立場でも以下を意識しましょう。

・「なぜ壊れるか」を設計時点で明確にし、対策を盛り込む
・応力集中・表面処理・加工バラツキ等を加味した寿命設計を実践する
・CAEやAI技術もうまく組み合わせて設計最適化を狙う
・バイヤーはリスクマネジメント型調達に徹し、サプライヤーから積極的に知見吸収する
・暗黙知の宝庫である現場力と、定量分析の技術力を両輪で活用する

製造業は、今後ますます進化していくでしょう。
今回ご紹介した疲労強度設計・応力集中寿命予測の基礎と演習ノウハウを実務で活かし、競争力ある製品開発に挑戦してください。

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