投稿日:2025年8月16日

リードタイム不確実性を航路別に分析して最適な港選定を行うトレードレーン設計

はじめに:リードタイム不確実性とは何か

リードタイム不確実性とは、調達から納品までにかかる時間が予測どおりにいかず、ばらつきや想定外の遅延が生じる現象です。

グローバル化が進む現代の製造業では、材料や部品の調達において世界各地のサプライヤーと取引することが当たり前になりました。

それに伴い、複雑化・長大化するサプライチェーンの中でリードタイムの正確な把握が一層重要となっています。

しかし現実には、天候・社会情勢・港混雑・コンテナ不足といった予測困難な要因によってリードタイムに大きな不確実性が発生しており、安定的な生産管理や最適な在庫コントロールを困難にしています。

この「リードタイム不確実性」と日々向き合っている現場担当者は多いはずです。

その打開策を探る一つのアプローチが、航路(トレードレーン)ごとの分析をもとに港(ポート)の選定を最適化することです。

この記事では、トレードレーン設計とその実践のポイントを現場目線で掘り下げて解説します。

トレードレーン設計の重要性

「なんとなく決定」から「科学的選定」へ

多くの日本企業の調達現場では、過去の経験値や慣例に基づいて仕向け港や航路を決めてしまうケースが珍しくありません。

とくに昭和のやり方、その延長にある「慣習」は今なお製造業の現場に強く根付いています。

そのため、最新の物流インフラや港の混雑度、航路別の実際リードタイムといった「定量的な観点」で定期的に再評価することを怠りがちです。

ですが、VUCA時代——つまり変動性、不確実性、複雑性、曖昧性に満ちた今、「なんとなく」の選定では事業継続性や顧客満足を維持するのは困難となっています。

トレードレーン設計は、リードタイムの実測値や不確実性データを元に「最適な港・航路」を科学的に選び直し、ビジネスリスクの最小化とサプライチェーン安定化を実現するための強力な打ち手です。

リードタイム不確実性の“現象”と“要因”

製造業の現場で度々目撃される事例として、同じ取引先・同じ航路なのに月ごとあるいはシーズンごとでリードタイムが大きく揺れることがあります。

主な要因には次のようなものがあります。

・出荷地や積出港の混雑
・通関・検疫手続きの遅延
・世界的なコンテナ不足
・季節要因(中国春節やブラックフライデー前後など)
・特定航路における船舶本数の減少や運航スケジュール変更
・港湾労働者のストライキや災害

さらに、多くの場合「港での待機時間」「港間のトラック輸送時間」のブレがトータルリードタイムを大きく動かす決定的な要因となります。

こうした複雑かつ多層的な不確実性に対応するためには、単にリードタイムの早さ(最短日数)を見るのではなく、「リードタイムのばらつきの特性」や「バックアップ港の活用可能性」まで設計レベルで検討することが求められます。

実践的なトレードレーンの分析手順

1. 航路ごとのリードタイム実績データ収集

まずスタート地点は<自社実績の可視化>です。

過去1年〜3年程度の出荷実績から、出発地〜仕向け港までのリードタイム(トータルリードタイム)と、各プロセス(集荷・港搬入・積載・輸送・到着・搬出)ごとの時間データを分解・収集します。

Excel管理でも、SCMシステムでも構いません。

重要なのは「最低日数」「平均日数」「最大日数」「標準偏差」などばらつきを示す指標も併せて記録することです。

2. 外部情報の組み合わせ

自社の実績データだけでなく、主要港の混雑状況・荷役能力・船社の運航スケジュール、海外サプライヤーや現地ベンダーから得られる生きた情報も組み合わせてテーブル化します。

特に、近年は港ごとにAI需要予測や混雑シグナルをウェブ上で公開しているケースも多く、そこから「港湾リスク」の可視化が可能になっています。

また、災害発生時や社会不安時の実績値もレファレンスとして有効です。

3. KPI設計:何を重視するか

例えば“平均リードタイム”をなるべく短くしたい場合、A港が最適に見えるかもしれません。

一方“リードタイム最大値のばらつきを最小化したい”(安定重視)場合、多少日数は多くてもB港の方が安定して到着する、という逆転現象は現場では頻繁に発生します。

したがって、「貴社において最も重要なKPIは何か(最短・最安・安定)」を明確にし、その判断軸に沿ってデータ比較することがカギとなります。

4. 分析結果に基づく最適な港・バックアップ港の選定

得られた分析結果から、リードタイムの平均・最大・標準偏差を一覧にして比較します。

その上で、事業全体へのインパクト・コスト・顧客側のリードタイム要求水準を勘案しつつ、「メイン港」「サブ港(バックアップ港)」の組み合わせを設計しましょう。

また、特定の季節や繁忙期にはバックアップ港へ切り替える運用フロー(ダイナミック・トレードレーン設計)も有効です。

<備考>
たとえば中国上海港から日本向けの調達の場合、慢性的な混雑が続くリスクを回避するため、寧波港や青島港も同時にルートとして確保しておく、といったアプローチが考えられます。

昭和アナログ業界に根強い“抵抗”と、突破のコツ

「今までこれで問題なかった」という心理壁

現場改革の壁の一つは、「これまでも何とかなったから大丈夫」という無意識の心理的ブレーキです。

特に港や航路の見直しは、現場担当者が継続的に関係を築いてきたサプライヤーやブッキング業者、現地フォワーダーの存在と深く結び付いています。

そのため、データ分析による最適化の提案が「現場の信頼関係を壊すのでは」と懸念され、思い切った変革の阻害要因になるケースが多いです。

また、デジタル管理の弱さ——データが散在し集計しきれない、過去帳簿(FAX・電話メモ)が今も主流、といった日本的アナログ事情も現場改善の負担を重くしています。

現場の意識改革・関係構築が打開の第一歩

逆に、「現場の実態をデータで見える化する」「現場の声・不安も集約して課題整理する」「バックアップ港利用時の不安・手順を訓練する」といった地道な活動が飛躍的な効果を発揮します。

一部の企業では、SCMや調達部門だけがクローズドで改善を進めたことで混乱が発生し、失敗するケースもあります。

サプライヤー・現地オペレーターを巻き込んだ「共創」こそが成功の戦略だと断言できます。

先進事例に学ぶトレードレーン設計の最前線

例えば欧州自動車メーカーでは、COVID-19のパンデミックを契機に「トレードレーン別リスクマトリクス」という管理表を運用し始めました。

具体的には「メイン港が24時間以内にストップした場合も、サブ港から72時間以内に出荷を再開」というBCP(事業継続計画)を標準プロセス化しているのです。

また、近年日本国内でも大手エレクトロニクスメーカーが「AI需要予測」とリアルタイム物流データを統合し、港ごとの混雑度や天候リスクを自動で反映して「毎週出荷先の港をダイナミックに切り替える」といった取り組みを加速させています。

こうした事例に共通するのは、「ばらつきの少ないトレードレーン設計」+「デジタル×現場のハイブリッド運用」というアプローチです。

日本の製造業にも必ずや応用できるはずです。

サプライヤー・バイヤー間の“真のWIN-WIN”を目指して

バイヤーの本音:品質だけじゃなく安定供給に価値がある

サプライヤーにとっては、自社製品の「Q(品質)CD(コスト・納期)」が最重要アピールポイントでしょう。

ですが、今後ますます「安定供給」「リードタイムの可視化とそのばらつき低減」こそが新たな差別化のカギになります。

より安定したトレードレーン設計を構築するサプライヤーは、バイヤーからの評価も、信頼感も格段に向上します。

バイヤーが考えていること・サプライヤーに期待すること

実際に工場長・調達責任者を歴任してきた現場目線からお伝えすると、サプライヤーに対しては次のような「安心材料」を求めがちです。

・月ごと・季節ごとのリードタイム変動幅を先出ししてほしい
・主力港が使えなくなったときの代替ルートの説明をして欲しい
・物流トラブル発生時に迅速・柔軟にコミュニケーションを取りたい

こうした情報発信を“受け身”ではなく“攻め”のツールとして使えるサプライヤーは、価格競争の世界から一歩抜きんでることができるでしょう。

まとめ:今こそ現場主体で“新しい地平線”を切り拓こう

リードタイム不確実性に真正面から取り組み、航路や港の選定を「なんとなく」から「科学的」かつ「現場共創型」へ進化させること——。

そのためには、現状データの見える化、KPIの再定義、関係先も含めた現場協業という三位一体のアプローチが欠かせません。

そして、アナログ的な業界動向に甘んじるのではなく、現場発の地道な“問い直し”と“実践”が、製造業の未来を確実に切り拓いていきます。

昭和のやり方をリスペクトしつつも、令和のデジタル知見やグローバル視点を掛け合わせ、新しい水平線へ共に歩んでいきましょう。

現場の皆さまの挑戦と変革を、心から応援しています。

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