投稿日:2025年8月22日

国際制裁対象企業との取引が判明した際の即時対応とリスク管理

はじめに

現代のグローバルサプライチェーンにおいて、国際制裁は無視できないリスクとなっています。
とくに、アメリカや欧州、日本などの主要経済圏が主導する制裁措置によって、取引先が突如として「取引禁止リスト」に掲載される、といった事例が増えています。
本記事では、国際制裁対象企業との取引が判明した際の即時対応と、再発防止をはじめとしたリスク管理の実践的なポイントについて、現場で実際に20年以上業務に携わった経験をもとに、分かりやすく解説します。

国際制裁の基礎知識と現場への影響

国際制裁とは何か

国際制裁は、国連や各国政府が国際社会の秩序維持を目的として発動する、特定の国や組織、個人、企業に対する経済的・取引的制限措置です。
たとえば、米国のOFAC(外国資産管理局)が管理するSDNリストや、日本の外為法が規定する取引規制等が有名です。
日本企業といえども、米ドルを使う取引や海外生産拠点を持つ場合、無関係ではいられません。
安易な「うちは日本だから大丈夫」という考え方は非常に危険です。

制裁対象がもたらす現場のリスク

制裁対象企業との取引が発覚した場合、そのリスクは多岐にわたります。

・金融機関による決済の停止
・グループ企業全体への信用失墜
・取引停止や契約取消しによるサプライチェーン寸断
・法的ペナルティや損害賠償
・顧客企業とのトラブル、風評被害

特に製造業の場合は部品や原材料の調達を多階層にわたり世界中で行うため、「知らないうちにリスト企業と取引していた」という事例も発生しています。

即時対応が求められる理由

「知らなかった」では済まない現実

「知らずに取引していた」では社会的にも法的にも通用しません。
情報公開の徹底や、従業員教育などの「やるべきこと」を企業がどれほど講じていたかが問われます。
実際に、米国の制裁対象企業との”誤取引”についても、多くのグローバル企業が多額の制裁金や取引停止の憂き目にあっています。

製造業特有の連鎖リスク

仕入れ材料・部品が一部制裁対象企業経由になると、製品すべてに”汚染”が波及し、最終顧客まで甚大な影響が及ぶことも珍しくありません。
特に自動車や精密機器など、大規模な多段サプライチェーンを持つ日本の製造業では、即時対応がなにより重要です。

国際制裁対象企業との取引が判明した場合の即時対応フロー

1. 事実確認と社内周知

最初に求められるのは、事実の迅速な把握です。
・いつ・どこの部門が・どの企業と・どの製品について取引(受発注や契約)をしていたか
・未納品分、決済未了分、在庫として残る分、それぞれどれくらいか

この初期調査は、購買・調達部門だけではなく、経理・財務や法務、営業部門とも連携し全社的に行う必要があります。

2. 直ちに取引停止の指示

制裁対象企業との新規発注・出荷・決済を即時ストップするための社内指示を発令します。
緊急性が高ければ経営トップ名で発信し、緊張感を持って実行させるようにします。

3. 顧客および関係者への速やかな報告

もしも当該取引が既に顧客へ納品済み・製品に組み込まれていた場合、隠蔽せずに速やかに顧客サイドへ状況を報告し、関連情報を開示します。
サプライチェーン全体の信頼確保のためです。

4. 法的リスクの精査と必要手続き

法務・知財・コンプライアンス部門主導で、該当国の制裁規則と取引内容を照合し、違反有無の判断、金融機関など関連機関との調整など適切な手続きを進めます。
この過程で弁護士の意見を求める判断も重要です。

5. 緊急対応の記録と再発防止計画の策定

発覚から初動までの経緯、関係各部署の対応内容、今後のリスク低減策などを記録に残します。そして、調査完了後は必ず再発防止のアクションプランを策定しましょう。

現場視点で考える実効的なリスク管理策

取引先の継続的モニタリング体制の構築

調達・購買部門主導で、取引先リストと各国制裁リスト(米OFAC、EU、日本外為法など)を突合チェックできる仕組みを定期的に運用することが求められます。
現在では制裁リスト照合用のAPIやサードパーティーサービスも増えています。

なぜ「昭和のやり方」では危険なのか

昭和時代のように紙ベースの名刺管理転記や、口頭商談ベースで「長年の付き合いだから大丈夫」といった感覚的な判断では、抜け漏れ・見逃しリスクが避けられません。
IT化や自動化が遅れる製造業界ですが、国際制裁対応は必ず「デジタルに強い現場」への変革が必須です。

業界慣習を見直す“ラテラルな発想”

「うちの業界はそういうもの」「うちだけは大丈夫」という同調圧力や過信は、制裁対応だけでなく環境変化へ立ち遅れる最大の要因です。
調達・生産・品質・営業といった全プロセスで、いつでもどこでも「もし今ここが制裁リスクに直面したら?」とフラットに見直す“ラテラルシンキング”の発揮が、再発防止へ直結します。

バイヤーとサプライヤー双方の視点での重要ポイント

バイヤーとして注意すべき点

川上にさかのぼる形で調達先の親会社・子会社・最終受益者まで正確に把握し、グローバルで更新される制裁リストに常にアンテナを張りましょう。
社内だけで抱え込まず、信頼できる外部情報ベンダーや専門家とも連携することが大切です。

サプライヤーはバイヤーの“本音”をどう読むか

バイヤーが何を恐れ、どのポイントを最重視しているかを理解することで、サプライヤーは不安や疑念を払拭できる「コンプライアンス情報の能動的な開示」や、「定期的な信頼性証明」に取り組むべきです。
”バイヤー目線”を理解することで取引の継続・拡大にもつながります。

情報透明性こそ信頼の証

サプライヤーの立場からは、自社の株主・役員構成、主要仕入先について正確で最新な情報を準備し、バイヤーの要請があれば即時に提示できる体制を作ってください。
「うちはよく知らない」は欧米流ルールでは命取りです。

今後求められるリスクマネジメント組織のあり方

「調達・法務・経営」の越境連携

現場力に長けた日本企業でも、調達部門・法務部門・経営層がそれぞれ「自分ごと化」できていないケースが多く見られます。
縦割りを乗り越えた横断的な情報共有と、定期的なリスクマネジメント研修を実施し、現場でイレギュラーが発生しても即座に判断できる組織文化を醸成するべきです。

AIや自動化技術も積極的に活用する

制裁リストとの照合や、書類・契約書分析にはAI活用やRPA自動化技術が有効です。
人手頼みの“確認漏れ”や“見逃し”を防ぎ、担当者の負担も大きく減らせます。
これからの製造業には、「現場ならではの経験値×テクノロジー」の融合が不可欠です。

まとめ:予防・備え・対応のPDCAを回すことが製造業の信頼を守る

国際制裁対応は、単なるコンプライアンス義務にとどまらず、会社全体の信用とサプライチェーン全体の安全を守る“最後の砦”となります。

現場目線では「初動の早さ・情報の深さ・透明性の強さ」が大きな違いを生みます。
昭和スタイルから抜け出し、“ニューノーマル”に即したリスク管理体制の再構築が、これからの製造業の競争力維持には欠かせません。

バイヤーの立場でも、サプライヤーの立場でも、お互いがリスクに対して正直で透明な関係性を築くことが、信頼あるサプライチェーンの永続的な発展につながります。

どこまでも現場に根ざした実践知が、変化の激しい国際環境においても、皆様の会社とキャリアを守る最強の武器です。

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