投稿日:2025年9月21日

AIが不具合の根本原因を特定できず時間がかかる問題

AIが不具合の根本原因を特定できず時間がかかる問題

はじめに―製造現場で拡がるAI活用とその現実

製造業の現場では、AI(人工知能)による生産工程の最適化や不良品検出が進みつつあります。

多くのメーカーが競争力強化の切り札としてAI導入を進めていますが、一方で現場では「AIが不具合の本当の原因を突き止めるまでに時間がかかる」「不良解析のスピードが期待ほど上がらない」という声も根強く残っています。

昭和の時代から積み上げてきた“現場力”と、AIなど最先端の“デジタル力”。
期待と現実のギャップはなぜ生まれるのでしょうか。

本記事では、20年以上の現場経験から見た「AIが不具合の根本原因特定で苦労する理由」と、これからの製造現場が真に目指すべき姿、そしてバイヤー・サプライヤー双方にとって価値ある解決策を考察します。

現場で求められる「不具合の根本原因特定」とは

単なる異常検知から一歩進んだ“真因追及”

現場において「不具合の根本原因を突き止める」とは、単に「異常を検知する」のとは違います。

自動検査装置やセンサーを使えば、目視では見逃しがちな微細な不良も捉えられますが、それが「なぜ発生したのか」を知ることが企業として最も重要です。

たとえば、樹脂部品に“寸法不良”が多発したとき。
AI画像解析で“異常形状”を自動検知したとしても、それが「金型の摩耗」「射出条件の温度変動」「原料ロットのバラつき」など、多様な要因とプロセスが絡み合って初めて発生していることは、現場では当たり前に存在します。

この「原因探索」のプロセスにこそ、日本の製造業が代々受け継いできた“現場力”や“経験値”が発揮されてきたのです。

期待されるAI応用のイメージ

企業の経営層や現場マネージャーは、こうした不具合の「再発防止」「早期解決」をAIが担うことを切望しています。

「ビッグデータをAI解析すれば、既存のどの工程・ロット・作業者が問題だったか一目瞭然」

「人間が長い時間かけてやってきた真因追及を、秒単位で仕分けしてスピーディーに解決策提案してくれる」

こんな未来像を描き、続々とAIプロジェクトが立ち上げられています。

しかし――現実は、そこまで甘くありません。

AIが現状“時間がかかる”理由

1. 品質異常の『複合原因』に弱い

AIは膨大なデータを使ったパターン認識や最適解の算出が得意ですが、「AかBか」という単純二択は強くても、「AとBとCが複雑に絡んで発生した不良」に対しては解析が難しい現実があります。

製造業の不良原因は、「一点もの」ではなくさまざまな因子(材料ロット・装置老朽化・作業者スキル・天候…)が“玉ねぎ状”に積み重なっていることが多いのです。

これは、多層的な相関関係をモデリングするAIの限界領域といえます。

2. 現場データの“質”にばらつきが大きい

AIによる学習精度は「データの質」と「量」が成否を決めます。

しかし、実際の工場現場では、

・手書き日報と自動ログが混在
・“ヒヤリハット”や“伝承ノウハウ”が記録化されていない
・同じ不良名でも現場主任ごとに認識が異なる

といったアナログ・属人化文化が色濃く残っています。

このデータの“ばらつき”がAIの学習精度や不良原因追及フローに“ノイズ”として悪影響を及ぼし、根本原因探索の足かせとなっています。

3. 因果関係の解釈が“ブラックボックス化”しやすい

AI解析結果が「○工程のばらつきが不良に影響」と示しても、具体的に「なぜ」その工程が影響するのか、人間が腑に落ちる形で説明できない場合があります。

これは“AIのブラックボックス問題”と呼ばれるもので、現場の信頼感や再発防止策立案のための“腹落ち感”に直結する問題です。

管理者・現場リーダーがAIの解析ロジックに納得して、改善アクションを推進できる土壌が必要です。

昭和の現場力とAIとの「融合」がカギ

“三現主義”と対話するAI活用

メーカー現場で大切にされてきた「三現主義」(現場・現物・現実)。

AIはビッグデータからパターンを抽出しますが、現場には“目には見えない違和感”や“臨機応変な判断”があります。

筆者が工場長として経験したケースでも、AIが「設備異常」を警告した際、ベテラン作業者の「音がいつもより微妙に高い」や「樹脂の流れがいつもと違う」といった“身体感覚”の指摘が真因解明の手がかりとなったことが数多くあります。

すなわち、AIの提示する“仮説”と現場の“気づき”が融合することで、真に強い「根本原因追及型」の組織へ成長します。

“暗黙知”のデジタル化――データ標準化のススメ

昭和から続く現場の“職人勘”や“伝承ノウハウ”を、AIが読める形でデータベース化することが大切です。

・不良発生の際に現場リーダー目線で状況メモ・写真をスマホで即記録
・各工場ごとに違っていた「不良の呼び方」を統一語彙化する
・“過去の成功事例・失敗事例”を蓄積し、AI学習素材として活用

こうしたアナログ情報のデジタル変換(DX)が、AIの精度を大きく向上させます。

バイヤー視点サプライヤー視点で考える“治具”と“共創”

バイヤーが期待する「見える化」サプライヤーが感じる「プレッシャー」

バイヤー(調達担当)はサプライヤーからの安定品質と、万が一の際の“早期リカバリー”を最重要視します。

近年は納入品の不良が見つかると、納品単位だけでなくロット全体のトレーサビリティや、過去発生パターンをAIで追跡することも増えています。

一方、サプライヤーからすると「AIによる解析要求」は対応工数増大や“可視化されすぎる”ことへのプレッシャーにつながります。

そのギャップを埋めるには、単なるトップダウンのAI要請ではなく、現場同士の共創的な“治具(ツール)”づくりや、データ共有の在り方が大切です。

“不良ゼロ”よりも“迅速な原因究明力”で選ばれる企業へ

世界はなお不確実性(部材不足・自然災害・人手不足…)が高まっています。

「不良をゼロに」と叫ぶより、不良が発生した際の“迅速な原因究明力”こそが競争力の源泉です。

・バイヤー側は、AIと人間の協業で原因究明PM(プロジェクトマネージャー)を育成する
・サプライヤー側は、現場“生きた声”をデータベース化し、バイヤーと即時共有できる仕組みを作る

単なるAI導入ではなく、この「共創によるスピードアップ体制」が企業の信頼・持続成長をもたらします。

AI時代のものづくり現場に必要な“次世代の現場力”

改善サイクルを“下流”に落とし込むラテラルシンキング

AI導入=データドリブン一辺倒、と考えがちですが、真のDXは「現場の実感」に基づくボトムアップの改善サイクルと両輪で回す必要があります。

ラテラルシンキング(水平思考)とは、常識にとらわれない発想で課題を多面的・斬新に解く力です。

たとえば…

・現場作業者自らAI解析画面のカスタマイズ要望を出す
・アノマリー(例外)情報や感覚メモを積極的にAI学習データに投入する
・工程間の“責任の押し付け合い”でなく、チームを横断して「なぜなぜ分析」を行い、デジタル上で再現可能な改善提案を生み出す

こうした現場力×AIによる“水平連携型”のスタイルが、遅れたDXに新しい風を吹き込むはずです。

人間とAIが共創する「あるべき現場」へ

AI時代の製造現場において最も重要なのは、「AI=道具」そして「人間=主体」という意識です。

AIは人間の“気づき力”や“現場勘”を拡張する存在であり、旧来の「人間が全て」にも、「AIに丸投げ」にも逃げず、新しいバランスを模索することが大切です。

昭和から令和へ、ものづくり現場は生まれ変わりの時を迎えています。

まとめ―“時間がかかる”からこそ、進化する現場へ

AIが不具合の根本原因を特定できず時間がかかる。

この課題は今も多くの製造企業現場で実感されていますが、大切なのは“なぜ時間がかかるか”を踏まえた本質的な組織変革です。

・AI=万能ではない。人間ならではの現場力・暗黙知を融合する
・現場データの質・共通化こそAI精度向上のカギ
・不良ゼロよりも、「迅速・納得できる再発防止」のチーム連携が信頼につながる
・バイヤー・サプライヤーは、AIを単純なツールでなく“共創の土台”として捉える

「昭和の現場力」に「令和のAI力」をかけ合わせ、“進化する現場、進化するサプライチェーン”を実践していきましょう。

バイヤー・サプライヤー・現場担当――それぞれの視点から、新しいものづくりの地平線をひらいていける時代が、今まさに来ています。

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