投稿日:2025年10月2日

提案内容は正しくても表現力不足で実行されない失敗談

提案内容は正しくても表現力不足で実行されない失敗談

はじめに:現場の知見が埋もれていませんか?

製造業の現場では、知識や経験に基づいた「正しい提案」がしっかりと検討されることは必須です。

しかし、現実にはタイムリーな課題解決策や現場発の改善案が、伝え方ひとつで上層部や関連部署に響かず、実行されないケースが後を絶ちません。

その原因の多くが、提案内容の妥当性ではなく「表現力不足」に起因します。

この記事では、筆者の20年以上の製造業現場経験をもとに、なぜ正しい提案が実現されないのか、その背景や具体的な失敗例、そしてどうすれば伝わる提案になるのかを深掘りします。

工場勤務者・調達購買担当・サプライヤーそれぞれの立場に立ちながら、「伝える力」とは何かを現場目線で解説します。

現場発の提案が埋もれる典型的パターン

パターン1:論理が強すぎて共感が弱くなる

現場では、数値やエビデンスをもとに真面目に課題提起・改善提案を行います。

根拠がしっかりしていれば賛同される、というのは現場ならではの感覚です。

しかし、上層部や他部署の意思決定者にとって、「現場に負担が増えそう」「コスト削減が全体最適にならない」など、感覚的な不安や納得感が先立ちがちです。

提案者が数値や理論のみを強調するほど、本質的な背景や現場の声が薄れ、共感を生み出しにくくなります。

パターン2:現場用語や略語、慣習に頼る

製造業の各現場には、ローカルな用語や略語が数多く存在します。

例えば、「段取り替え」「リードタイムの引き締め」「ブレークダウンメンテ」といった言葉は、工場に長くいる人には当然でも、調達部門・経営層・外部サプライヤーにとっては分かりにくいものです。

伝える相手の知識レベルや関心を意識せず、自分たちの”常識”の範囲で提案を進めると、相手が理解できずに却下されがちです。

パターン3:仕事の”当たり前”が無自覚のバイアスになる

「こんなの当たり前じゃないか」という気持ちは、現場長やベテラン職人ほど強いものです。

しかし、その”当たり前”を外部・他部署が理解できるかといえば、意外とギャップがあります。

現場に染みついている前提を省略してしまい、「なぜそれが必要か?」「どんな問題が防げるのか?」が伝わらないことで、せっかくの合理的な案も「不要」「説得力不足」と受け止められてしまいます。

昭和的アナログ文化の影響〜なぜ伝わらないのか

日本の工場に根付く“現場至上主義”の功罪

長年、日本の製造業を支えてきたのは「現場力」です。

トヨタ生産方式をはじめ、現場での気付きや改善が競争力の源泉として評価されてきました。

一方で、現場力が行き過ぎると、「分かる人だけ分かればいい」「上が見てないだけ」といった内向きの文化となり、外部に伝える努力が希薄になりがちです。

特に昭和的な組織構造では、現場と管理層の間に無言の溝があり、”現場の言い分”がうまく吸い上げられません。

「根回し」と「阿吽の呼吸」が仇になる例

アナログな現場では、何かを決める時に「顔を見て相談」「雑談交じりの根回し」が重視されます。

提案資料や論理的説明だけでは動かない現象が起きる一方で、根回しが必要な“暗黙のルール”に慣れすぎることで、論理的な説明力が鍛えられません。

このため、デジタル化やグローバル化が進む中で、旧態依然としたコミュニケーションがボトルネックとなり、提案が通らない例が増えています。

管理職の視点:納得より安心が優先される

多くの現場長・工場長が経験するのが「リスクを取りたくない」「前例がない」という壁です。

提案内容が論理的に正しくても、「まだ現場がついていけないのでは?」「納期に支障が出たらどうしよう」という心理的抵抗が働き、提案が棚ざらしになった事例は枚挙にいとまがありません。

昭和的な安心志向が、挑戦や現状打破を鈍らせてしまう典型例です。

実際にあった「表現力不足」から生じた失敗談

生産管理システム刷新の提案が”却下”された理由

筆者が工場長時代、現場スタッフから「生産管理システム刷新」の提案がありました。

既存の帳票ベース運用では転記・集計ミスが多く、「タブレット&クラウド化」なら二度手間やヒューマンエラーが激減すると、現場では盛り上がっていました。

しかし、経営層や情報システム部門への提案段階で、「コストメリットは?」「既存システムの運用停止リスクは?」など鋭い指摘を受け、結局、導入は先送りになりました。

あとで分析すると、現場担当はメリットばかりを強調し、具体的なROI(投資対効果)や、他部署への波及効果、トラブル発生時の対応策など“全社視点の説明”が抜け落ちていたのです。

良いアイデアでも、伝え方・表現の工夫がないと、実行には至らない一例です。

調達購買での失敗:サプライヤーとの温度差

サプライヤー(仕入先)側から「新素材提案」が持ち込まれたこともあります。

従来品より軽量で環境にも優しいという強みがありましたが、現場側の評価は「わざわざ替える理由が薄い」「実証データが不十分」と冷ややかでした。

サプライヤー側は自身の技術力や業界標準だけを強調し、「実際の現場が困っている課題(生産性向上、歩留まり改善、設備負担の低減)にどれだけ寄与するのか」という“現場ニーズの言語化”が足りませんでした。

結果、せっかくの高性能素材も採用には結びつかなかった苦い経験があります。

品質管理:現場改善案が現場で理解されない

品質保証部門が現場に「自主検査プロセスの強化」を求めた事例も紹介します。

「全品検査→抜取り検査へ変更」「デジタルツール活用」といった合理化案が、現場作業員には「ただの作業増」「手間が増えるだけ」と受け止められ、反発に遭いました。

提案側は“全体最適”を狙っていましたが、現場の負担軽減やモチベーション向上といった“個別最適の視点”を盛り込めなかったことが最大の失敗要因でした。

製造業に必要な「提案力=表現力」の正体

提案を実行に移す“伝え方”のコツ

正しい提案が現場・全社で実行されるには、次の3ステップが効果的です。

1. 受け手の関心や不安、現状の困りごとを事前に把握する
2. 数値や論理だけでなく「絵・フロー・図解」などビジュアルを活用し、直感的な納得感を作る
3. 提案のゴールを「全社最適」へつなげ、ほか部署・経営層のKPI(評価軸)と言葉を合わせる

とくにサプライヤー・バイヤー間では、「貴社の現場ではどんな課題が優先されているか」「弊社の強みがどのプロセスで最も効果を発揮できるか」をストーリーとして提示する視点が不可欠です。

“正しさ”と“伝わりやすさ”を両輪で考える

現場のこだわりや細かいノウハウは大切です。

しかし、そのまま専門的な言葉やローカルルールを持ち込めば、受け手が理解できません。

「なぜその提案が必要なのか」
「この改善でどんな未来を描けるのか」
「推進側と現場、双方の不安をどう払拭するか」

この3点を中心に、日常的な言葉やたとえ話、類似例を使って、「正しさ」と「伝わりやすさ」を両立させる工夫が重要です。

さいごに〜現場力×表現力で製造業はもっと強くなる

製造業はじつに高度な知恵と経験の宝庫です。

ですが、これからの時代に必要なのは、「現場の知見を”伝わるかたち”で社会に届ける」ことです。

提案内容そのものだけでなく、相手と同じ目線に立ち、共にゴールを描ける表現力が求められます。

自分の正しさに固執するだけでは、組織やサプライチェーン全体は変わりません。

現場の声に耳を傾け、分かりやすいかたちで社内外に発信する——。

その積み重ねが、あなたの職場、ひいては日本の製造業の進化を後押しすると信じています。

あなたの提案が未来を変える“ドライバー”になる日を、心から願っています。

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