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加工音の違和感に気づけるベテラン技能が数年で失われる危機

目次
加工音の違和感に気づけるベテラン技能が数年で失われる危機
はじめに:なぜ加工音の“違和感”が重要なのか
製造業の現場では長年の経験によって身についた「違和感」を察知する能力が非常に重宝されてきました。
なかでも旋盤やフライス、プレス機などの加工工程で、ベテランの作業者が「いつもと音が違う」「この振動はおかしい」と違和感を察知することで、重大な不良や機械トラブルを未然に防いできました。
実際に、昭和から令和にかけて工場の現場に立ってきた私自身も「このキーンという高音は工具が摩耗している証拠」「このゴリゴリした感触は芯ぶれが起きている」など、体感と音で“何かおかしい”と気づき、素早く対処する現場力を強みにしてきた経験があります。
しかしいま、その技能が失われつつあります。
本記事では、なぜその現場力が消えつつあるのか、なぜそれが業界にとって危機なのか。
そしてこれからに向けて、現場・バイヤー・サプライヤーそれぞれの視点からどのようなアクションが必要なのかを、ラテラルシンキングで深掘りしていきます。
ベテラン作業者の「音感」に頼るリスクと価値
音による異常検知の実際
加工現場では、ベテラン技能者の多くが「自分の機械」「いつもの工程」で発生する音や振動を五感で把握しています。
例えば、正常なら同じリズムの加工音が、材料ロットの違い・温度変化・切削工具の摩耗などで微妙に変わると敏感に反応します。
これはマニュアルや手順書だけではカバーできない“現場力”です。
しかも、不調の早期発見だけでなく段取り時間の短縮、不良流出の防止、予防保全といった点でも重要な役割を果たしてきました。
いわば、“現場の最後の砦”とも呼べる技能です。
ベテラン依存の危うさ
しかし、この現場力は「個人の経験」に大きく依存しています。
同じ機械を十年二十年と扱ってきたベテランが、機械と一体化するように違和感を察知しても、若手や新規配属者にはその「音の違い」をすぐには分かりません。
実は私も過去に、新人が加工中に気づかずにバイト(切削工具)を破損し、機械が一時停止した現場を多く目にしてきました。
その都度、「あの音の変化に気づいていれば」と悔しがるのですが、感覚的な伝承はどうしても難しいものです。
この“暗黙知”こそが今失われつつある最大の理由です。
なぜ今、現場の「音感技能」が失われつつあるのか
急速なベテラン退職と人材不足の波
最大の要因は、1950年~1960年代生まれの“団塊世代”の大量退職と、若手技能者の慢性的な不足です。
大手・中小を問わず、技能承継が進まないままベテラン社員が現場から次々と去っていっています。
一方で、若手を採用しても、数年で転職しがちで「10年、20年現場を守る」技能者が育ちにくい状況です。
そのため「音で違和感を検知できる」現場技能は、数年先には希少価値どころか“絶滅危惧技能”となるリスクが現実味を帯びてきました。
デジタル化・自動化の進展が招いた“感覚の断絶”
IoTやAI、自動化、省人化が急速に進んだことで、「加工状況はモニタで監視する」「異常はセンサーやアラームで知る」のが当たり前になりました。
近年の“厚労省の働き方改革”も背景に、技能継承の機会自体が現場から減ったこともあり、現場の「五感力」を使う必要性が減りました。
しかし、現実的にはセンサーが拾いきれない初期異常や微妙なトラブルが多く、「音・振動・匂い」で気づく力の重要性はいまだ失われていません。
アナログの現場目線が希薄になったことで、若手とベテランの“感覚の断絶”は思った以上に深刻です。
現場に根付く「昭和的現場力」のメリットとデメリット
無形資産としての“音感技能”の価値
ベテラン技能者の「加工音を聞き分ける能力」は形式知化しにくいですが、これこそがラインの歩留まりを底上げし、不良コストや納期トラブルを最小限に抑えてきました。
取引先(バイヤー)からみても、「現場に頼れるベテランがいる」という安心感は品質のブランディングにつながっています。
アナログ技能の限界と属人化リスク
一方で、アナログ技能に依存する現場は、個人の退職や異動で一気に“弱体化”します。
また、ミライの工場は、省人化・少人化でなりたたせる方向に進むため、属人技術のままでは組織的な底力を発揮できません。
あえて逆説的に言えば、「個人スキルの属人化」をいかに開放するかが次世代の両利き現場に問われています。
バイヤー・サプライヤー視点から見る「音感技能」喪失リスク
バイヤーが恐れる現場力の低下
バイヤー、すなわち購買側企業は、納期遵守率・品質安定性・コスト競争力をサプライヤーに求めます。
音で異常を検知し、即座にリカバリーできるベテランが現場に少ない場合、不良率の上昇やトラブル発生時の復旧遅れなど「目に見えないリスク」が高まります。
近年、リスクマネジメント重視のバイヤーは、工場見学や監査時に「どんな技能承継をしているか」「現場判断できる人材がどれほどいるか」を、確認項目に入れるケースも出てきました。
サプライヤーとしての「音感技能」アピール
サプライヤー側としては、「うちの現場はベテラン依存から脱却している」「音や振動のセンシング技術を活用し、異常検知の手法を形式知化している」など、目に見える技術と目に見えない現場力の両立をアピールすることが競争優位に直結します。
また、「音感技能をAIで補完」「定期的に現場技能の技術伝承研修を実施」など、ベテランの技能をいかに次世代につなぐかの取り組みは、取引先やバイヤーからの高評価を得やすいポイントとなっています。
現場力を失わないための実践的ソリューションとは
1. 音の異常検知の可視化・デジタル化
音の違和感検知を「属人的技能」から「デジタル技能」へと転換する動きが求められています。
最近では、エンジン音やモーター音をAI・IoTセンサで学習し、異常状態の検出精度を向上させる技術も登場しています。
代表的な例として、収音マイク&AI分析を使った加工音のモニタリングツールや、振動データのリアルタイム集計などがあげられます。
「なんとなくおかしい」を「データで見える化」することで、新人・若手でも即座に異常兆候に気付くことができます。
2. OJTと“異常音ライブラリー”の構築
現場OJTで「異常音が聞こえたときのパターン」「その時にどう対処したか」を動画・音声で記録し、全員に共有する仕組み作りは効果を発揮します。
社内の“異常音ライブラリー(データベース)”を構築し、「この音がしたらこう対策」マニュアルを蓄積していくことで、属人技術が蓄積されていきます。
ベテランが余裕があるうちに、自分の経験を若手に開放しデジタル資産化すること。
逆に若手は、意図的に“音を意識して聞く訓練”を積極的に取り入れるべきです。
3. ヒューマンセンサー×デジタルセンサーの両利き現場づくり
デジタルシフトだけに頼らず、現場力(ヒューマンセンサー)も組み合わせて「人的・電子的両方の違和感検知力」を高めていくアプローチが有効です。
「違和感に気づけるのは誰?」を定期的に棚卸し・可視化し、危険予知トレーニングや異常音聴取会などを通じて技能承継を推進する。
こうした“昭和の現場力×令和の技術”の融合こそが、将来も強い現場をつくる鍵となります。
まとめ:現場力の見える化・開放こそ業界の明日を切り拓く
加工作業中の「音」「振動」「違和感」は、経験した人にしか分からない技能でした。
しかし、工場の自動化・省人化が進み、現場のベテランが減少するいま、属人技術のまま放置すれば現場力が急速に低下し、製造業全体の競争力がさらに落ちかねません。
これからは、「違和感に気づける技能」を意識的に可視化・形式知化し、現場・バイヤー・サプライヤーが一体となって“現場力のアップデート”に取り組むことが大切です。
「加工音の違和感に気づく技術は、単なる職人芸ではない」
それは、日本の製造業が長年守ってきた、“ものづくりの底力”そのものです。
新たな地平線を切り拓くためにも、アナログ・デジタルの壁を越えた技能承継に、今こそ業界全体で本気で取り組むべき時代が来ています。
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