投稿日:2025年12月6日

モデルベース設計が形骸化し図面との整合が取れない典型トラブル

はじめに:モデルベース設計が直面する現場のリアル

製造業の現場がデジタル化する流れの中で、モデルベース設計(Model-Based Design, 以下MBD)が導入される機会が増えています。

設計から製造、検証までを一体的に管理できるMBDは、生産性や品質向上の切り札として期待されています。

しかし、昭和からのアナログ文化が根強く残る工場の現場では、MBD本来の効果が発揮されず、「形骸化」や「図面との不整合」という典型的なトラブルが頻発しています。

この記事では、現場の視点から、MBDが形骸化しやすい構造的な問題や現実的な対策、またデジタルとアナログが混在する現場で何が起きているのかを掘り下げます。

バイヤー・購買担当者目線、サプライヤー目線両方で役立つ内容でお届けします。

モデルベース設計(MBD)とは何か

定義と目的

モデルベース設計は、設計・開発プロセス全体をコンピュータ上の「モデル(デジタルデータ)」を中心に据える開発手法です。

従来の図面(2D図)やCAD(3Dデータ)中心のモノづくりから、バーチャルツイン(仮想空間に再現したモノそのもの)を活用し、設計意図と検証を高度に連携させるのが特徴です。

どんな期待があるのか

– 設計変更の即時伝達:モデルを書き換えれば即座に最新情報が共有される
– 設計-生産-検査の一気通貫:部門間の壁を越えて効率的に仕事が進む
– 開発の効率アップと自動化:試作を削減し、開発リードタイム短縮が可能
こんな夢が語られますが、必ずしも現場は理想どおりにはいきません。

MBDが形骸化する3つの典型パターン

1. モデルと図面の「二重管理問題」

多くの現場では、MBDに基づくデジタルデータと、従来の図面(PDF、紙)管理が並存しています。

特にアナログ文化の強い現場では「やっぱり最後は紙の図面で確認しないと落ち着かない」という声がいまだ根強く存在します。

設計担当がモデルを最新化しても、製造フロアでは古い図面が使われているケースが散見されます。

このような「複数バージョンの同時存在」により、設計変更が十分に伝わらず、現場の手待ちややり直しが発生します。

2. 形式だけMBD導入 → 実作業は旧来フロー

経営方針などで全社一斉にMBD導入が決定した場合でも、現実には多くの従業員が旧来の業務プロセスを半分以上温存して動いています。

モデル上で承認フローやBOM(部品表)修正を進めても、最終的には設計書や現地での口頭伝達が主流になってしまうという現象です。

特に協力会社やサプライヤーが中小企業だった場合、そのまま古い手法に引きずられやすいです。

3. モデル修正の重要性理解不足

設計変更管理が「モデル」主体で行われている場合、「現場でのやりやすさ」や「現物との照合」が後回しになり、「とにかくモデルだけ合っていればよい」というイメージが蔓延します。

結果、現場で微細な調整が追加された場合、それがモデルや図面に反映されないまま納入・検収となり、現場と設計の齟齬が拡大します。

生産現場で発生しやすい典型的不整合例

部品形状・公差の微妙な違い

モデルで設計された寸法や公差が、途中の図面手直しや現場調整で意図せずズレてしまう現象が頻発します。

例えば「このネジ穴、現物だとドリル径が0.5mm違うぞ?」という現場の声。

設計モデルが最新だと主張しても、現場では「図面のバージョンが違う」とクレーム。

どちらが正しいのか、責任分担が曖昧になりやすいです。

設計意図の伝達ミス

モデル上で細かな表現(面取り方法や組付け方向など)がされていても、図面には十分表現されていなかったり、現物の組立要領と齟齬をきたす場合があります。

これは特にサプライヤーに外注した際、「図面しか見ていない」「モデルデータの参照方法が分からない」といった現場でトラブルになりがちです。

BOM/部品表の食い違い

モデル上で作成される部品リストと、システム(旧来型の生産管理)で使っているBOMに食い違いが発生し、どちらを信じれば良いか分からなくなります。

発注ミスや納入遅れ、余分な部品調達など、実際にコスト増やリードタイム遅延の温床となります。

バイヤー・調達部門では何が困っているのか

バイヤー(調達購買)は、設計部門とサプライヤーの「橋渡し役」を担っています。

このMBDと図面の不整合問題は、以下のようなトラブルを引き起こします。

⦁ サプライヤーへの発注内容が曖昧になる

モデル/図面のどちらかだけを送ってしまい、現場で違う仕様の品物を作ってしまう例は後を絶ちません。

特に「どちらのバージョンが正しいのか」が明確でない場合、調達責任が追及されるリスクも高まります。

⦁ サプライヤーからの問い合わせ対応が増える

曖昧な設計情報は、サプライヤーから「どちらの仕様で作れば良いですか?」「図面がモデルと違うのですが」といった確認依頼につながります。

毎回の問い合わせ対応に追われることで、本来の価格交渉や安定調達といったバイヤー業務のコアが圧迫されがちです。

サプライヤーのリアルな苦悩

サプライヤーの現場も悩みは尽きません。

⦁ モデル/図面の正誤判断がつかない

大手メーカーからは「モデルデータを参照のこと」と仕様書に記載されているのに、図面上の注記と相違している事態が日常茶飯事です。

特に「検査項目」や「公差指示」など現場で厳しく問われる部分の食い違いは、サプライヤー品質や納期厳守にプレッシャーとしてのしかかります。

⦁ 古い生産設備やマニュアルとのギャップ

中小サプライヤーでは、現場のベテランが「紙図面を見て読み取って加工する」スタイルが多く残っています。

3Dモデルは理解できても、それを現場の古い機械や現場手順に落とし込むところでトラブルが発生します。

デジタルデータだけでなく、アナログの現実も無視できません。

なぜ形骸化するのか?昭和から続く3つの業界背景

1. モデルベース設計の「目的」認識の不一致

経営層は「コスト削減・リードタイム短縮」を狙いますが、現場は「使いやすさ・確実性」を重視します。

導入時に「何のためにMBDをやるのか」を現場目線で咀嚼し、メリットとリスクを明確にした説明が行われていません。

2. アナログ文化の根強さと現場主義

「図面を現物と突き合わせて手直し」「ベテランが目で見て判断」が暗黙のルールとして浸透しています。

デジタル化ツールや設計モデル以上に、現場の習慣が優先される場合、形だけMBD化しても機能しません。

3. システム連携の未熟さ

設計BOM⇔生産BOM⇔調達BOMなど、各システムがばらばらに存在するのが日本の大手製造業の特徴です。

モデルの修正や図面展開で発生した変更点が他システムに同期されていないことで、「どの情報が最新なのか分からない」という事態が起こります。

実践的な対策・打開策

1. モデル/図面/現場手順の「唯一の正」を明示する

– 「最新データはどれか」を一目で分かる仕組み化が不可欠です。
– モデル変更時には同時に図面や現場展開書もセットで更新。
– BOMや他管理システムにも即時反映。

現場管理ツールやチェックリストを活用し、各現場作業者が「迷わず使える」環境構築が大切です。

2. サプライヤー・バイヤー双方での「仕様確認フロー」

– 発注前にモデル・図面・仕様書の整合会議を必ず実施し、齟齬発生時のルール(どちらを優先するか)を契約前に明確化します。
– 重要ポイントは「口頭指示で済ませない」「履歴管理を徹底する」ことです。

これにより、責任の所在と判断基準がクリアになり、トラブルの芽を未然に摘めます。

3. ベテラン現場技能者も巻き込んだOJT型の運用改善

システム担当や設計主導だけでなく、現場の加工・組立担当者やサプライヤー側現場リーダーも巻き込み、「現物」と照合しながらモデル/図面の違いを明確にするOJT型ワークショップが有効です。

– 現場で実際にMBDデータを参照しながら製作→問題点を即修正
– 改善点をフィードバックしながら周知・標準化

これにより、デジタルとアナログの「隙間」が徐々に埋まります。

これからの時代にバイヤー・サプライヤーが意識すべきこと

現場と設計、デジタルとアナログが混在する製造業において、モデルベース設計が形骸化しないためには、以下の意識改革が求められます。

– 「唯一の正」を現場・設計・調達で共有・明文化する
– モデル・図面いずれにも「最新性」「意図」が正しく反映されているかを常にチェックする
– サプライヤーも積極的に現場支援や提案型対応を図る(単純な受け身ではなく積極的な巻き込みを意識)
– ベテラン技能者の経験知を、デジタルモデルやルールに落とし込む工夫

まとめ:ラテラルシンキングで新たな地平線へ

モデルベース設計の導入は、単なるデジタル化ではありません。

現場、調達、サプライヤー全員が「正しい情報を元に、自律的に動ける仕組み」を作るための変革です。

昭和のアナログ文化を尊重しつつ、現実と理想の間のギャップに正面から向き合っていきましょう。

従来の慣習や前例にとらわれず、現場からのフィードバックとテクノロジーの融合、新しいビジネスプロセスの開拓がカギを握ります。

今こそ、ラテラルシンキング(水平思考)で製造業の新たな地平線を切り拓いていきましょう。

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