技術判断に必要な情報が瞬時に出てこない属人的な体制の限界

はじめに～製造業における「属人化」のリアルと課題～

日本の製造業が世界に誇る品質や技術。
その陰には熟練者の勘や経験、いわゆる「匠の技」を重んじる文化が根づいてきました。
しかし、グローバル化・デジタル化が加速する現代において、こうした「属人的な体制」に限界を感じる現場が増えています。

本記事では、調達購買、生産管理、品質管理、そして工場の自動化といった現場での経験をもとに、「技術判断に必要な情報が瞬時に出てこない」属人的な体制の問題点と、そこから一歩踏みだすための考え方や最新業界動向について深く掘り下げます。

製造業に従事する方はもちろん、これからバイヤーを目指す方や、サプライヤーとして顧客企業のバイヤー目線を知りたい方にも、実践的な知見を共有します。

属人的な体制とは何か〜「ベテラン頼み」の現場の実態〜

「属人化」とは何か？定義の再確認

属人的な体制とは、業務や判断の多くが特定個人に依存している状態を指します。
要は「○○さんしか分からない」「○○さんにしかできない」仕事が多いということです。

たとえば、
– 材料の調達先や仕入条件、過去トラブル履歴は調達担当者の頭の中だけ
– 製造現場のトラブル対応は工場長やベテランライン長しかやったことがない
– 不良発生時の迅速な判断や対策は、品質管理課の“あの人”頼み

といったように、情報やノウハウがドキュメント化されず、個人の経験と記憶に頼っているケースは非常に多いです。

なぜ属人化が根付いてきたのか

歴史的に見れば、日本の製造現場は「OJT（On the Job Training）」中心で、人から人へ暗黙知を受け継ぐことで高い技術レベルを維持してきました。
特に昭和期の高度成長時代は、現場力とチームワークで乗り切る文化が重要視されました。

「自分で覚えろ」「見て盗め」という指導は、現場を鍛え上げてきた一方、ノウハウを言語化・体系化する工夫や仕組み作りは後回しにされてきた歴史があります。

「技術判断のスピード」が業績を左右する時代に

顧客ニーズは複雑化し、変化のスピードも加速

今やお客様（BtoBでもBtoCでも）のニーズは多様化・高度化し、市場の変化スピードも格段に上がっています。
調達や受注品目の切替、供給網の見直しを瞬時に判断・実行できるかどうかが、企業競争力に直結する時代です。

とくにバイヤーや調達購買担当者の立場なら、「いつでも・どこでも」必要情報がすぐ出てくることが不可欠です。
価格交渉、納期妥結、品質異常への迅速な対応――属人的な体制だと、いざという時に動けません。

例：「ベテラン不在」で回らなくなる現場

典型的な例は、
– 急な部材トラブル発生時、「あのベテラン」が休日なので供給先切り替えや代替提案ができない
– 過去の不具合情報や特殊手配履歴が引き継がれておらず、同じ失敗を繰り返してしまう
– 顧客からの緊急問い合わせに「確認して折り返します」しか答えられない

こうした機会損失は、業績だけでなく、顧客信頼にも大きなダメージを与えます。

なぜ情報は「瞬時に出てこない」のか？～根強い課題の正体～

1. ノウハウが個人や紙資料に「埋もれている」

製造現場では、伝票や記録簿、Excelや紙資料での情報管理が今も根強いです。
帳票や注文履歴、仕様変更の記録がバラバラに保存され、全体像を把握するのが困難です。

結果として
– 必要情報を探すのに時間がかかる
– 「あの時どうだったか」を調べるたびベテランに電話やメールで聞く羽目になる
– 休職・退職時の引き継ぎロスが甚大

となります。

2. システム化・標準化の遅れ

ERPなど基幹システムを導入しても、現場運用が紙やExcel頼みのままでデータがつながらない。
デジタル化を標榜しても、現場の業務内容や指示系統にフィットしないシステムでは、情報の一元化も進みません。

3. 「経験がモノを言う」風土の強さ

「経験や勘こそが判断の要」と考える風土が根強く、「仕組みで解決しよう」という動き自体が出てこない場合もあります。
ベテランとしては自分の強みが弱まる不安もあり、「情報共有」や「見える化」を積極的に進めたがらない場合も珍しくありません。

何が変われば、製造業は進化できるのか？

本当に「必要な情報」とは何かを定義する

属人的体制を脱却するには、まず「何のため」「誰が」「どんな情報」を「どのシーンで」必要とするかを、現場目線で可視化すること。
調達であれば、単にサプライヤーリストや価格履歴ではなく、
– 油断できない品質の傾向や過去クレームの背景
– 緊急時に使える代替品やその評価履歴
– 価格交渉時の使える「決め手」になる過去事例

など、自分が意思決定や交渉判断する時の“武器”になる情報を精査しましょう。

「デジタル化」は手段であって目的ではない

DX（デジタルトランスフォーメーション）は流行語のように叫ばれていますが、単純なシステム導入で問題が解決するわけではありません。
大事なのは、現場の「動き」や「言葉」で情報が循環する業務フロー設計です。

たとえば、
– 調達案件ごとのディスカッションや課題共有をチャットや議事録に一定ルールで残す
– 不具合や緊急事例を都度、現場・調達・品質が共有する仕掛けをつくる
– 教訓や工夫が自然に蓄積されるナレッジ基盤（FAQやTips集）の整備

といった、現場主導の汎用ツールから始めるのが有効です。

人材育成・交代も「仕組み」で支える時代へ

属人的な現場だと、人材流出や加齢・退職“リスク”に直面します。
一方、「誰が見ても判断できる」仕組みがあれば、世代交代や中途採用でも即戦力化しやすくなります。
すなわち、“強み”は「人」から「組織／仕組み」に変わるのです。

業界の最新動向～ラテラルシンキングで考える変革のヒント～

現場の現実に寄り添うITソリューションが台頭

近年は、従来のERPだけでなく、
– クラウド型のナレッジマネジメントツール（複数拠点／部門で迅速に情報共有）
– AIチャットボットによるFAQの自動案内
– IoT連携で現場データや異常通知をリアルタイム可視化

など、“沈黙してきた情報”を浮かび上がらせるサービスが急増しています。

「偶然の成功体験」を「再現可能な仕組み」に

これまでなら、たまたま「現場の誰かが頑張った」ことで乗り切っていたピンチも、今後は
「誰でも・いつでも」解決できる汎用スキームへ落とし込むことが必要です。
ラテラルシンキング――つまり“常識を疑い横断的に発想する”姿勢で、
他業種の事例や異なる役割同士の知見を持ち寄ることで、思わぬ革新のヒントが得られます。