投稿日:2025年12月14日

解析精度を信じすぎて実測との差が大きくなりトラブルにつながる現象

解析精度を信じすぎて実測との差が大きくなりトラブルにつながる現象

はじめに

製造業におけるデジタル化や自動化の波は、かつてない勢いで現場に浸透しています。
その中で「解析」は、材料調達から生産、品質管理に至るまで多くの工程で欠かせない武器となっています。
CAE(Computer Aided Engineering)や各種シミュレーションは、コスト削減やリードタイム短縮、失敗の未然防止といった恩恵をもたらし、現場の判断や意思決定に革命的な影響を与えています。

しかし近年、「解析精度を信じすぎたゆえに、実際のものづくり現場での数値や実測値とかけ離れてしまい、納入品の不良やトラブルに発展した」といったケースが増えています。

それはなぜでしょうか。
また、どうすればこの“机上の空論”が原因となるトラブルから工場や現場を守ることができるのでしょうか。
本記事では、現場で20年以上培った実践的な観点と、バイヤーやサプライヤーの立場からみた本音と対策を交えながら、深掘りしていきます。

デジタル解析の爆発的普及とその功罪

なぜ、“解析”は必要なのか

解析は従来、手計算や経験則、熟練工の勘といったアナログな意思決定に頼っていた製造現場に、論理的根拠をもたらしました。
CAD/CAEや流体・熱解析、強度解析、さらに最近ではAIによる予測解析まで、導入する企業が急増しています。

主な目的は以下の通りです。

・設計初期段階での製品性能の予測
・最適な材料や製造条件の選定
・コストダウンやリードタイム短縮
・生産工程や品質安定のための根拠だし

背景には、「短納期化」「多品種少量生産化」「グローバル調達」という時代の大きな流れがあり、解析技術は現場の“心の拠り所”になりました。

解析が“神話”になりやすい理由

一方で、解析技術が現場やバイヤーの間で“過信”される原因はどこにあるのでしょう。
その大きな理由が、「ブラックボックス化」「現場との距離」「昭和的な現場口伝の忘却」にあります。

たとえば最新の解析技術は、その計算アルゴリズムや前提条件、各種パラメータ設定が複雑で、現場の作業者や中堅技術者にはブラックボックス化していることが多々あります。
「シミュレーションによる結果」と「実測」の差異や乖離の根本要因を冷静に評価、吸収する現場知見が薄れてきているのです。

さらに、若手世代が現場でものづくりを体感し、机上と現物のギャップやノイズ感覚を掴む場が減少しています。
昭和・平成時代の現場ノウハウ、属人的知見が“整理されずに失われている”ことも、見逃せません。

解析によるトラブルの課題事例と原因

よくあるトラブル事例

製造業の現場で見られる、「解析を信じすぎたゆえのトラブル」には、以下のようなものがあります。

1. 新素材の強度解析と実物の破断
設計時にCAEで「十分な強度」と判断され、調達・製造が進行
→ 生産・評価段階で実測値がシミュレーション値と大きく乖離、破断など重大不良が発生

2. 熱流体解析による工程最適化の失敗
プレスや射出成形に関する熱流体解析通りに工程設計
→ 現場では熱歪みや変形が予想外に発生、工程や金型やり直しによる納期遅延

3. 振動解析での設備設計ミス
解析上「問題なし」とされた治工具や工程設備
→ 実際にライン運用したら、予測外の共振や振動で部品飛散や停止トラブル

これらに共通するのは、「最新テクノロジー=絶対的事実」と思い込み、それ自体がゴールになってしまったことです。

なぜこうした問題が起きるのか?

– 解析条件の設定ミス・仮定の上げすぎ
– モデル化の単純化不足・不適正
– 素材ロットや加工公差、現物ばらつきへの過小評価
– 現場独自の“勘どころ”、“重大なノイズ要因”を吸収できていない
– 経験者による“追試・実験”や“フェールセーフ”の軽視

つまり「現物・現場・現実」に根差した“現場の厳しさ”と「デジタル解析」のあいだに、大きな溝が生じているのです。

昭和から続く現場文化とデジタル解析の溝

アナログだった日本の強さ

ひと昔前の日本の工場現場では、「現物主義」「現場主義」「三現主義」など、五感と勘を大切にする現場文化が根付いていました。
製造装置や金型、治工具、材料、加工バラツキといった“現物”に触れ、経験と失敗を繰り返すことで「これはまずい」「こうしたらやばい」といった肌感覚が磨かれてきました。

時に、綿密すぎる書類や厳しいルールが現場の泥臭さを磨り減らしてきた側面はありますが、
この「現物での追試・バラツキ吸収」こそが日本製造業の品質の礎だったとも言えます。

デジタル解析の利便性と落とし穴

その一方で、現代のデジタルツールや解析技術は、短納期の要求やコストダウンの圧力に応える“効率化の切り札”です。
設計値・標準値を瞬時に数値化し、工程パラメータを自動最適化できる利点には計り知れないものがあります。

ですが、
・「解析結果=この通りやれば絶対大丈夫」と現場で思い込む
・「解析値に自信がある」から現場検証や修正工程を最小化してしまう
といった現象が発生することで、「仮説と検証」「計画と実行」「計算上と現物」のバランスが崩れてしまいます。

“解析過信”のリスクを減らす7つの実践ポイント

1. 誤差・バラツキを“織り込む”前提の解析運用

解析を行う際は、最悪値や工程誤差、材料バラツキなど“現場のノイズ”を敢えて極端に大きく見積もること。
余裕のない“ベストの値”ではなく、現場でこれほどのバラツキが出ることを前提にシナリオを組むべきです。

2. 現場での《小規模実験》や《サンプル試作》を必ずはさむ

解析値が出たらすぐ本番ではなく、小さなパイロットラインや簡単な治具で追試をする、組立や加工での“やってみる”工程を省かない。
ちょっとした現物検証が後の大事故を防ぎます。

3. 恒常的な「実測データと解析値の“すり合わせ”」のループ化

生産開始後も定期的にサンプル抜き取り検査を行い、「解析値 vs 現場値」を比較。
そのズレやトレンドを集計して、解析モデルの見直しや現場へのフィードバックを続ける運用が重要です。

4. 真の“バリデーション設計”を意識

医薬品や航空宇宙業界では当然となっている「バリデーション設計」。
製造各工程で“数字”“根拠”“現場検証”が三位一体になるチェック体制の導入をおすすめします。

5. 現場経験者からのアドバイスを必ず仰ぐ

どんなに優れた解析技術者でも、現場ノウハウや素材特性の現物勘どころが足りないものです。
昭和世代や熟練工の地味な「ここ、いつも問題起きやすいよ」という声をフローに溶け込ませる仕組みを作りましょう。

6. サプライヤーへの解析重視要請と対話体制の整備

外部サプライヤーや協力工場とのやりとりでも、「解析上こうなっているから大丈夫」という一方的な伝達ではNGです。
図面・仕様・モデル・材料ごとのズレやクセについて、サプライヤー担当者と一緒に「現場検証」を進める環境を推進しましょう。

7. バイヤー視点では“解析値だけ”で値引きや納期判断を行わない

最近はバイヤー部門でも「解析値やAIの見積もりで調達判断をする」ことが増えていますが、実際の現場工数や予期せぬトラブルリスクまで吸収できていません。
サプライヤー現場の声や納入後の実測値を必ず確認・評価することが重要です。

現場目線で育てる“解析と実測のいい関係”が鍵

解析精度と現場実測値のズレは、「どちらが悪い」ではなく、本来補完し合う関係にあるべきものです。
現場現物の“生きたデータ”が解析モデルを進化させ、解析技術が現場に勇気と余裕を与えてくれる。
この双方向のループを意識的に回していくことで、解析を価値に変えながら“現場力”も落とさない製造現場へ進化できます。

昭和の現場力とデジタル技術の融合-
それはAIもARも台頭する今後の工場、サプライヤー・バイヤー関係を勝ち抜くための本質的な競争力です。

解析があなたの工場、調達領域、サプライヤー現場の“頼りがいある伴走者”となることを祈ります。

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