調達KPIが現場実態と乖離していると感じる瞬間

はじめに：調達KPIの重要性と現場の温度差

製造業の競争が激化する昨今、調達部門のKPI（重要業績評価指標）は企業の成長や収益性を左右する重要な要素です。

ISOやIATFなどの規格要求、グローバルな取引環境、多様化するサプライチェーンの中で、「数字で測れる」指標を重視する傾向がますます強まっています。

一方で、現場に身を置く立場からすると、経営陣や本社主導で設定されたKPIが、現実のモノの流れや顧客満足、現場改善の実感と乖離している場面にしばしば直面します。

この記事では、「調達KPIが現場実態と乖離していると感じる瞬間」をテーマに、現場視点でその本質と背景を掘り下げ、製造業全体の生産性向上、新たな時代の在り方を模索していきます。

調達KPI設定の背景：昭和の名残とデジタル化のギャップ

なぜKPIは必要なのか

調達部門にKPIが導入される背景には、「効率化」「コスト削減」「品質向上」などの明確な企業目標があります。

特に日本の製造大手は、長年の“モノづくり文化”を背景に、細やかな管理と責任の明確化を重視してきました。

昭和時代の「現場主義」「人海戦術」「属人的対応」を脱却しようと、平成・令和とデジタル化への舵が切られています。

KPIはその一環として、「誰が見ても進捗や成果がわかる仕組み」として浸透しました。

アナログな業界構造とのミスマッチ

それでも多くの工場現場では、紙ベースやエクセル管理、電話・FAXといったアナログ業務が色濃く残っています。

業務システムや基幹データは整備したものの、肝心の運用と現場判断が“デジタル一辺倒”になりきれていません。

たとえば、「部品の納期遵守率99%」というKPI。

一見すると理想的な管理ですが、部品1個1個の納品工程や現場で直面する突発的なトラブル、サプライヤーや輸送業者の隠れたリスクまでは数字に現れません。

KPIで表れる「理想」と現場の「リアル」との間に、ギャップが生まれています。

調達KPIが現場実態と乖離していると感じる瞬間

1. 部品の納期遵守率だけで評価される理不尽

部品の納期遵守率は最もポピュラーな調達KPIの一つです。

しかし、実務では「納品されたものの中身が違う」「品質に問題がある」「ちょっとした不明点で受け取りが翌日になる」といった“数字に見えない問題”が多発します。

調達担当者は納期遵守KPIを達成したいあまり、サプライヤーに「とにかく納品だけ先にしてくれ」と依頼。

結果として、「受入保管スペースがない」「品質チェックすら追いつかない」「後日問題が発覚し、現場が混乱する」など、製造現場にしわ寄せが生じます。

「KPIは達成。だけど現場のムダ、ムリ、ムラは増えた」――この矛盾を多くの現場担当が実感しているのではないでしょうか。

2. コスト削減KPIが品質や信頼を損なうリスク

調達部門の花形KPIとして、「前年比○%のコストダウン」が掲げられるケースは少なくありません。

もちろんコスト管理は重要ですが、安易にサプライヤーを変更したり、既存の取引先へ無理な値下げ圧力をかけたりすると、生産リードタイムの増大や品質トラブルの増加、延いては現場のストレス増加を招きます。

特に昭和から続く信頼関係や熟練者が守ってきた「阿吽の呼吸」「暗黙知」を軽視すると、小さな品質問題が連鎖的に大きな事故・クレームへ発展することも。

コスト削減KPIは、現場にとって“短期的な数字”にしか見えないケースが多いです。

3. 納入不良率の低減とサプライヤー切捨てのジレンマ

調達現場では、「納入不良率○%以下維持」というKPIが一般的です。

しかし現実には、長年付き合いのある地場のサプライヤーが一時的に不良を出しただけで、“数値目標”のために即座に取引を打ち切る……といったドライな選択も増えています。

その結果、サプライヤーとの信頼関係が希薄化し、良質な情報共有や異常発生時の迅速な協力体制が失われることも。

「数字では“クリーン”に見えるが、長期的には現場力を弱めているのでは？」という不安が現場に根付いています。

KPIが現場と乖離する根本原因

現場と本社（経営側）の目的のズレ

KPIを設定する立場（経営・マネジメント層）は、会社全体の生産性や利益率、見える化・効率化を重視します。

一方で現場メンバーは、「納期遵守だけでなく、生産安定・品質トラブルの最小化・段取り変更のしやすさ」など、実際のオペレーションに重きを置いています。

双方の目的が揃わないまま、上からKPIだけが降ってくると、「KPIのためのKPI」「現場実態を無視した数字作り」という“現場軽視”が起こります。

KPIに現れない定性的価値が失われる

昭和から引き継ぐ現場の「困った時の助け合い」「緊急対応の柔軟さ」「長年の経験や勘に基づく先読み」などは、数字だけでは測れません。

調達KPIに定性的な現場ノウハウを織り込むことで、ようやく現場と本社のベクトルが一致し始めます。

数字に現れない「工夫」「裏ワザ」こそ極めて重要なのです。

システム・デジタル化の“現場素通り”

現場の多様なニーズやイレギュラー事象に合わせず、ITシステムで一括管理・自動集計ばかり進めると、「現実と数字がかみ合わない」場面が発生します。

たとえば、緊急品対応や割り込みオーダー、季節変動による生産変動など、現場ならではの“読みと工夫”がシステムには伝わりません。

これが、KPI乖離の根本的な要因になります。

現場とKPIを繋ぐカギ：バイヤーとしての視点・サプライヤーとの共創

現場KPIの“見える化”と“定性的評価”の両立

今後の調達KPIは、単純な数値目標だけでなく、「現場の実態を反映した課題・指標」や「現場の声」を積極的に取り入れた仕組みにアップデートする必要があります。

たとえば、
・部品納入のトラブル件数・原因を毎月レビュー
・サプライヤーとの定性評価（コミュニケーション力、改善提案数など）も評価点へ
・現場のワークショップやカイゼン活動成果も数値化
こうした“現場型KPI”は、経営層と現場の双方が納得できるゴールの設定につながります。

バイヤー視点での現場改革マインド

調達担当（バイヤー）は、「現場とサプライヤーの間に立つ調整役」であるべきです。

・現場のオペレーションを自分の目で確かめる
・サプライヤーの声に耳を傾ける
・本社の目標を現場の言葉で咀嚼し、現場に伝える
この姿勢が、「KPIありき」の弊害を最小限にし、現場・サプライヤー・経営の“一体感”を生みます。

サプライヤーとの共創・パートナーシップの深化

単なる「価格交渉」「納期督促」だけではなく、サプライヤーと共に
・生産リードタイム短縮
・品質不良の原因究明・防止策の共同開発
・新技術や新素材提案の受け入れ
こうした“共創活動”が、業界全体を底上げし、KPIに現れない価値を創出します。

現場の声を吸い上げ、数字だけにとらわれない全体最適を追及することが、製造業の競争力強化につながります。

まとめ：これからの調達KPIと現場の在り方

調達KPIが現場実態と乖離している瞬間は、数字だけで見ていては絶対に見落とされる“現場の熱”や“ものづくり魂”が存在しています。

これからの製造業において必要なのは、数値化・デジタル化の恩恵を享受しつつも、現場目線の生の声を活かし、経営層・現場・サプライヤーを繋ぐ「全員参加型のものづくり」です。

時には昭和流の“泥臭い現場主義”、時には最新のITテクノロジー、そのバランスこそが日本の製造業の“現場力”を最大発揮する鍵となります。

あなたの現場にも、きっと“数字に表れない誇りと工夫”が隠れているはずです。

KPIはあくまで道具。現場目線でKPIの意味を問い直し、チーム一体となって新たな製造業の地平線をともに切り拓いていきましょう。