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セキュリティソリューションを重視するほどUXが犠牲になる場面

目次
はじめに:セキュリティとUXのせめぎ合いが起こる現場
製造業は、いまだアナログな文化が色濃く残る業界です。
一方で、IoTやDXという言葉が飛び交うようになり、あらゆる現場でデジタル化・自動化が進展しています。
これに伴い、工場ネットワークのセキュリティ対策も日々進化しています。
しかし、セキュリティソリューションを強化すればするほど現場作業者や管理者のUX(ユーザーエクスペリエンス、現場体験)が犠牲になることがあります。
元工場長、現プロコピーライターとして20年以上現場に身を置いてきた私の視点から、セキュリティとUXの葛藤が生まれる構造を解き明かします。
そして、現場の知恵や新しい発想でその壁を乗り越えるためのヒントを紹介します。
なぜセキュリティ強化はUX=現場体験を犠牲にしがちなのか
製造業のIT化とセキュリティ要件の高まり
かつての工場は、スタンドアロンのPLCやFA機器、現場独自のローカルネットワークが中心でした。
ところが、近年は生産管理システム(ERP/MES)やリモート監視ツール、調達業務のクラウド化など、外部とのデータ連携が欠かせません。
これにより、従来考えられなかった脅威、たとえば外部からのサイバー攻撃やランサムウェア感染などへの対応が必須となりました。
セキュリティ専門会社の強力なソリューション導入が、現場でもどんどん進みつつあります。
現場の“属人性”とセキュリティ運用のギャップ
製造現場には「これまでこうしてきた」「○○さんだけが知っている」という属人化が多く残っています。
セキュリティポリシーやソリューション運用が優先されると、こうした“現場流”が否定されたり、大幅に変革を求められたりします。
複雑なID認証やアクセス制御、多段階プロセスの追加など、使い勝手が著しく低下する例が少なくありません。
工場長やベテラン作業員は、変化にストレスを感じ、時に“抜け道”や裏ルートを生み出しがちです。
現場でよくある、セキュリティとUXのせめぎ合いの実例
1. 多要素認証(MFA)が現場稼働スピードを低下させる
近年、多要素認証(MFA)は製造工場でも常識になりつつあります。
特に調達システム、品質管理システム、生産ラインの監視システムなどで必須とされることが増えました。
しかし、現場目線では「毎回スマホで承認するのが面倒」「緊急対応なのにログイン遅延で工場ラインが止まりかねない」といった声が上がります。
バッチ処理の遅延や、シフトで端末を使い回す際のID切り替え忘れが顕著です。
現場では、生産効率にも直接的な影響が出かねません。
2. USBデバイスの全面禁止が、修理・検査の柔軟性を失わせる
製造装置の設定変更やログ取得にUSBメモリを使う現場は今でも少なくありません。
しかし、セキュリティ上の理由から「USB系デバイス一切禁止」という方針が出ると、外部のサービスマンや技術者が柔軟に作業できなくなります。
本来なら数分で済む設定変更が、面倒な申請や検査プロセス追加によって数日かかる、といった事態が発生します。
これを嫌う現場リーダーが、“自前ケーブル”や“私物ノートPC”で作業する抜け道を探す…という昭和的な行動も依然根強いです。
3. クラウド型調達システムの拡張が進まない現実
最新のサプライチェーン管理システム(SCM、SRM)はほぼクラウド型です。
社外サプライヤとも安全・迅速にデータ連携ができるのがメリットですが、実際の現場では「バイヤー承認に手間がかかる」「ベンダー側も毎回認証情報の取得や提出を求められ負担」といった問題が生じます。
“紙およびFAX文化”から移行しきれないサプライヤも多く、なかなか理想形にはたどり着きません。
とくに下請け、中小サプライヤでのアナログ志向は強く、バイヤー側もジレンマに陥ります。
昭和的アナログ業界のしぶとい現実──“セキュリティ疲れ”と“抜け道”
なぜ抜け道が生まれるのか
セキュリティを徹底するほど現場の手間が増え、生産性が下がる。
現場のベテランや協力会社、外部サービスマンたちには、「どうせすぐにはサイバーインシデントなんて起きないだろう」という“慣れ”や“油断”が生まれやすいです。
その結果、無断で非正規のUSBメモリを使ったり、私的端末で会社のパスワード情報を保管したり…抜け道がやがてリスクになり得ます。
これが昭和的アナログ現場に今も根を張っている構造です。
セキュリティ教育と現場目線のコミュニケーション不足
導入する側(情報システム部、経営層)と現場を運用する側(工場長、作業班リーダーなど)の認識ギャップが大きいのも問題です。
「セキュリティが大事」という大上段の説明のみで、具体的な危機感や実際の業務への落とし込みがなされないケースが多々あります。
現場目線での「なぜそれが必要か」を具体的なインシデント事例とともに伝え、積極的な対話を通して理解を深めていく必要があります。
セキュリティとUXの両立──現場目線の打開策
1. “使いやすさ前提”のセキュリティ設計
セキュリティは、業務現場の実情(現場業務の優先順位や稼働サイクル)を理解したうえで設計することが大切です。
例えば、多要素認証を導入する際も、現場が短時間でワンタッチ認証できるNFCカードや生体認証を組み合せるなど、「面倒な手順」を極力減らす工夫が求められます。
また、IoT機器やFA制御端末にセキュアエッジゲートウェイを設け、作業員ごとの権限管理を自動化する、といった仕組みも有効です。
2. 現場巻き込み型のルール設計と教育
経営層から現場リーダー層までが一体となる“セキュリティワークショップ”の開催をおすすめします。
ルールを上から押し付けるだけではなく、「現場ではこういうことが不便」「実際に抜け道としてこういうことがやりがち」など、生の声を吸い上げてルール見直しを行います。
同時に、紙や個人端末へのパスワード記録、私物USBの持ち込み禁止のロジックや、インシデント発生例を図解で説明することで、実効性のある教育に変わります。
3. サプライヤやバイヤーとの真の“WIN-WIN”を目指す
多くの中小サプライヤは、バイヤー側のセキュリティ要求やクラウドシステムに圧倒されがちです。
ここでも「バイヤー業務の効率化」「サプライヤの負荷最小限化」の両立という視点が不可欠です。
例えば、電子取引システムのライト版、スマホやタブレットで通知確認してワンタップで発注・納品報告できる等、現場の実情に即したミニマムUXの追求が重要となります。
バイヤーも「この操作が現場負荷になっていないか」「現場から弊害が報告されていないか」を日常的にヒアリングし、サプライチェーン全体を下支えする姿勢が信頼醸成につながります。
まとめ:現場の声を起点に“攻め”と“守り”の知恵を深める
昭和から令和に至るまで、製造業の現場は“現実的な運用”を優先しがちです。
一方で、サイバー攻撃の巧妙化に伴い、セキュリティ強化は待ったなしのテーマでもあります。
双方はトレードオフではなく、ラテラルシンキング──現場の使いやすさと守りの知恵、さらにはアナログとデジタルの融合を目指す創造的発想が必要です。
「抜け道」や「消極的妥協」ではなく、現場発の改善提案こそが、攻めと守りを両立させるカギとなります。
技術進化とともに、現場の声を起点にした新しいセキュリティUX──その模索こそが、日本の製造業が世界と戦うための“持続的な競争力”につながる道だと確信しています。