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導入前にROIを計算せず資金不足に陥った中小企業の事例

目次
はじめに:なぜROIを計算しなかったのか?
製造業の世界では、「とにかく現場を良くしたい」という熱意が、新しい設備投資やシステム導入の原動力になることが多々あります。
特に、昭和時代から続くアナログな方法に限界を感じている中小企業では、デジタル化や自動化への憧れが一層強いかもしれません。
しかしその反面、「ROI(投資対効果)」、すなわち導入によって本当に元が取れるのかという計算が抜け落ちてしまいがちです。
勢いだけで設備投資を進めてしまった結果、資金繰りの壁にぶつかる企業が後を絶ちません。
この記事では、中小製造業がROI計算を怠ったことによる資金不足の実例を紹介しつつ、自社で同じ轍を踏まないための考え方と具体的な対策について、現場目線で深掘りしていきます。
ROIとは何か?現場が見落としやすいポイント
ROIの基本的な定義
ROI(Return On Investment:投資収益率)は、投資した金額に対してどれだけの利益やコスト削減効果が得られるかを示す指標です。
計算式は以下のようになります。
ROI(%)=(投資による利益 - 投資額) ÷ 投資額 × 100
たとえば、1,000万円の自動化設備を導入し、その結果として年間で300万円の人件費が削減できた場合、おおよそ3.3年で投資回収ができる、というイメージです。
現場が陥りやすい盲点
現場では、目の前の課題解決や即効性のある改善に意識が集中しがちです。
「生産効率が上がって競争力が増すはず」
「作業が楽になれば社員が喜ぶ」
こうした期待値だけで“ROIの厳密計算”を後回しにすると、思わぬ落とし穴にはまります。
導入前にROIを計算せず資金不足に陥った失敗の実例
事例1:単純なコスト削減効果だけを期待してしまったケース
ある地方の板金加工会社は、長年続く人手不足とベテラン作業者の高齢化に悩んでいました。
「これからは自動化だ」という掛け声のもと、1,500万円のロボット溶接システムを一括導入。
現場では「これで若手の負担が軽くなる」「チョコ停も減る」と期待が膨らみました。
しかし、実際に稼働してみると思ったほどの生産性向上にはつながらず、既存の工程とのすり合わせにも課題が山積み。
イニシャルコストの回収に最低でも5年以上かかることが、後から分かりました。
その間、資金繰りが急激に悪化し、月次での短期借入の負担が重くなってしまったのです。
事例2:工場のIoT化で隠れコストが膨らんだケース
電子部品メーカーでは、デジタル化推進の旗印のもと、生産ライン全体にセンサーを配備し、IoTシステムを導入。
表向きには「データが見える化し、トラブルを予防できる」という狙いがありました。
ところが、導入だけで終わらず、システム保守費用やIoTデバイスの故障対応、外部コンサルへの委託費用が積み重なり、予想外のランニングコストが発生。
本来黒字のはずの月次収支が赤字になる月が増え、経営層がようやく“ROIを事前に試算していなかった”ことに気付いたのでした。
事例3:補助金頼みの投資で運転資金がショート
工作機械の受託加工に強みを持つ中小企業では、国のIT導入補助金を活用して生産管理システムを一新しました。
初期費用の2/3は補助金で賄える計画だったため、資金面では問題ないと思っていました。
しかし、補助金の入金タイミングが予想外に遅れ、その間に外注先への支払いが滞り、反対に仕入先からの信用不安を招くことに。
結局、本業のキャッシュフローの重要性と“投資回収までの資金計画”が甘かったことが、大きな反省材料となりました。
昭和時代のアナログ思考が今も根強い理由
“現場の感覚”が優先される文化
昭和から続く多くの製造業では、「現場第一主義」や「経験と勘」が今も強い説得力を持っています。
特に中小企業の経営者や工場長クラスは、自ら現場で汗を流し、数字よりも“実感”を大切にしてきました。
このため、数字で合理的に“損得”を判断するROIの考え方が後回しになり、「とにかくやってみよう」という勢いで投資が決まりやすい傾向があるのです。
業界独特の人間関係と導入プレッシャー
また、長年付き合いのあるベンダーやサプライヤーとの人的ネットワークが、意思決定に影響する場合もあります。
社長や工場長同士の“義理人情”や「うちの工場もそろそろ新しい機械にした方がいいぞ」といった横並び意識が、冷静なROI分析を後回しにしてしまう要因になっています。
ROI計算のための現場実践アプローチ
1. 現場ヒアリングと現状課題の数値化
現状の生産工程・品質・歩留まり・リードタイムなどのKPIを数字で見える化し、投資によって“どの項目がどれくらい改善できるのか”を多角的に見積もります。
たとえば、作業者一人ひとりへの聞き取りや、1週間の工数計測などを通じて、現行の「見えないムダ」を数字で把握することが第一歩です。
2. 期待効果と隠れコストの徹底洗い出し
単純な人件費削減だけでなく、設備のメンテナンス費や電力費、不測のトラブル発生時の業務ロスなど「見えにくいコスト」を徹底的に洗い出し、“楽観数字”に流されない試算を行います。
また、“保守サポートや教育コスト”、場合によっては“今いる管理スタッフの再配置”も現場レベルでシミュレーションしましょう。
3. 投資回収シナリオのシミュレーション
どの時点で黒字化するのか、最悪のケースや効果が薄いケースも含めて複数のシナリオを描きます。
実現可能性を現場のスタッフと一緒に検証することで、机上の空論ではなく“地に足のついたプラン”が出来上がります。
4. 外部のプロ・ベンダーにも厳しい質問を
ベンダーやコンサルの提案に安易に飛びつかず、「投資回収期間は?」「過去の失敗事例は?」「ランニングコストの上振れリスクは?」など、“嫌われ役”を恐れず質問する姿勢をもちましょう。
未来を切り拓くためのラテラルシンキング
「ROI=数字」だけでは測れない価値も見逃さない
一方で、「ROIが悪いからやめる」の一点張りでは、現場の士気や新しい挑戦精神がしぼんでしまうことも事実です。
たとえば、「若手作業者が定着しやすくなった」「顧客からの信頼度が上がった」など、数字以上の企業価値向上につながる“副次効果”も丁寧に拾い上げる必要があります。
サプライヤー経由で変える業界体質
バイヤー(買い手)がROI主義を貫き、サプライヤー(売り手)側も“本当に顧客のためになる投資”を提案できれば、業界全体で無駄な投資を減らし、持続的な成長が見込めます。
サプライヤーは単なる「モノ売り」から、「成果創出型パートナー」へと進化していく必要があります。
まとめ:これからの製造業に求められる投資マインドセット
製造業の現場では、「目の前の課題をすぐに解決したい」という気持ちが常に先行しがちです。
ですが、今こそ“ROIの視点”と“現場のリアル”を両立させた「実践型投資判断」が求められています。
バイヤーを目指す方は、数字と現場を往復する思考で、どんな投資も“本当に会社の未来を変えるか?”というラテラルな視点を磨いてください。
サプライヤー側も、バイヤーのこうした本音を理解し、相手の未来まで視野に入れた提案を心掛けてください。
ROIは単なる経済指標ではありません。
それは「会社の未来づくりへの羅針盤」であり、今日から身につけておくべき業界共通語です。
現場も経営も元気な日本の製造業を、共に創っていきましょう。
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