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現場の作業手順をデジタルに落とし込めず混乱した事例

現場の作業手順をデジタルに落とし込めず混乱した事例
はじめに:アナログからデジタルへの大きな壁
日本の製造業には、いまだに昭和の時代から続くアナログ文化が色濃く根付いています。
「標準作業手順書(SOP)」と呼ばれる紙ベースの帳票や、50年以上変わらない作業台帳、熟練者の「勘やコツ」で成り立つノウハウの現場共有など、多くの現場でアナログによる運用が主体となっています。
一方で、コスト削減や生産性の向上、脱属人化による品質の安定化などを実現するために、「作業手順のデジタル化」は待ったなしの経営課題です。
ですが、その実現には想像以上の苦悩と混乱が伴うのが現実です。
本記事では、実際の製造現場が「作業手順のデジタル化」に取り組む中で直面した混乱事例をもとに、現場目線の課題や対策、デジタル時代に求められる思考のあり方について深掘りしていきます。
混乱が起こる共通の背景とは?
作業手順をデジタル化する現場では、次のような背景要因が混乱を生み出しやすいです。
1. 熟練者の「暗黙知」と標準作業のギャップ
2. 作業ごとに微妙に異なる現場最適化の手順
3. デジタルツール導入による運用フローの断絶
4. データ構造と現場実務のすれ違い
5. 現場・設計部門・調達バイヤー間のコミュニケーション不足
こうした構造的な問題が蓄積された状態でデジタル化を進めると、紙上では見落とされがちな「現場のリアル」と、「デジタルシステム上の論理」が大きく乖離してしまいます。
【事例1】「暗黙知」を取り込めないデジタルSOPが現場を混乱させた
ある大手自動車部品メーカーでの出来事です。
このメーカーでは工程ごとの作業手順を「紙のSOP(標準作業手順書)」で管理していましたが、“属人化”と“作業ミスの温床”になっているとして、ERPと連動するデジタルSOPの導入プロジェクトを立ち上げました。
最先端のシステムを導入し、IT部門や現場管理者が協力してSOPをデジタル化。
ところが本番運用が始まると、現場内は大混乱に陥りました。
理由は“熟練者が培ってきたコツ、微妙な手順の違い、現物(治工具)の癖”などがすべて「例外」とされ、デジタルSOPに反映されていなかったためです。
特に新人や派遣社員は「デジタルSOP通り」には作業できず、熟練者は「SOPが実態に合っていない」と現場ルールで自己流の対応を進めてしまいました。
結果として、「SOPは守られていない」「どちらが正しいかわからず混乱」「現場の声はシステム設計に反映されない」といった問題が噴出しました。
【事例2】「現場最適化」された運用がデジタル化を阻害
ある中堅の精密電子部品メーカーでも、類似の混乱が起きました。
ここでは作業者ごとに作業長が口頭でコツや注意点を教え、細かな工具のセッティングや検査ポイントも「現場なりの最適化」が進んでいました。
この工程を一律にIT化しようと、外部コンサルが設計した「理想的な作業手順」が静的な手順書としてシステム化されました。
デジタル手順は「推奨値」や「警告」機能まで盛り込まれ、高機能なシステムとなりましたが、現場では「実際は機械の状態や生産量で微調整が不可欠」と不満が噴出。
工程によっては手順通り作業すると工程停止やNG品発生が多発し、最終的には「現場がシステムを無視する」事態に。
一律のデジタル化が、これまで積み上げられてきた現場知の“現状最適化”という強みを殺してしまった典型例です。
【事例3】デザイン部門と現場の断絶──バイヤー視点のすれ違い
調達・購買部門と現場との間でもすれ違いが混乱を生みました。
大手電機メーカーで、資材調達業務をデジタルプロキュアメントシステムに移行した際の例です。
バイヤーは「発注~納期~検収フローが可視化できる」とシステム導入を推進。
しかし、現場では「仕掛品在庫」や「工程内欠品回避」のための“現場調整”が数多く存在し、公式な数字と現場実態が合致しませんでした。
サプライヤーは「公式フロー通りなら納期を守れるが、現場で“融通”を求められると突然要求が変わる」と困惑。
現場の工場長からは「机上の空論では生産が回らない」とシステムへの信頼感が失われてしまいました。
バイヤーやサプライヤーなど各部門の目的最適化が、全体最適を阻害する一因となったケースです。
混乱から学ぶ3つのポイント
これらの事例を通じて見えてくる主な教訓を整理します。
1. 「現場を知らない人」が設計したデジタルシステムは、現実と必ず乖離する
2. 熟練者が言語化できない「暗黙知」や現場最適化を可視化し、手順に落とし込む工夫が不可欠
3. 各部門間で目的や優先度が異なる場合は、“全体最適”の視点で柔軟にプロセス設計をする必要がある
この3点を踏まえることで、混乱リスクの大半は未然に防ぐことができます。
現場の声を拾い上げる“ボトムアップ型”デジタル化のすすめ
デジタル化推進の際、よくある失敗は「上から目線のシステム化」です。
確かに近年のERPやMESなどは機能が豊富で、外部コンサル主導で導入が進められがちです。
ですが、最重要なのは「現場住民の合意と参加感」「現場実態の正しい可視化」なのです。
特に作業の手順や改善ノウハウは、まず現場のベテランやリーダー層と徹底的に対話し、
「誰が、どこで、どんな理屈で例外処理をしているのか」
「ちゃんと標準化されているか。不良の温床となるローカルルールがないか」
「現場なりに“最適化”されていて標準化が難しい領域はどこか」
などを、地道にヒアリングや現場観察で吸い上げ、プロトタイプを現場で運用してみてフィードバックを得て、修正・改善サイクルを何度も回すことが肝要です。
デジタル化に必要な“翻訳者”の存在
現場とIT、バイヤーとサプライヤー、設計と生産管理──。
すべての橋渡し役になるのが、“現場目線の翻訳者”です。
具体的には、長年の現場経験を持ち、かつITリテラシーも高い現場管理者や工場長クラスが、「現場とIT部門、設計部門、生産管理、調達部門」との間に立ち、“現場実態”をシステムやフローに落とし込む役目を担う必要があります。
彼らこそが、デジタル化の本質的成功に不可欠な「ラテラルシンカー」すなわち部門横断的に考え、現場とシステムの双方を理解し、翻訳・調整できる実務家です。
手順書やシステムは、現場実態を十分に観察・学習し、時には「例外」や「あいまいさ」も許容できる柔軟性を設計思想として盛り込む必要があります。
バイヤー・サプライヤーが知っておくべき“現場デジタル化”の本質
これからバイヤーを目指す方、サプライヤー側にいる方にとっても、現場の作業手順デジタル化は大きな意味を持ちます。
・「公式な工程指示」と「現場対応」が異なるのは、現場に暗黙知や例外処理が残っているから起こります。
・サプライヤーも仕様変更や納期変動の背景には、現場レベルでしか見えない“事情”があることを意識する必要があります。
・バイヤーもサプライヤーも、現場を体感し、工場内のリアルな運用、手順変更の動機、仕掛品や在庫管理の細かな運用差異に目を向けることで、より実践的で現実味のあるコミュニケーションができるようになります。
まとめ:デジタル化=現場力の再発掘と翻訳の場
現場の作業手順のデジタル化は、「単なる効率化や管理強化」ではありません。
むしろ「現場に根付く知恵や工夫、例外運用、課題やムリ・ムダ・ムラ」をあぶり出し、どうして標準化できないのか、なぜ例外が生まれるのかを深掘りすることで、現場力そのものを再発掘するプロセスでもあります。
昭和マインドから一歩踏み出し、“現場翻訳”を軸にしたラテラルシンキングでデジタル化を設計すること。
それが混乱を防ぎ、「現場とシステムの共進化」による真の生産性・品質向上につながるはずです。
現場で働く皆さん、また現場を間接的に支えるバイヤーやサプライヤーの皆さんも、ぜひ「現場翻訳者」として新たな地平を一緒に開いていきましょう。
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