投稿日:2025年6月13日

EMC対策の基礎とノイズ低減設計およびその事例

はじめに:EMC対策が製造業にもたらす意味

ものづくりの現場では、かつては「品質」「コスト」「納期」いわゆるQCDが最重要視されてきました。
しかし現代の製造業では、製品の電磁両立性(EMC:Electromagnetic Compatibility)が新たな必須要件となりつつあります。
スマートファクトリーへの注目や、AI・IoTの進展による工場のデジタル化が急速に進む中、EMC対策を怠ると、生産ラインのトラブルや納品時の事故、法規制による市場撤退など、経営に直結する大きなリスクを抱えることになります。

この記事では、現場でEMC対策に長く携わった経験をもとに、基礎的な知識からノイズ低減設計の実践方法、実際の導入事例までを具体的に紹介します。
EMC対策を学びたいバイヤーやサプライヤーの方々、工場管理者、現場エンジニアの皆様にとって、すぐに使えるノウハウとなる内容をお届けします。

EMCとは何か?電磁両立性の重要性

EMC(電磁両立性)の基礎知識

EMCとは、「Electromagnetic Compatibility」の略語で、日本語では「電磁両立性」と訳されます。
簡単に言うと、「電子機器が正常に動作するために、他の機器のノイズの影響を受けず、逆に自分からノイズを周囲に撒き散らさない能力」を指します。

昭和の生産現場では、厳しい品質管理と納期短縮が最優先であり、EMCの知識が乏しい中でも経験則と現場対応でトラブルシューティングしていました。
ところが近年は、社会全体がスマート化し、電子機器同士の連携が高まり、それぞれが微細なノイズにも過敏に反応する時代になりました。

なぜEMC対策が必要なのか

製造業の製品や生産設備では、予期せぬ電磁ノイズが数多く発生します。
具体的には、以下のようなトラブルにつながる恐れがあります。

– 製造ラインの各種センサーやPLCが誤動作(ライン停止、品質低下)
– 出荷製品が市場で誤動作し、リコールやクレームの原因に
– 各国のEMC規制(CEマーキング・VCCI・FCCなど)への未適合

特に現代の製造業は、グローバル市場を相手にしているため、EMC規制への準拠が“売れる製品”の必須条件となっています。

ノイズの本質を知る:発生源と伝播経路

ノイズの種類と発生メカニズム

EMC対策の第一歩は、「ノイズの正体をよく知ること」です。

工場の現場や製品設計で重要となるノイズには、大きく以下の2種類があります。

1. 伝導ノイズ
電線やケーブルなどの「導体」を通じて流れるノイズです。
周波数帯域の違いで、主に低周波ノイズと高周波ノイズに分かれます。

2. 放射ノイズ
空間を伝わって広がる電磁波(EMIとも呼ばれます)。
機器のカバーや筺体の隙間、プリント基板上のパターンから「アンテナ効果」で電磁波が漏れたり入ったりします。

ノイズの発生源

製造業で遭遇する主なノイズ発生源は次の通りです。

– モーター、インバータ、リレーなどの駆動機構
– 高速スイッチング電源(スイッチングノイズ)
– 無線LAN・携帯端末・Bluetoothなど通信機器
– 外部施設(雷や大型変電設備)からの影響

ノイズが発生しただけでは、必ずしもトラブルが起きるわけではありません。
問題は、そのノイズが「伝播経路(伝導・放射)」を通じて、誤作動を引き起こす機器(被害受信機)に届いてしまうことにあります。

現場のアナログ感覚とラテラルな対策発想

かつての製造現場では、「ノイズは止められない」「発生したら現場力で片付ける」というアナログな文化も根強く残っています。
しかし、EMC対策においては“攻め”と“守り”の両面から、「発生源」「伝播経路」「受信機器」の三点全てを抑制する発想が必要です。
この視点は、現場目線のトラブル対応やバイヤーの購買戦略においても、今後ますます求められるようになります。

ノイズ低減設計の実践ポイント

システム設計段階での基本対策

EMC対策は、機器設計のごく初期段階から盛り込むことが極めて重要です。

– 機器構成でノイズ源とノイズ被害装置を物理的に離す
– プリント基板設計では、グラウンドパターンの適正配置やループ面積低減
– シールドやガスケット材で、筺体やケーブルからの放射・侵入ノイズを遮断
– 電源ラインにラインフィルタやノイズ抑制素子(フェライトビーズなど)を追加
– アース接続の適切な設計(浮遊アースや多点アースの回避)

設計段階で実装すればコストは最小、効果は最大です。
後処理ではコスト増や納期遅延につながるため、初期対策の意識がプロバイヤーやサプライヤーにも求められるのです。

部品選定とプロセス管理の着眼点

EMC性能を保証するため、電子部品・機械部品の選定でも以下のポイントが重要です。

– CEやVCCIなど各種規格に適合した部品の採用
– 保証温度範囲や寿命、振動耐性まで加味した評価
– コスト優先ではなく、信頼性重視とし納入元の技術サポート状況も確認

また、部品単体だけでなく、アッセンブリや工程全体でのEMC検証(プロセスFMEA等の導入)が、リスク低減の有効な打ち手となります。

現場のカイゼン活動が生きる“隠れノイズ”対策

現場改善のプロとして言えることは、現実には「設計で読み切れないノイズトラブル」が頻出する点です。

– 接地ワイヤのゆるみや錆び
– ケーブル配線同士の“たまたまのクロストーク”
– 工事現場のクレーンや溶接機からの誘導ノイズ

こうした“隠れノイズ”には、定期メンテナンスや現場の5S活動、作業者へのノイズ教育・感度向上策が効果的です。

EMC対策事例の紹介:現場目線の解決策

事例1:インバータ制御装置の誤動作対策

とある自動車部品メーカー工場では、インバータ駆動による生産ラインが突発停止するトラブルが多発しました。

原因は、インバータが発する高周波ノイズが制御盤のPLCへ伝導し、意図しない信号を発生させていたことでした。

このとき現場では、以下のカイゼン案を採用しました。

– インバータと制御配線を物理的に分離した配線ルートへ変更
– PLC入力部にノイズフィルタを新設
– 制御盤全体へアース強化を追加

導入後、突発停止回数はゼロに。生産ロス低減と労務コスト削減に直結しました。

事例2:海外納入装置のEMC適合化

グローバル市場向けの装置メーカーでは、ヨーロッパ向けにCEマーキング取得が必須条件でした。

設計初期から、回路設計でショートループとノーマル/コモンモードノイズの抑制を徹底。さらに出荷前には、第三者機関によるEMC試験を複数回行い、顧客ニーズを満たしました。

バイヤー視点では、仕様要求だけでなく「EMC試験成績書」まで納品先が細かく指定するケースも増えており、サプライヤー側での書類管理や実験設備構築が商談成功の分岐点になっています。

事例3:アナログ時代の“感覚ノイズ対策”からの脱却

昭和世代の製造現場では、「経験豊富な職人技」によって、ノイズが多発する現場でも機転を利かせてトラブルを収める場面が目立ちました。

しかし労働人口減少や技術継承の難しさから、デジタル計測器やIoTセンサーを活用した“見える化”が急務となっています。

– 検温・振動・ノイズスペクトラムの自動記録
– クラウド連携で不良発生の要因解析をAIで行う
– 専門部署(EMCラボ)の教育研修プログラム導入

このような仕組み化によって、高度な職人技を“システム知”として次世代に受け継ぐことができます。

業界動向と今後のEMC対策の展望

脱・昭和アナログ文化への移行

日本の製造業には古くから「現場主義」や「暗黙知による改善」という強みがありますが、それだけではグローバル競争を勝ち抜くことは困難です。

IoT、AI、自動運転、ロボットなどが進展する中、EMC対策も“属人化”を排した再現性のある設計・品質保証体制の構築が不可欠です。

サプライチェーンに求められるEMC連携力

バイヤー(購買担当)は、自社のEMC基準を「見える化」し、サプライヤーへ詳細に伝達するスキルが必須です。

一方、サプライヤーは単なる部品供給だけでなく、EMC適合のための技術提案・ノウハウ共有が“差別化要因”となってきました。

これからは、バイヤー・サプライヤー・現場が三位一体となり、「品質」×「コスト」×「納期」×「EMC」の4軸バランスを取る調達戦略が業界標準となるでしょう。

まとめ:EMC対策は新しい地平線への扉

EMC対策は、かつての“場当たり的な苦労”から、システム的・戦略的な分野へと進化しています。

現場の知見と、最新の理論・法規制を融合するラテラルな思考こそが、製造業の競争力を次の時代へと引き上げます。

バイヤー、サプライヤー、現場技術者――立場を問わず、「EMC思考」をものづくりの新たなスタンダードとして身につけ、共に産業の未来を切り拓いていきましょう。

現場から生まれる“本物のEMCノウハウ”を、これからも積極的に発信していきます。

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